体内時計の司令塔ともいえる「主時計」は、脳の視交叉上核というところにあり、臓器などにあるものは「末梢時計」と呼ばれます。朝食をとらないと、末梢時計のリセットボタンを押せないまま時間がたち、主時計との時間がずれて時差ボケのような状態になります。それに伴い体温や血圧、ホルモン分泌、代謝などのリズムも乱れてしまいます。【解説】柴田重信(早稲田大学先進理工学研究科電気・情報生命専攻薬理学研究室教授)

解説者のプロフィール

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柴田重信(しばた・しげのぶ)

薬学博士。1981年、九州大学大学院薬学研究科博士課程修了。早稲田大学人間科学部教授などを経て2003年より現職。日本時間栄養学会会長も務める。『脂肪を落としたければ、食べる時間を変えなさい』(講談社α新書)、『食べる時間を変えるだけ! 知って得する時間栄養学』(宝島社・監修書)など、著書・監修書多数。

朝ごはんは体の調子を上げるスイッチ

皆さんは、毎日、朝食をしっかりとっていますか? 

私たちの体には1日のリズムがあり、同じ物を食べても、いつ食べたかで、効果や体調が変わってきます。この、体のリズムと食・栄養の関係を調べる「時間栄養学」の研究を、私は長年行ってきました。

その立場から言うと、朝食はとても大切です。私たちの体には「体内時計」があります。体内時計とは、睡眠と覚醒、体温変化、血圧変化、ホルモン分泌、糖・脂質代謝などの体の働きをコントロールしている、重要な機能です。

体内時計は、脳や臓器、血管、皮膚など、さまざまなところに存在しています。

体内時計の司令塔ともいえる「主時計」は、脳の視交叉上核というところにあり、それ以外の脳にある体内時計は「脳時計」、臓器などにある体内時計は「末梢時計」と呼ばれています。

1日は24時間ですが、体内時計の周期は、それより15〜30分ほど長いので、毎日そのずれをリセットすることが必要になります

そのために大切なのが、「」と「朝食」です。

朝、太陽などの光の刺激が脳に届くと、主時計の時間がリセットされます。朝食は、末梢時計の時間をリセットします。1日の生活リズムを見ると、朝は昼の活動期に向かって、体の調子を上げていく時間帯ですが、そのスイッチを入れるのが、朝食です。

画像: ノーベル財団資料より「朝日新聞デジタル」2017年10月5日記事を参考に作成

ノーベル財団資料より「朝日新聞デジタル」2017年10月5日記事を参考に作成

朝食の糖質は血糖値を上げにくい

朝食の刺激によって、まず代謝機能が動きだします。代謝とは、食事でとった食べ物を消化吸収し、体に必要な物に作り変えて利用する工程のことです。

朝は、代謝が最も盛んな時間帯で、3大栄養素である糖質も脂質もたんぱく質も、朝の食事でとると最も吸収がよく、利用されやすいのです。

それを示すこんな研究があります。「同じ食事を朝、昼、夜で摂取して食後血糖値を測ったところ、夜が一番高く、朝が一番低かった」というものです。

同じ食事でも、朝は糖質がエネルギーに使われやすく、血糖値が上がりにくいのです。

脂質やたんぱく質についても、同じことが言えます。栄養は、夜よりも朝にとる方が、格段に利用効率がいいのです。

朝食が大事なことは、朝食をとらない場合と比較すると、よくわかります。

朝食をとらないと、末梢時計のリセットボタンを押せないまま時間がたち、主時計と末梢時計の時間がずれて、時差ボケのような状態になります。それに伴い、体温や血圧、ホルモン分泌、代謝などのリズムも乱れてしまいます。

それが体に悪影響を及ぼします。太りやすくなったり、高血圧や糖尿病、脂質異常症のリスクが上がったりするのです。朝食をとらないと、脳出血の発症リスクが36%も上がるというデータもあります。

私たちは、自分の意志で、食事のタイミングや寝る時間を決めることができますが、体にとっては、それは理にかなったことではありません

体内時計が朝昼夜のリズムやエネルギー代謝、ホルモン分泌などをコントロールしている関係上、その体のリズムに合わせた生活が、最も効率的で、健康的な生活なのです。

真に健康的な生活を送るためにも、まずは「朝食」を見直すことから始めてみませんか?

朝ごはんと肥満の関係

しっかり食べて、やせスイッチオン!

