ストレスを感じても常に抑制する「抑圧的対処」を続けている人々は、体からストレスのサインが出ていても自覚がない。つまり、常にストレスを抑えているために、自分はストレスを感じていないと錯覚しているのである。言い換えれば、体からのサインを見逃しているということだ。この状態が続けば、やがて不健康になる危険性も高くなる。〈人生を豊かにする心理学 第17回〉【解説】加藤諦三(作家、社会心理学者)
解説者のプロフィール

加藤諦三(かとう・たいぞう)
作家、社会心理学者。東京大学教養学部教養学科卒業後、同大学院社会学研究科修士課程修了。東京都青少年問題協議会副会長を15年歴任。2009年東京都功労者表彰、2016年瑞宝中綬章を受章。現在は早稲田大学名誉教授の他、ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員、日本精神衛生学会顧問、早稲田大学エクステンションセンター講師などを務める。近著『不安をしずめる心理学』(PHP新書)が好評発売中。
健康維持に役立つ能力
あなたは、自分の心や体の変化に注意を向けられていますか? 感情や体調などの、自分自身の小さな変化に気づける能力は、健康維持にも大いに役立つといわれています。今回は、「自分に注意を向ける」ことについてのお話です。
多くの人にとっての「能力」は、走る能力、受験に合格する能力、お金儲けをする能力などを意味している。しかし、そのような能力は、生きていく上で決定的に重要なものではない。
一方で、生きていく上で非常に大切な能力がある。それは、心の中を正直に打ち明ける能力。すなわち、自分自身や他人に心を打ち明ける能力だ。
心を打ち明られる友人が1人でもいることは、医師の治療や薬にも勝る健康効果がある。
この逆の状況にいるのが、自分の心を隠すのがうまい人たちだ。こうした人は、心身の不調も1人で抱え込んでしまい、「燃え尽き症候群」になりやすい。
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もう一つ、この20~30年の研究からわかってきたことがある。それは、楽天的な態度や物の考え方が、いかに肉体の健康に影響を与えるかだ。
心理学者のクリストファー・ピーターソン博士とリーザ・M・ボッシオ氏の「健康的な態度」という論文がある(※1)。
※1 Henry Dreher著『The Immune Power Personality [7 Traits You Can Develop to Stay Healthy] 』(A Dutton Book、1995年刊)
これによると、1946年に行ったハーバード大学卒業生へのインタビューで最も悲観的だった人たちは、1980年に同様の調査をしたときに「最も健康的でない」という結果が出た人たちだったという。
博士たちは、ヴァージニア工科大学の学生172人にも同じような調査を行っている。ここでも、悲観的な考え方の学生はそうでない学生に比べ、1年後にカゼや咽頭炎、インフルエンザなどにかかる確率が高いという結果が出た。
心身の関連性については、ハーバード大学のシュバルツ教授が、1973年に初めての講義を行っている。私も当時、たまたまその場にいたのだが、受講生の多さや期待度の高さ、関係者の興奮っぷりを覚えている。
シュバルツ教授は、講義や論文の中で、「自分の感情に注意し、それを意識して表現しなさい。そうすれば、心と体のバランスは回復する」と言っている(※2)。
※2 同上、P.50
つまり彼は、胃痛などのさまざまな症状や自分の感情を、私たちが注意を向けなければならない心のサインとして受け取るよう勧めたのだ。
この方法は、ストレスの対処法として実際に有効である。
逆に言えば、これらのメッセージを遮断すると、心と体のバランスはくずれ、双方の健康に影響を及ぼす。つまり、心身の問題に対処できない「免疫力のない性格」になる。
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シュバルツ教授の研究によると、感情は不調を示す情報の一つであり、この情報を正しく受け取ると、ストレスにうまく対処できる。
彼はこれを「ACEの癒しの力」と言っている。ACEとは、注意を向け、それを意識し、表現する(Attend, Connect, Express)性質のことだ。
例えば、片頭痛があった場合、多くの人はこの症状に注意する。感情も同様に、「いつもよりイライラしている」などの変化を感じたら、注意を向けて意識することで、ストレスに対処できるというのだ。
この反対が、ストレスを感じても常に抑制する「抑圧的対処」である。この対処を続けていると、やがてストレスを感じなくなってしまう。
シュバルツ教授は、いろいろなデータを詳しく調べていくうちに、ある2つのグループに興味を抱いた。
1つ目は「自分はうつ病とは全く関係ない」と主張する人々である。彼らは、このように答えておきながら、悲しみの感情を表す筋肉が、うつ病患者と同じように活発であった。
2つ目は「不安はほとんどない」と答えたグループだ。彼らはこのように言いながら、恐怖の感情を表す筋肉がひどく不安な人と同じように活発だった。
悲しみや不安を示す情報として、心拍数や血圧、脳波、筋肉の緊張などがある。しかし、この2つのグループは、それらの情報と本人が述べている感情とが、全く乖離していた。
シュバルツ教授は、こうした感情が完全に変装している人々に「スーパー・ノーマル」というあだ名を付けた。
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スーパー・ノーマルの人々は、体からストレスのサインが出ていても自覚がない。つまり、常にストレスを抑えているために、自分はストレスを感じていないと錯覚しているのである。
このような不一致があるのは言い換えれば、体からのサインを見逃しているということだ。この状態が続けば、やがて不健康になる危険性も高くなる。
もう1つの問題は、抑圧的対処に慣れてしまった人が、次第に自分の本当の感情を意識する能力を失ってしまうのではないかということだ。
無自覚でも、孤立や追放を恐れていたり、恐怖感があったりする人は、免疫力が落ちていると言ってもよい。
もっと言えば、こうした感情を自覚し、他人にも打ち明けられるような「愛されて成長した人」は、免疫力がある。
実際、ACEの性質を持つ人は、血糖値が正常であることが多い。それに対し、ACEの性質を欠いている「抑圧的対処者」といわれる人は、血糖値が高めの傾向があった。
心の中を正直に打ち明ける能力を持てば、心身の健康維持に大いに役立つはずだ。

イラスト:中島智子