解説者のプロフィール

酒谷薫(さかたに・かおる)
医療法人社団醫光会理事長。医学博士、工学博士、東京大学大学院新領域創成科学研究科共同研究員(前特任教授)、日本中医薬学会理事長。81年、大阪医科大学医学部医学科卒業。87年、同大学院医学研究科修了(医学博士)。脳神経医学の第一人者として活躍する一方、北京日中友好病院への赴任中に東洋医学と出合って以降、専門の脳神経外科とともに東洋医学の研究も行う。最新刊『自分でできる! 熟睡脳のコツ』(ビジネス社)が発売中。
不眠症の主な原因は「肝」の障害
東洋医学には数千年の歴史があり、長い年月の経験や知恵が蓄積されています。そして、独自の理論で、診察と治療が行われています。
西洋医学と大きく異なる点は、臓器の種類です。東洋医学では「五行学説」といって、世界は5種類の基本物質で構成され、互いに影響を及ぼしながらバランスを保っていると考えられています。そして人間の体には、「心・肺・肝・脾・腎」の五臓と、「胃・小腸・大腸・膀胱・胆嚢・三焦」の六腑があり、この「五臓六腑」が生命維持を担うとされているのです。
実は、この五臓六腑には、西洋医学で重視されている脳が含まれていません。では、脳はどこに行ってしまったのかというと、その機能は五臓に振り分けられています。
心は「喜び」、肺は「憂い」、肝は「怒り」、脾は「思い」、腎は「恐れ」と対応し、五臓が感情をコントロールすると考えられています。

五臓のうち、肝は「怒り」、心は「喜び」、脾は「思い」、肺は「憂い」、腎は「恐れ」を振り分けられている。この5つの感情を「五志」と呼ぶ。
西洋医学では、睡眠障害は脳の不調と考えますが、東洋医学では、睡眠障害を五臓の障害と捉えます。例えば、睡眠障害の最大の原因であるストレスのことを、東洋医学では「肝」の障害であると考えるのです。
五臓六腑と同様に、東洋医学のユニークな考え方が「気・血・水」です。
生命エネルギーの「気」は、四季や天気といった自然界の移り変わりを引き起こしているだけでなく、人間の生命活動を支えているとされています。
気に加えて、西洋医学の血液と同じ概念である「血」、そして体液・水分と同じ概念である「水」の3つが、全身を過不足なく巡っている状態が健康なのです。
不眠症だった頃に私が診断された「瘀血(おけつ)」とは、血が滞ることを指します。
瘀血の原因は、ストレスです。ストレスが長く続くと、血の巡りが悪くなり、瘀血が生じるのです。ストレスは不眠症の大きな原因なので、不眠症の人は瘀血と診断される可能性が高いといえます。
先ほど触れたように、東洋医学において、不眠症の最大の原因は「肝」の障害です。
「肝」は体の中を巡る気の流れを調節することで、怒りなどの感情をコントロールする働きがあるとされています。
仕事や人間関係などでストレスを抱えてしまうと、肝の気の巡りがうっ滞します。こうして肝の機能が高ぶっていることを、「肝鬱(かんうつ)」といいます。
肝鬱が続くと、怒りやイライラなどのネガティブな感情が現れると考えられているのです。
「未病」を治せば不眠症は改善する
さらに、東洋医学の特徴として、「未病」という概念があります。これは、病気になる前段階のことです。
体調が優れない、疲れやすい、頭が重い、息苦しいといった自覚症状はあるけれど、検査をしても、なぜか異常が見られない場合があるでしょう。この状態が未病です。
そして、東洋医学には、「養生法」と呼ばれる、未病を治すさまざまな治療法があります。
養生法は、直接の病気ではなく、体質を改善します。つまり、未病から本当の病気にならないように、体の内側から治していくのです。
未病は、不眠症を伴うことがよくあります。ということは、未病を治すことにより、不眠症もおのずと改善するというわけです。
これまで西洋医学のいろいろな方法を試して、不眠症の改善が見られなかった人でも、東洋医学のアプローチで改善する可能性はあるということです。
続く記事では、不眠体質を「肝鬱化火」「痰熱擾心」「気血不足」「陰虚火旺」の4つのタイプに分けて解説し、それぞれの対処法を紹介していきます。各ページの冒頭のリストをチェックし、自分の体質を判定してみてください。

この記事は『安心』2022年9月号に掲載されています。
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