朝一番にとる朝食は、昼の活動期に向けてエネルギー消費を高め、体温を上昇させる働きがあります。その朝食を抜いたり、遅い時間にとったりすると、肥満やメタボになりやすいという報告が多数あります。

朝食を抜いて2食にすると、昼食時や夕食時に食欲が増進し、高カロリー食を食べ過ぎてしまいます。

朝食を遅くとって、食事が後ろにずれることも、肥満の原因になります。遅い時間の夕食は太りやすく、さらに高カロリー食をとれば、肥満のリスクは増大します。夕食から寝るまでの時間が短いと、エネルギー消費が小さく、脂肪が蓄積されやすいのです。

肥満を防ぐには、

朝食をしっかりとって3食食べ、夕食は軽く済ませる

これが基本です。肥満者を対象に、朝食と夕食の摂取エネルギーを変えて、体重の変化を調べた調査があります。

朝、昼、夜の摂取エネルギーを700:500:200(kcal)にした群と、その逆の200:500:700(kcal)にした群では、朝食にウエイトを置いた前者の方が、体重も腹囲も明らかに減少していました。

糖質も脂質もたんぱく質も、夜より朝の方が吸収がよく、利用されやすいことがわかっています。

ですから、朝はご飯もおかずもしっかり食べましょう。朝なら多少食べ過ぎても太ることはなく、脂質やたんぱく質をとっても大丈夫。むしろ、体によい効果を期待できます。

また、夕食は早めにとり、朝食開始から夕食終了までの時間をなるべく短くするといいでしょう。

10時間以内に1日の食事を終えると、肥満、高血圧、脂質異常症が改善するという、うれしいデータもあります。

画像: 肥満者を対象に、朝・昼・夜の摂取エネルギーを変えて比較したところ、朝食の摂取エネルギーが多いグループの方が、体重と腹囲の減少がみられた。

肥満者を対象に、朝・昼・夜の摂取エネルギーを変えて比較したところ、朝食の摂取エネルギーが多いグループの方が、体重と腹囲の減少がみられた。

朝ごはんと血糖値の関係

血糖値コントロールは、朝がポイント!

同じ食事をとっても、朝は夜より血糖値が上がりにくいという報告があります。これは、まさに体内時計の影響で、血糖値を下げる働きのあるインスリンの効き方が、時間によって異なるからです。

朝の食事のときは、インスリンの分泌がよく、インスリンの働きも強いので、糖が速やかに組織に取り込まれます。

また、朝は糖質が吸収されやすい時間帯です。マウスの実験によると、糖を小腸へ運ぶトランスポーター(運搬役のたんぱく質)は、ヒトの早朝に当たる時間帯に発現のピークを迎えます。また、糖を筋肉に取り込むトランスポーターも、朝活発化して、夜低下します。

ですから、朝なら糖質をとり過ぎても、速やかにエネルギーとして使われるので、それほど血糖値が上がる心配はありません。

反対に、朝食を抜くと、血糖値が上がりやすいというデータもあります。

下のグラフにあるように、食事を1日3食とっている人は、食後血糖値が大きく上昇することはありません。しかし、朝食を抜いて食事の回数が減るほど、血糖値が急上昇します。

画像: Diabetes Care.57(10):2661-2665.2008

Diabetes Care.57(10):2661-2665.2008

急激な血糖値の上昇は、血管を傷め、動脈硬化の進行につながります。ですから、糖尿病の予防にも、3食きちんと食べる方がいいのです。

そして、なるべく食物繊維の多い物をとってください。食物繊維は、いつとっても血糖値の上昇を抑えてくれますが、特に朝食に水溶性食物繊維をとると、朝食後の血糖値の上昇が抑えられるだけでなく、昼食時や夕食時の血糖値も上がりにくくなります。

朝食の主食を食物繊維の多い穀類にすると、血糖値の高い人でも安心して食べられます。

朝ごはんと筋肉の関係

「朝のたんぱく質」で高齢でも増える!

