背骨のうち腰の部分に当たる腰椎は5つ。この部分で脊柱管が狭窄すると、中を通る神経が圧迫され、お尻や足に、痛みやしびれなどの症状が出ます。これが腰部脊柱管狭窄症です。原因は、残念ながらほぼ加齢によるものです。運動療法と薬物療法で乗り切れるのは、軽~中等度までの場合で、生活に支障が出るようなら手術を検討します。【解説】渡辺航太(慶應義塾大学医学部整形外科学教室准教授)

解説者のプロフィール

画像: 解説者のプロフィール

渡辺航太(わたなべ・こうた)

1972年、神奈川県生まれ。97年、慶應義塾大学医学部卒業。同大医学部整形外科に入局、総合太田病院(現太田記念病院)整形外科等を経て、2002年から慶應義塾大学生理学教室に所属。05年から1年間、米国ワシントン大学整形外科留学。06年、慶應義塾大学先進脊椎脊髄病治療学助手、07年、同大医学部整形外科助教、08年から現職。脊椎一般、脊柱変形、腰椎内視鏡下手術、側弯症が専門。棘突起縦割式椎弓切除術の考案者。

神経の通りが悪くなり痛みやしびれが起こる

脊柱管狭窄症」の発症メカニズムについて解説するに当たり、まずは背骨の構造からお話ししましょう。

背骨は、椎骨という骨が24個連なってできています(下図A参照)。首の部分に当たる頸椎(7個)、胸の後ろ側の胸椎(12個)、腰の部分の腰椎(5個)、そして仙骨と尾骨です。

画像: 神経の通りが悪くなり痛みやしびれが起こる

椎骨は、真ん中に穴が開いた構造になっているため、連続するとトンネル状の空洞ができます。これが脊柱管です。

脊柱管の狭窄(狭くなること)は首でも起こりますが、ここでは腰についてのみ取り上げることにします。

背骨のうち腰の部分に当たる腰椎は、第1腰椎から第5腰椎まで、全部で5つ。この部分で脊柱管が狭窄すると、腰から下のお尻や足に、痛みやしびれなどの症状が出ます。これが腰部脊柱管狭窄症です。

脊柱管の狭窄には、いくつかの要因が関係しています。

椎骨の間でクッションのような役割を持つ椎間板(上図B参照)が、脊柱管に向かってはみ出す

椎骨に骨棘というトゲ状の出っ張りが生じるなどして、骨が変形する

脊柱管の後ろ側で骨を連結させる働きを持つ黄色靭帯が、変性して分厚くなる

などが、主なものです。こうした要因により、脊柱管に外から圧が加わります。ではこのとき、脊柱管の内部はどうなっているのでしょう。

脊柱管の中には、脊髄(脳から連続している中枢神経)が通っており、腰の辺りからは、細い神経の束になります。これが、馬尾です(上図C参照)。まるで馬の尻尾のような形をしているため、そう呼ばれます。

馬尾は硬い膜に覆われていますが、一部の神経は枝分かれして椎骨のすき間を通り、お尻から足先まで伸びています。

先に述べたような周辺組織の変化により、脊柱管が狭窄すると、これらの神経が圧迫されます。外から押しつぶされると、当然ながら通りが悪くなるので神経が障害を受けます。

脊柱管狭窄症で、痛みやしびれが起こるメカニズムは、こうしたわけです。

ほぼ「加齢」が原因!患者数は増加傾向

そもそも、椎間板の変形や骨の変性は、何が原因で起こるのでしょうか。

これは、体質も多少は関係しますが、残念ながらほぼ加齢によるものです。

脊柱管狭窄症の患者さんは、たいてい中高年以上。早い人は40~50代で発症します。現代の日本は高齢化が進んでいることから、患者数は増加傾向にあります。老化は誰しも等しく訪れますから、決して他人事ではありません。

昨年、腰部脊柱管狭窄症の診療ガイドラインが改訂されました。

大きな変更は、「腰痛の有無を問わない」と明記された点です。診断基準としては、腰痛はあってもなくてもよく、まず「お尻から足にかけての痛みやしびれ」などの症状があること。そのうえで「画像診断の結果、脊柱管に狭窄が認められる」ことが、診断基準となります。

加えて、脊柱管狭窄症の診断においてポイントとなるのが、「間欠性跛行」があるかどうか。これは、長時間立ったり歩いたりすると痛みやしびれが現れますが、しばらく休むと状態が落ち着き、また立ったり歩いたりできるという症状です。

また、背中を反らすと、痛みやしびれが増すのも脊柱管狭窄症の特徴です。脊柱管狭窄症のセルフチェックリスト(別記事参照)を用いて、ご自身の症状と照らしてください。該当する場合は、早めに整形外科を受診するといいでしょう。

