筋肉は体を動かすだけではなく、血液の循環を促す、熱を作り出す、免疫力を高める、水分を蓄えるなど重要な役割を担っています。また、がんの進行による死亡と筋肉量が密接に関連していることを示す研究報告があります。がんと共に生きるような状況になっても、筋肉量を減らさなければ長生きできる可能性があるといえるのです。【解説】石井直方(東京大学名誉教授)

解説者のプロフィール

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石井直方(いしい・なおかた)

1955年生まれ。東京大学教授、同スポーツ先端科学研究拠点長を歴任し、現在東京大学名誉教授。筋肉研究の第一人者で、学生時代から選手としても活躍。日本ボディビル選手権大会優勝、世界選手権大会第3位など輝かしい実績を誇る。少ない運動量で大きな効果を得る「スロトレ」の開発者で、現在の筋トレブームの火付け役的な存在。著書に、『2度のがんから私を救った いのちのスクワット』(マキノ出版)など多数。

下半身の筋肉は加齢に伴って衰えやすい

私は若いころから体を鍛え、ボディビルやパワーリフティングの選手として世界選手権などに出場していました。

そんな私ですが、がんによる入院をきっかけに、体力の衰えを切実に実感しました。退院後はわずか700mを歩くのに二度の休憩を要するほどだったのです。入院前は77~78kgあった体重も63kgまで減っていました。

筋肉は使われずにいると、細く弱くなっていきます。

入院などで寝たきりになった場合、脚の筋肉は1日で0.5%も減少します。1週間なら3.5%、1ヵ月なら15%もの筋肉が減ってしまうのです。寝たきりではなくとも、家の中に引きこもりっぱなしといった場合は要注意です。

また、そもそも加齢に伴って、筋肉は自然と衰えていきます。30歳ごろから緩やかに減り始め、加齢とともにそのスピードが速くなるのです。

私たちの体の中には400~600の筋肉があるといわれていますが、加齢に伴って衰えやすい筋肉は下半身に集中しています。

その下半身を効果的に鍛えることができるのが「スロースクワット」です(基本的なやり方は下項参照)。

自分の体重を使った自重スクワットであれば、過大な負荷がかからず安全に行えます。しかしその反面、筋肉に十分な刺激を与えるためには、多くの反復が必要になるのがデメリットといえます。

そのデメリットは、動きのスピードを遅くすることで解消できます。

ゆっくり動くと、筋肉に力が入った状態が長く続き、それによって血流が制限されるのです。血流が制限されると、筋肉は酸素不足になって早く疲労し、大きな負荷をかけたトレーニングと同様の効果が期待できます。

がんや認知症の対策としても筋トレは有効!

筋肉の役割は体を動かすだけではありません。がんの進行による死亡と筋肉量が密接に関連していることを示す研究報告があります。

その実験では、がんを移植されたマウスは移植後15日から死亡する数が増え始め、35日までに全滅しました。一方、筋肉増強剤を投与されたマウスは、がんの成長自体には差が生じなかったにもかかわらず、移植後35日の時点で80%以上が生存していました。

つまり、がんと共に生きるような状況になっても、筋肉量を減らさなければ長生きできる可能性があるといえるのです。

また、加齢とともにさまざまなホルモンが減少します。その代表的な物の1つが、成長ホルモンです。

これは別名「若返りホルモン」とも呼ばれ、骨や筋肉に作用して成長を促します。その他の働きとして、脂肪の分解促や新陳代謝の活性化などが挙げられ、体を若く保つために重要なホルモンといえます。

このホルモン分泌が、筋トレを行うことによって、即効的に引き起こさせるということも明らかになっています。筋肉の中にある化学物質受容器が刺激を受け、そこで生じた感覚信号が脳に伝わることによって、ホルモン分泌の調節中枢を刺激すると考えられているのです。

さらに、筋肉から直接出る「マイオカイン」という物質も見逃せません。

というのも、マイオカインの1つであるイリシンは記憶にかかわる脳の海馬という部分を活性化させ、認知症の予防に期待できるのです。

このほかにも筋肉は、血液の循環を促す、熱を作り出す、免疫力を高める、水分を蓄えるなど重要な役割を担っています。

あらゆる活動の重要な役割を担っているからこそ、筋肉が衰えてしまうと、サルコペニア(筋肉量が減り、身体機能が低下した状態)や、フレイル(心身の虚弱状態)のリスクが高まり、要介護状態へとつながりかねません。

実際に北欧の研究では、太もものサイズが大きいほど、余命が長いと報告されている論文もあります。スロースクワットは、この太ももを鍛えるのにとても有効です。

筋トレを始めるのに、遅過ぎるといったことはありません。いつまでも若々しく、なにより自分の力で生活するために今日から始めましょう。

スロースクワットのやり方

基本のやり方

下記の②~③を5~8回くり返して1セットとし、1日3セットを週2~3回行う。
ひざがつま先より前に出ないように意識する。

画像1: 基本のやり方

足を肩幅に開き、手の甲を股関節に当てて、やや腰を落とす。つま先は少しだけ外側に開く。

画像2: 基本のやり方

手のひらを太ももとおなかで挟み、息を吸いながらゆっくりと4秒かけて、太ももと床が平行になるまで腰を落とす。

画像3: 基本のやり方

息を吐きながらゆっくりと4秒かけて、ひざが伸びきる直前まで腰を上げる。

体力に自信がない人向けのやり方

下記の②~③を1~3回くり返して1セットとし、まずは1日1セットを週2~3回行う。
慣れたら徐々に回数やセット数を増やしていくとよい。

画像1: 体力に自信がない人向けのやり方

イスに浅く腰かけ、両手をひざにつく。

画像2: 体力に自信がない人向けのやり方

体を前に傾けて、息を吐きながらゆっくりと4秒かけて、ひざが伸びきる直前まで腰を上げる。

画像3: 体力に自信がない人向けのやり方

ひざに手をついたまま、息を吸いながらゆっくりと4秒かけて、太ももと床が平行になるまで腰を落とす。

画像: この記事は『壮快』2022年11月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『壮快』2022年11月号に掲載されています。

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