メタボが有名になり過ぎて、「多く食べることは不健康」というイメージが持たれがちですが、「食べることは生きる力」であり、最強の老化対策です。適度な脂肪や筋肉をつけておけば、何かあってしばらく食べられないときのエネルギー源になります。病気や不調を乗り越えて健康寿命を延ばすには、こうした蓄えが物を言うのです。【解説】新開省二(女子栄養大学地域保健・老年学教授)

解説者のプロフィール

画像: 解説者のプロフィール

新開省二(しんかい・しょうじ)

女子栄養大学地域保健・老年学教授。医師・医学博士。1984年愛媛大学大学院医学研究科博士課程修了。愛媛大学医学部助教授(公衆衛生学)を経て、1998年より東京都老人総合研究所(現・東京都健康長寿医療センター研究所)勤務、2015年、東京都健康長寿医療センター研究所副所長、2021年より現職。この間(1990-91年)カナダ・トロント大学医学部に旧文部省在外研究員として留学。日本応用老年学会理事長、日本公衆衛生学会、日本老年社会科学会、日本体力医学会の理事や厚生労働省「健康日本21(第二次)策定専門委員会」委員、長寿科学総合研究事業、JST-RISTEX研究開発事業などの主任研究者を歴任。高齢者の健康と食事研究の第一人者。

65歳以上の4人に1人が低栄養

世界でもトップクラスの長寿国となった日本ですが、自立して元気に過ごせる「健康寿命」は、男性で約9年、女性で約12年、平均寿命より短くなっています。

「健康寿命を延ばし、寿命いっぱいまで元気に過ごしたい」というのが、多くの人の願いでしょう。その願いを叶えるには、何が最も重要でしょうか?

この問いに、「メタボを防ぐため、食事の量を控えめにする」と答える人がいるかもしれません。しかしこれは、シニア世代の方々にとっては、むしろ健康寿命を縮めかねない、危険な答えです。

シニア世代が、元気に年を重ねていくためには、「きちんと食べて、しっかり栄養をとる」ことが、何より大切だからです。
  

厚生労働省が推進している国民健康づくり運動「健康日本21」は、2013年から第2次が始まり、その前の10年間のデータを見直しました。

第2次の専門委員会のメンバーとして、私がデータを整理したところ、「低栄養」の人が年々増えていることがわかりました。

低栄養とは、文字通り栄養が不足している状態のことで、体格や血液中のいくつかの成分などを指標として判定されますが、65歳以上の人のうち、4分の1もの人が低栄養であることがわかったのです。

そこで私たちは、低栄養の実態や弊害を調べるため、65歳以上の1000余人を対象とした追跡調査を行いました。

まず、対象者を指標に基づいて、栄養が十分にとれている「高栄養群」、栄養の充足度が中間的な「中栄養群」、栄養がかなり不足している「低栄養群」の3群に分けます。

そして8年間追跡調査を行い、各群の人たちが、どんな率で何によって亡くなったかを調べました。

その結果、低栄養が最も深く関係していたのが、脳梗塞、脳出血、心筋梗塞などの「循環器病」でした。低栄養群では、年を追うごとに、循環器病による死亡リスクが高まっていたのです。

栄養状態と各死亡の危険度(TMIG-LISAより)

画像: 注)性、年齢、調査地域、既往歴、飲酒・喫煙歴、血圧、HbA1c、GPT、HDL-C、Cr、握力、歩行速度、健康度自己評価、うつの有無を調整[Shinkai et al.The Gerontologist,48(special issue Ⅱ),125,2008 新開省二、日本医事新報 4615,71-77,2012]※編集部で一部改変

注)性、年齢、調査地域、既往歴、飲酒・喫煙歴、血圧、HbA1c、GPT、HDL-C、Cr、握力、歩行速度、健康度自己評価、うつの有無を調整[Shinkai et al.The Gerontologist,48(special issue Ⅱ),125,2008 新開省二、日本医事新報 4615,71-77,2012]※編集部で一部改変

高栄養群を1とすると、中栄養群では差はありませんでしたが、低栄養群では死亡リスクが2.5倍にも及びました。

循環器病では、亡くなる前の段階で障害を持ったり、介護が必要になったりするケースも多いため、低栄養はそうしたリスクも高めることになります。

「血液ドロドロ」より「血管ボロボロ」が危険

「心臓病や脳卒中は、食べ過ぎによるメタボで起こるのでは?」と思う人もいるかもしれません。確かに、60代くらいまでの比較的太っている人などでは、メタボによる循環器病に気をつける必要があります。

しかし、60代後半以降、特に70代以降になると、メタボによる「血液ドロドロ」より、低栄養による「血管ボロボロ」のリスクの方が、はるかに高まるのです。

このように、おおむね70歳を境に、栄養摂取の常識をシフトする必要があります

がんやその他の死亡原因は、循環器病ほどハッキリした差が出ませんでしたが、それでも、やはり低栄養群で最も高い傾向がみられました。ちなみに、その他の死因で多いのは、肺炎や転倒による骨折などです。