脊柱管狭窄症に似た病気も複数ありますが、専門医が画像診断を行うことで見分けがつき、治療の方針を打ち出すことができます。

次項では、セルフケアから手術まで、対策と治療法についてお話しします。

体操は症状緩和に有効!並行して薬を使うことも

脊柱管狭窄症の症状を見極め、治療方針を決めるには、画像診断が必要です。

背骨のうち腰の部分に当たる腰椎は5つありますが、第1~第3腰椎の周辺が狭窄していると、お尻から太ももの辺りに痛みやしびれが現れることが多く見られます。第4・第5腰椎のところで神経障害がある(下画像参照)と、主にひざから下に症状が現れます。

逆にいえば、「すねにしびれがある」と訴える患者さんは、第4・第5腰椎辺りに狭窄があるのでは、などといった見立てができるというわけです。

画像: 右は腰部脊柱管狭窄症の人のレントゲン画像。椎骨や椎間板に変形が見られ脊柱管が狭窄し、第4腰椎と第5腰椎の間で神経が圧迫されている。

右は腰部脊柱管狭窄症の人のレントゲン画像。椎骨や椎間板に変形が見られ脊柱管が狭窄し、第4腰椎と第5腰椎の間で神経が圧迫されている。

画像診断を経て、脊柱管狭窄症と診断されたら、治療法を検討します。

治療には主に、
運動療法
薬物療法
手術
の3つの柱があります。

運動療法は、体操などのセルフケアです。脊柱管は前かがみになると広がるので、別記事で紹介しているような体操が、症状の緩和に有効です。患者さんには、自宅でできるだけ取り組むよう指導します。

しばしば運動療法と並行して行われるのが、薬物療法です。一般的には鎮痛剤がよく処方されますが、ほとんどのかたの場合、歩かなければ症状が出ないので、私は積極的には勧めていません。

神経周辺の血流が低下することも、症状の一因になりえます。そのためプロスタグランジンなどの血管拡張剤を処方することは、多くあります。

また、神経を保護するビタミンB12製剤も、よく使います。症状がひどい場合は、神経の周りに麻酔薬と炎症止めの薬を注射する「神経ブロック療法」を行うこともあります。

排尿・排便障害は重症!生活に支障があれば手術

運動療法と薬物療法で乗り切れるのは、軽~中等度までの場合です。生活に支障が出るようなら、手術を検討します。

患者さんには、「ふだん室内で過ごすので20分も歩ければ十分」という人もいれば「1時間は歩けないと買い物に困る」という人もいて、緊急性や必要性は一様ではありません。ですから「これくらい悪ければ手術」というラインも、人により異なります。

しかし、あまり症状が悪化して神経に傷がついてからでは、手術をしても思ったように治らない場合もあるので要注意です。

会陰部の知覚に異常が見られ「残尿感がある」「排便が困難」など膀胱や直腸に機能障害が見られる場合は、比較的重症なので、手術を勧めます。排尿・排便をつかさどる神経は、脊柱管を通る馬尾神経の束の中心付近なので、狭窄が進んでいると判断できるためです。

脊柱管狭窄症は圧迫されている場所により、タイプ別に分けられます(下図参照)。

画像: 排尿・排便障害は重症!生活に支障があれば手術

こうした排尿・排便障害を伴う症状は「馬尾型」の脊柱管狭窄症に多く見られます。このほか馬尾型の主な症状として挙げられるのは、腰やお尻、両足の痛みやしびれ。脱力感や灼熱感を訴える人もいます。

一方、馬尾から枝分かれした神経の根もとが圧迫される「神経根型」の場合も、お尻や足に痛みやしびれが出ます。ただ、このタイプの場合、症状が出るのは右か左の片側だけです。

さらに、馬尾と神経根が同時に圧迫され、両タイプの症状が現れる「混合型」もあります。

いずれのタイプにせよ、脊柱管狭窄症は、圧がかかっている場所で神経の通りが悪くなっているのが原因です。重症の場合は、変性した部分を削るなどして患部の圧を取り除くしか手段がありません。

運動療法や薬物療法で症状がよくならない場合は、手術を検討しましょう。

手術には大きく分けて、内視鏡を使う方法と、直接切開して行う方法の2つがあります。

内視鏡下で行うメリットは、比較的創傷が小さく、体への負担が少ないことでしょう。ただ医師の技量が大きくものをいうのが、デメリットです。

一方の切開術は、以前は患部を大きく切り開き椎弓の一部を破壊する必要がありました。けれども近年は術法が飛躍的に進歩しており、切開の範囲は、内視鏡手術と比べて多少広い程度です。体への負担も、さほど変わりません。患部を実際に目で確認しながら手術できるのが利点であり、手術する側としてもやりやすい術法といえます。

脊柱管狭窄症は、不治の病ではありません。手術はひと昔前に比べると安全性が増し、成功率も大きく上がっています。足の痛みやしびれにもいろいろな原因があるので、気になる症状があれば早めに、専門医を受診してください。

画像: この記事は『壮快』2022年10月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『壮快』2022年10月号に掲載されています。

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