解説者のプロフィール

横山恵理(よこやま・えり)
麻布大学獣医学科卒業。獣医中医師1級。獣医推拿整体師。ホリスティックケアカウンセラー。日本ホモトキシコロジー協会所属。獣医中医師協会所属。ペットがより健康に生活を送れるよう、西洋医学にこだわらず東洋医学も取り入れた治療を施す。東洋医学は飼い主も参加できる点をメリットに挙げ、メディア出演やWebセミナー等でもその魅力を広めている。
犬猫もロコモ予防が重要。日常生活で対策を
ペットとの暮らしは楽しいものですが、犬や猫は私たちよりも早く年を取ってしまいます。やんちゃ盛りと思っていても、6~7歳を超えると、もうシニアの年齢。すぐに老犬・老猫の仲間入りです。
・歩幅が狭くなってきた
・背中が丸くなってきた
・腰を左右に振りながら歩いている
・ふんばりがきかない
・足が、開くか閉じたままのときが多い
・いつも同じ向きで寝たがる
このようなことがよく見られるようになったら、老化のサインと考えてよいでしょう。
ペットも人間と同じで、「年だから」と何もしないと、老化がどんどん進みます。また最近では、シニア犬・老犬のロコモティブシンドローム(以下、ロコモ)も問題になっています。高齢の飼い主さんであれば、ご自身が病院で、ロコモの予防を促された経験もあるのではないでしょうか。
ロコモとは、関節や骨、筋肉などの運動器の働きが衰えることです。この状態になってしまうと、要介護の可能性が高くなります。要介護になる過程は、人間も動物も同じなのです。
また、私たち人間に西洋医学的な治療や薬では解決できない症状があるように、動物も薬や手術だけでは回復が難しいことがあります。
そこで当院では、西洋医学と並行して、東洋医学の考えに基づいた治療や緩和ケア、リハビリ、介護医療を行っています。具体的には鍼灸、漢方、整体、薬膳指導などです。
これらのなかには、家庭でできることもあります。例えば、マッサージや運動です。動かしにくくなっている筋肉を動かすことで、自然に体が動きやすくなります。
体を動かすときには、筋肉が縮んで骨を動かします。年を取ると、血行不良から首、肩、腰、股関節周りがこってきて、筋肉の収縮作用が鈍ります。筋肉がかたくなると、体を動かしにくくなり、運動機能が低下してきます。
また、動かしやすい筋肉と、動かしにくい筋肉があると、どうしても体のゆがみにつながります。その結果、若いころと同じ動きが難しくなり、歩くのも遅くなってくるのです。
また、痛みをかばって歩くようになると、全身の骨格のバランスがくずれてきます。そうなると、歩くときにますます痛みが出るという悪循環に陥ります。
マッサージや運動で筋肉や関節をほぐし、全身の筋肉のバランスを整え、関節の可動域を広げてあげることで、正常な骨格の状態に近づけることができます。歩行困難の改善やリハビリ効果も期待できます。
筋肉が衰えると歩けなくなるだけでなく、血流が悪くなるので、体温が下がり、結果的に免疫力も下がることがあります。
全身をほぐしてあげることで、血流やリンパ、気(一種の生命エネルギー)の流れがよくなるので、自然治癒力が高まる効果も期待できます。それが、高齢犬のロコモの予防・改善にもつながるのです。
高齢犬にはかなり大きな効果がある
クリニックでは、その子の状態に合わせた施術を専門の整体師が行っています。ここでは、整体・マッサージのなかでも家庭でできる、簡単で安全な「肩甲骨マッサージ」と「抵抗運動」を紹介します。ぜひ毎日の習慣にしてください(詳細なやり方は下項参照)。
【肩甲骨マッサージ】
背中側の前足のつけ根にある、やや大きな骨が肩甲骨です。左右の肩甲骨の背中側に両手を置いて、皮膚をクルクルと回すようにマッサージします。広背筋(腕のつけ根から背中、腰へとつながる大きな筋肉)や首回りの筋肉がほぐれます。
コツは、人間のマッサージより弱い力で行うことです。いとおしいという気持ちが強いほど、力が入りがちですが、そこはグッと我慢して、なでるくらいの力加減で行いましょう。
【抵抗運動】
飼い主が伸ばした前脚や後ろ脚を、犬猫が自力で引いて縮める運動です。脚を伸ばすと反射的に縮めますが、反応が悪い場合は、足裏の先端を軽く触ることも有効です。
肩やひざを動かすので、腰を振ったトボトボ歩きのシニアでも、しっかりとした運動効果が得られます。また、マッサージでは得られない、深部の筋肉を緩める効果もあります。