脂肪や炭水化物が、主に体のエネルギー源として使われるのに対し、たんぱく質は筋肉や内臓、骨など、体を構成する材料になります。

このように、たんぱく質は非常に重要な栄養素ですが、朝食にたんばく質をたくさんとる人は、そう多くありません。

しかし、時間栄養学の観点から言うと、朝こそたんぱく質が重要です。朝食にたんぱく質をとると、筋肉が増えることがわかっているからです。

私たちは、マウスを使った実験で、たんぱく質を摂取する時間帯と筋肉量の関係を調べました。エサは1日2回。たんぱく質の総量は同じですが、比率を変え、朝食に多く与えた群、朝夕均等に与えた群、夕食に多く与えた群に分けました。

すると、朝に多く与えた群の筋肉の肥大率が最も大きく、夜に多く与えた群は最も小さかったのです。

この結果を受けて、高齢女性を対象に観察実験を行ったところ、昼や夜より朝のたんぱく質の摂取が多い人ほど、筋肉量が多かったのです。

画像: 高齢女性のたんぱく質摂取のタイミングと骨格筋機能の関連 (骨格筋指数:骨格筋量の指標として用いられる値)

高齢女性のたんぱく質摂取のタイミングと骨格筋機能の関連
(骨格筋指数:骨格筋量の指標として用いられる値)

一方、体内時計を狂わせたマウスでは、朝にたんぱく質をいくら与えても、筋肉量は増えませんでした。このことから、筋肉の合成には、食事のリズムと体内時計が関わっていることが推測されます。

たんぱく質も、糖質や脂質同様、朝食でとるのが一番吸収がよいことがわかっています。

とはいえ、朝からいきなりお肉は食べにくい人もいるでしょう。そんな人は、牛乳、卵、魚、豆腐など、食べやすい物をとるといいでしょう。

和食にすると、たんぱく質の摂取量が多くなるという報告がありますから、私はご飯、みそ汁を中心にした朝食をお勧めしています。これに魚を加えると、インスリンの分泌が促され、体内時計をリセットする働きも増強されます。

朝ごはんと腸内環境の関係

腸活のゴールデンタイムは、実は朝!

近年、腸内細菌が健康に深く関わっていることがわかり、関心が高まっています。

腸内細菌も、体内時計の影響を受けています。マウスの腸内細菌叢を調べたところ、朝と夜で大きく変わっていました。吸収する物が多い活動期(ヒトの昼間)と、休息に入る非活動期(ヒトの夜間)に合わせて、腸内細菌の様相も変化するのです。

また、時計遺伝子が働かないようにしたマウスや、体内時計と生活がずれやすいシフトワーク(交代勤務制)モデルのマウスを調べたところ、腸内細菌叢の多様性が低下していました。さらに、肥満の傾向もみられました。

腸内細菌は食事の影響を受けますが、とりわけ影響が大きいのが食物繊維です。

水溶性食物繊維のイヌリンを含む高脂肪食を、1日2食のうちの朝または夕方にマウスに与えたところ、朝食べたマウスは夕方に食べたマウスに比べ、腸内環境が改善し、短鎖脂肪酸が増えていました。

短鎖脂肪酸は、水溶性食物繊維が善玉菌に分解されてつくられる物質です。これが増えると腸内が酸性に傾いて、悪玉菌が増えにくくなる一方、善玉菌が増えます。短鎖脂肪酸には、腸のエネルギー源になったり、腸の動きをよくしたりなど、多様な作用があります。

イヌリンは、食品でもサプリメントでもとれますが、私たちの研究では、食品でとった方が腸内細菌によいことがわかっています。

イヌリンを含むキクイモを高齢者に1週間食べてもらい、朝食時/夕食時の摂取でどちらが腸内細菌に効果的か調べました。結果、朝の摂取で顕著な便秘の改善がありました。便秘には、夜より朝の水溶性食物繊維が有効といえるでしょう。

画像: Kim,Chijikiら(Nutrients,2020)

Kim,Chijikiら(Nutrients,2020)

▲便秘尺度で5点以上の便秘気味だった人に対する、キクイモの朝摂取群と夕摂取群の比較。スコアが高いほど便秘を訴える。朝摂取群は、便秘の改善効果がみられた。全ての被験者は朝に排便習慣がある。

朝ごはんと血圧・血管の関係

食べないと血圧が上がりやすい?