全体の死亡率も、高栄養群を1とした場合、中栄養群は1.2だったのに対し、低栄養群では1.9に及んでいました。

その後の研究により、低栄養だと認知機能も衰えやすく、認知症のリスクも高まることがわかりました。

加齢に伴って現れる心身のさまざまな症状、特に介護や看護を要するものを、「老年症候群」と呼びますが、低栄養は、その引き金や加速要因になることもわかってきました。

つまり、低栄養によって、心血管病をはじめ、がん、肺炎、転倒骨折、認知症、さまざまな老化現象などのリスクが、全て高まってしまうわけです。

老年症候群の中でも、近年、特に注目されているのが、心身が虚弱になる「フレイル」です。

フレイルは、「健康と要介護状態の間」と位置づけられています。ですから、早めに気づいて対策を講じれば、健康を取り戻すことが可能です。

そのためにも、まずは栄養をしっかりとることが基本となります。

持病があっても健康寿命は延ばせる

フレイルかどうかは、簡単なチェック項目によってわかります。下項のチェック表で、フレイルという判定が出た人は、特にしっかり食べるように努めましょう。

しっかり食べることを心がければ、70歳以降でも、何歳になっても、低栄養状態を脱し、健康寿命を延ばすことができます。

ただ、中には「持病があるので、健康寿命は延ばせない」と思う人もいるかもしれません。

しかし、これまでの研究で、持病(慢性疾患)の有無は、それほど健康寿命に強く影響しないことがわかっています。持病があっても、十分な栄養をとって、適度に歩いたりすることで、健康寿命を確実に延ばすことができるのです。

そのためにお勧めしたいのが、さまざまな食品をとる「多様食」です。
具体的には1日に、
①肉
②魚介類
③卵
④大豆・大豆製品
⑤牛乳・乳製品
⑥緑黄色野菜
⑦海藻類
⑧イモ
⑨果物 
⑩油を使った料理
これらの10品目をとるようにします。

とは言え、「ここまではできない」という人もいるでしょう。その場合、まずは1食の中で主食・たんぱく質・野菜がとれる献立を心がけてみましょう

食欲がないなどで、量を多く食べられないときは、主食は減らしておかず中心にとりましょう。少量ずつとって、食事回数を増やすのもよい方法です。

場合によっては、総合栄養補助食品やマルチビタミンのサプリメントなども利用してみましょう。

メタボが有名になり過ぎて、「多く食べることは不健康」というイメージが持たれがちですが、「食べることは生きる力」であり、最強の老化対策です。

しっかり食べて、適度な脂肪や筋肉をつけておけば、何かあってしばらく食べられないときのエネルギー源になります。

同様に、筋肉は必須アミノ酸(人体に欠かせないたんぱく質の構成成分)の貯蔵庫であり、骨はカルシウムの貯蔵庫です。

病気や不調を乗り越えて健康寿命を延ばすには、こうした蓄えが物を言うのです。

できるところからで構いませんから、なるべくしっかり食べることを心がけ、健康寿命を延ばしましょう。

あなたは大丈夫?「フレイル」危険度チェック

体力はいいいえ
1この1年間に転んだことがありますか1点0点
21kmくらいの距離を不自由なく続けて歩くことができますか0点1点
3目が普通に見えますか(メガネを使った状態でもよい)0点1点
4家の中でつまづいたり、滑ったりしますか1点0点
5転ぶことが怖くて外出を控えることがありますか1点0点
6この1年間に入院したことはありますか1点0点
栄養はいいいえ
7最近食欲がありますか0点1点
8現在、たいていのものはかんで食べられますか(入れ歯を使ってもよい)0点1点
9この6ヵ月間に3kg以上の体重減少がありましたか1点0点
10この6ヵ月間に、以前に比べて体の筋肉や脂肪が落ちてきたと思いますか1点0点
社会はいいいえ
11日中家の外に出ず、家の中で過ごすことが多いですか1点0点
2普段、2〜3日に1回程度は外出しますか(庭先のみやゴミ出し程度の外出は含まない)0点1点
3家の中あるいは家の外で、趣味・楽しみ・好きでやっていることがありますか0点1点
4親しくお話ができる近所の人はいますか0点1点
5近所の人以外で、親しく行き来するような友達、別居家族または親戚がいますか0点1点

合計点数=
・合計が4点以上だと、フレイルといっていい状態。
・合計点数が多いほど、要介護になる危険性が高い。

[別記事:【健康診断の数値の見方】低すぎもダメってほんと?自分の栄養状態がわかる4つの指標をチェックしよう→

画像: この記事は『安心』2022年8月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2022年8月号に掲載されています。

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