嫌がる子もいるので、「上手だね」「えらいねぇ」など、たくさんほめながら行うとよいでしょう。
くつろいでいるときに、肉球を触って引っ込めさせたり、散歩から帰ってきたら、足をふくときにわざと足を何度も引っ込めさせたりするなど、日常生活に上手に取り入れて、こまめに続けることをお勧めします。
このマッサージと運動は、特にひざを上げて歩く習慣がなくなってしまった高齢犬には、かなり大きな効果をもたらします。
固まった筋肉がほぐれると、肩甲骨や股関節が動かしやすくなります。その結果、歩幅が広くなったり、後ろ脚が蹴り出しやすくなったりします。
また、コリによって引っ張られていた筋肉がほぐれるので、体全体のゆがみが改善してきます。使いにくかった筋肉が使いやすくなれば、動きも軽快になりますし、血流がよくなれば、呼吸も楽になります。
家族とのスキンシップが増えるので、信頼関係が深まるという点も見逃せません。
足腰のトラブルだけでなく、ケガやハンディ、手術後の筋力の低下、関節可動域の低下などの対策としても行えますし、若い元気な子の病気の予防にも役立ちます。
猫は、基本的に散歩に行きません。その理由の一つとして、高いところに飛び乗る、ジャンプするといった縦方向の動きが重要であるからという点が挙げられます。横方向の動きだけでは足りないのです。
年を取っておとなしくなった猫の7割は、関節炎を起こしているといっても過言ではありません。この関節炎を予防するには、縦方向の運動がたいせつです。キャットタワーを活用するほか、ごはんやおもちゃを棚の上に置くなど、工夫してみてください。
お灸で温まると気持ちよくて寝てしまう子も!
クリニックでは、血行をよくする方法として、お灸に使用するモグサを使用した「棒灸」もお勧めしています。人間に使う物と同じ物を使用して問題ありません(下項参照)。
背中には、内臓と直結している「ツボ」が、背骨に沿ってたくさんあります。これらのツボを棒灸で温めると、血行がよくなるだけでなく、気を補うこともできます。
棒灸の当て方はとても簡単です。棒灸を皮膚から5cmほど離し、かざすようにします。これを、首のつけ根から背骨に沿って、クルクルと円を描くようにしながら、尾の方向に向かってゆっくりと動かしていきます。
最後に、腰周りをしっかりと温めます。逆に、下から上半身に向かって温めてしまうとのぼせてしまうので、必ず上半身から下半身に向かって温めてください。
時間は、小型犬や猫で1〜2分、大型犬で5分ほどが目安です。1日1〜2回行うとよいでしょう。
棒灸を行うタイミングは、寝起きに足腰に力が入りにくい子や、日中、元気に活動的に過ごしてもらいたいときは、朝に行います。
夜の寝つきが悪い、夜中に何回も起きてしまう、などという場合は、夜寝る前に行うのがよいでしょう。棒灸をしてあげると気持ちがよくなり、ぐっすりと眠ってくれます。
なお、煙が気になる場合には、煙が出ない無煙棒灸というのもあります。いずれも、お灸を扱う店舗のほか、一般的なネット通販でも購入できます。
ペットの加齢を止めることはできませんが、楽しく快適に過ごすための健康寿命を延ばしてあげることはできます。
「年を取っているから」とあきらめずに、適切にケアをすれば、ペットの生活の質は高まります。それが、愛するペットとより長く楽しく暮らすことにつながるのです。
マッサージのやり方
※力を入れ過ぎないように注意する。
※1日1回程度、犬・猫が嫌がらない範囲で行う。
肩甲骨マッサージのやり方
犬・猫を床に寝かせ、前足のつけ根を、クルクルと回すように1分程度マッサージする。終わったら逆側も同様に行う。

抵抗運動のやり方
❶犬・猫を床に寝かせ、後ろ脚を引っ張る。

❷犬・猫が抵抗して脚を引く。この動きを数回くり返す。反対の脚も同様に行う。

棒灸の当て方
※1日1~2回程度、犬・猫が嫌がらない範囲で行う。
※ヤケドに注意する。
準備する物
・棒灸ホルダー
・棒灸(モグサを棒状にした物)
・ライターなど

当て方
犬・猫の皮膚から5cm程度離して、首のつけ根から背骨に沿って、尾の方向にクルクルと円を描くように動かす。


この記事は『壮快』2022年10月号に掲載されています。
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