解説者のプロフィール

井辺武史(いべ・たけし)
1997年、日本大学文理学部卒業。2001年、呉竹学園東京医療専門学校本科卒業、鍼・灸・マッサージ国家資格取得。こまつ鍼灸整骨院、花園整形外科勤務を経て、2013年に目黒いべ治療院を開院。高麗手指鍼による施術を行う。自身も10代で慢性腎臓病(IgA腎症)と診断されるも、食事療法や鍼灸の知識に基づいたセルフケアで安定した状態を維持している。
腎臓ツボへの刺激で腎機能の向上を目指す
私は日ごろ「高麗手指鍼」の考えをもとにした施術を行っています。これはもともと韓国で生まれた手法で、手のひらにある、体の臓器や器官に対応するツボを刺激することで、体の不調を治していくものです。
高麗手指鍼による施術は、腎臓病のかたにも有効です。もちろん、病院で専門医による診察や、食事指導を受けていただきながらではありますが、手のひらの腎臓に対応するツボ(「腎臓ツボ」。後述)を鍼やお灸で刺激する施術を行って、効果を上げています。
腎臓には数多くの毛細血管があり、体内の老廃物を取り除く働きがあります。また、血圧をコントロールしたり、赤血球をつくるホルモンを分泌したりするなど、体が正常に働く環境をつくる役割も担っています。
高麗手指鍼では、腎臓ツボの刺激により、腎臓の毛細血管の血流量を増やし、必要な酸素や栄養素を送り込むことで、腎機能の向上を促します。これにより、腎機能を維持・改善し、人工透析の導入を遅らせるためのサポートができるのです。
私はふだんから、腎臓病の患者さんには、治療院での鍼治療のほか、自宅でもできるセルフケアもお教えしています。
ひとつは「腎臓ツボお灸」です。両手の腎臓ツボに、市販のお灸を使います。
お灸がめんどうな人や、糖尿病性腎症の人には、もうひとつの、「腎臓ツボマッサージ」がお勧めです。強い力は入れず、やさしく押したりさすったりします。
糖尿病性腎症のかたは、万が一、ヤケドやケガをすると、雑菌が入って炎症が起こりやすいため、私はお灸よりマッサージをお勧めしています。
腎臓ツボの場所とセルフケア法
腎臓ツボの場所
手のひらの中指のつけ根(a点)と手首の中心(b点)を結んだ真ん中(c点)の左右2ヵ所(★印)が腎臓ツボ

腎臓ツボマッサージ
腎臓ツボを親指の腹で、1ヵ所につき15~30秒ほど、軽く押したりさすったりする。いつ、何回行ってもよい。両手に行う。

腎臓ツボお灸
腎臓ツボに市販のお灸を貼り、火を点けて、熱さを感じたら外す。いつ、何回行ってもよい。両手それぞれに行う。
※ヤケドしないよう気をつける。

自らも毎日ツボ押しやお灸を続けている
実は私自身も高校3年生のときに、学校の健康診断でIgA腎症と診断され、もう30年ほど腎臓病とつき合っています。
当初はそんなに大変なこととは思わず過ごしていたのですが、大学4年生のときに腎機能が悪化し、医師から「あと10年で人工透析になる」と宣告されました。
決まっていた就職先をあきらめ、4ヵ月ほどの長期入院をしました。当時、医師からは、「あなたの腎機能は健康な人と比べて60%程度」といわれ、不安を感じたのを覚えています。
その後、鍼灸師の道を選んだ私は、高麗手指鍼と出合い、26歳からは先ほどお教えした腎臓ツボへのお灸やマッサージを、自分でも欠かさず行うようになりました。もちろん、塩分制限をはじめとする食事療法にも取り組みました。
そしてその結果、私は30年経った今も、腎機能を維持し、透析を回避できているのです。
ただ、50歳を目前にしたころ、加齢のためかクレアチニン値が、1.2mg/dkと、やや悪化したことがあります(男性の基準値は0.61~1.04mg/dl)。そこで、腎臓マッサージや腎臓ツボへのお灸に加え、食事にもこれまで以上に注意しました。
また、30分程度のウォーキングや、あお向けになり、ひざを立てた状態で、おへその左右5cm横辺り、腎臓のある位置のおなか側をこぶしで軽く押すマッサージも取り入れたところ、再びクレアチニン値が1.09mg/dlほどに安定するようになりました。
ただ、こうしたセルフケアや食事改善など、いろんなことをがんばっていても、腎機能はなかなか改善するものではありません。私は「腎機能値が横ばいならOK。維持できていること自体がすばらしい!」と認めることも大事だと思っています。
患者さんの立場からいえば、ある日急に、医師の先生の指示どおりに食事制限を行うのはなかなか難しいこと。命にかかわる段階でなければ、ひとつずつ、少しずつでいいと私は思います。生活習慣をちょこっと変えることを気長に続けてみましょう。
そのような腎臓と向き合う日々のなかに、ぜひ、ご紹介した腎臓ツボへのセルフケアも取り入れてほしいと思います。

この記事は『壮快』2022年9月号に掲載されています。
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