血圧も、体内時計の影響下にあります。通常、血圧は睡眠中に低く、早朝からは、日中の活動に備えて徐々に上がっていきます。しかし、深夜の血圧があまり下がらなかったり、早朝の血圧が急激に上がったりすると、脳卒中や心疾患のリスクが高くなります。

朝食を抜いても、朝の血圧が急激に上がることがあります。これは、空腹などのストレスから上がるもので、朝食をとれば改善されます。

朝食欠食が日常化すると高血圧症になりやすく、脳卒中のリスクも高くなります。脳卒中や虚血性心疾患の危険因子であるメタボ(肥満、糖尿病、高血圧など)のリスクは、朝食欠食によって高まります。これは、多くの研究で報告されています。

ところが、メタボの結果である脳卒中や虚血性心疾患のリスクと朝食欠食の関係は、わかっていませんでした。それが、最近の国立がん研究センターの研究で、明らかにされてきました。

生活習慣に関するアンケートに答えた約8万人(45〜74歳)を4段階の朝食摂取回数で分け、年間追跡調査したところ、3772人が脳卒中を、870人が虚血性心疾患を発症しました。

それぞれの発症リスクを朝食摂取回数で分析したところ、毎日朝食をとっていた人に比べ、週に0〜2回しか摂取していない人は、脳卒中全体で18%、脳出血に絞ると、36%も発症のリスクが高かったのです。脳梗塞、くも膜下出血、虚血性心疾患については、有意な差はありませんでした。

このことから、朝食欠食が脳出血、脳卒中のリスク因子になることがわかったのです。高血圧だけでなく、脳卒中の予防にも、朝食は大事です。

画像: 性別、年齢、肥満指数、喫煙状況、余暇運動、睡眠時間、ストレス、独居、肉体労働、地域、食事内容(摂取エネルギー、アルコール、野菜、果物、魚、大豆、乳製品、ナッツ、飽和脂肪酸、食物繊維、塩)のグループごとの差が結果に影響しないように統計学的な補正を行った。 国立がん研究センター多目的コホート研究(JPHC Study)より


性別、年齢、肥満指数、喫煙状況、余暇運動、睡眠時間、ストレス、独居、肉体労働、地域、食事内容(摂取エネルギー、アルコール、野菜、果物、魚、大豆、乳製品、ナッツ、飽和脂肪酸、食物繊維、塩)のグループごとの差が結果に影響しないように統計学的な補正を行った。
国立がん研究センター多目的コホート研究(JPHC Study)より

▲グラフの色が濃いほど朝食の摂取回数が少なく、薄いほど多い。脳卒中、脳出血は、朝食の摂取回数が少ない人ほど発症リスクが高かった。

朝ごはんとパフォーマンス・睡眠の関係

バリバリ動ける、ぐっすり眠れる!

以前から、朝食を食べずに登校する子ども(小・中学生)は、1時間目の授業は調子が上がらずボーッとしていると、教育関係者から指摘されていました。朝食を食べない子どもほど、学校の成績が芳しくないというデータもあります。

大人も、夜更かしなどで翌日朝食を食べずに出社すると、10時過ぎまで頭が働かず、全く役に立たないことがあります。これを企業では、「プレゼンティズム」(出勤しているのにパフォーマンスが上がらない状態)と呼んで、問題にしています。

朝食を抜くと、光の刺激でリセットされた主時計と、食事によってリセットされる末梢時計の間に時間のずれが生じます。

このずれについて、次のような実験が行われました。7時に明かりをつけ、23時に消灯するという条件のもと、「7時、12時、17時」に食事をとり、一定期間後、「12時、17時、22時」に変えました。

すると、主時計は影響を受けなかったものの、末梢時計の時間は1〜1.5時間後ろにずれました。朝食欠食で調子が上がらない時間と、ほぼ一致します。これを私は、「朝食時差ボケ」と名付けました。

朝食時差ボケを防ぐには、朝食をきちんと食べて、主時計に末梢時計を合致させることです。

そのときにたんぱく質をしっかりとると、夜の睡眠の質がよくなります。

朝食でとったたんぱく質のトリプトファンは、昼間はセロトニンに変わり、夜になるとメラトニンになって、脳から分泌されます。メラトニンは覚醒と睡眠に関係するホルモンで、夜たくさん分泌されれば、ぐっすり眠れるようになります。

朝にトリプトファンを多く含む食品をとり、光を浴びて日中を過ごせば、熟睡できて翌朝も早く目覚めます。そうすれば、朝食欠食もなくなるでしょう。

メラトニンは加齢とともに減少するので、高齢者ほど、朝のたんぱく質が必要です。トリプトファンの多い乳製品や大豆製品、バナナ、卵などがお勧めです。

画像: 朝ごはんとパフォーマンス・睡眠の関係

■イラスト・グラフ/阿部千香子

画像: この記事は『安心』2022年11月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2022年11月号に掲載されています。

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