甘みのあるサイダーを使った試験の結果、サイダーを飲んだあとは飲み込む時間が短縮され、飲んだ量が多いほど長く保持できるとわかりました。炭酸の刺激が、口腔内やのどの神経を介して延髄の嚥下中枢に伝わり、飲み込む指令を出しているのではないかと考えられます。【解説】森下元賀(吉備国際大学保健医療福祉学部理学療法学科准教授・博士(保健科学))

解説者のプロフィール

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森下元賀(もりした・もとよし)

吉備国際大学保健医療福祉学部理学療法学科准教授・博士(保健科学)。2000年、吉備国際大学保健科学部理学療法学科卒業。埼玉医科大学総合医療センターリハビリテーション科などで勤務と並行しつつ、東京都立保健科学大学大学院および首都大学東京大学院で保健科学を専攻し08年に博士後期課程を修了。11年、吉備国際大学保健医療福祉学部理学療法学科講師に着任、17年より現職。日本摂食・嚥下リハビリテーション学会などに所属。

欧米では炭酸水と嚥下の研究が進んでいる

「ビールだったら飲めるんだけどなぁ」
「コーラが好きだったから飲みたい」

といった声が、嚥下障害のある高齢の患者さんから上がることがありました。15年ほど前、訪問看護施設で、摂食嚥下リハビリテーション(以下、嚥下リハビリ)に携わっていたときのことです。

嚥下リハビリとは、飲み込む力が弱くなった患者さんが実践するトレーニングです。

加齢や脳血管障害などが原因でのどの機能が低下すると、飲食物をうまく飲み込めなくなり、食道ではなく気管に入ると、むせてしまいます。もし、飲食物が気管から肺に入れば、誤嚥性肺炎の原因となることがあり、死亡リスクが上昇。飲み込む力は、実はとても重要なのです。

欧米では、天然炭酸水の湧水地が多いためか、炭酸水が嚥下機能に与える影響についての研究が進んでいます。一方、日本では無糖の炭酸水を飲む習慣がなく、炭酸水や炭酸飲料の嚥下機能改善に対する有用性も、最近までほとんど研究されていませんでした。

私はこれまで、他職種と連携して患者さんの訓練に当たってきました。その間ずっと、冒頭に挙げたような患者さんの言葉が引っかかっていたのです。

臨床で患者さんと接するうち「嚥下リハビリに炭酸飲料を活用できないか」と具体的に考え始め、2012年ごろより、ついに調査に着手しました。

実際に嚥下障害があるかたにいきなり試すと、事故のリスクがあります。そこで、嚥下障害と診断されていない高齢者14名(平均年齢約77歳)に協力を依頼。試験では、被験者の口腔内に、数種類の飲料をほんの3ml注入し、嚥下してもらいます。ちなみに、ここで試した炭酸飲料は甘みのあるサイダーです。

試験は、2回に分けて実施。
❶回めは、水道水サイダースポーツ飲料炭酸水、の順
❷回めは、水道水炭酸水スポーツ飲料サイダー、の順
で、口に含んでもらいます。

その際、のどの運動を記録して、反応時間や筋収縮の大きさなどから、嚥下のしやすさを分析しました。いわゆる「のどぼとけ」が上がる際、気管の入口が閉まって食道の入口が開くのですが、上がってから下がる時間(喉頭挙上時間)が短いほど「ごっくん」と飲み込むのに時間がかからず、スムーズに嚥下できていることになります。

試験の結果、❶回めの水道水は飲み込むのに時間がかかりましたが、それに比べて、そのすぐあとに飲んだ❶回めのサイダーと、❷回めの水道水、❷回めのサイダーの3項目で喉頭挙上時間が有意に短縮しました。

とろみ茶も飲めなかったが五分粥を食べられた!

この結果を受けて、「❶回めのサイダーを飲んだことで、❷回めの水道水が飲み込みやすくなったのでは」と仮定。さらに別の試験を行いました。

すると「サイダーを飲んだあとは喉頭挙上時間が短縮され、飲んだサイダーの量が多いほどその後の飲み込みやすさが長く保持できる」とわかりました。とはいえ、このとき被験者が飲んだサイダーは最大で30ml。せいぜい、ふた口程度です。

ではなぜ、サイダーで嚥下がしやすくなるのでしょうか。

脳の延髄という部分に、嚥下機能を制御する嚥下中枢という部位があります。炭酸のシュワシュワした刺激が、口腔内やのどの神経を介して延髄に伝わり、飲み込む指令を出しているのではないかと考えられます。

画像: とろみ茶も飲めなかったが五分粥を食べられた!

そもそも、甘くおいしい物が口に入れば、飲み込みやすいものです。炭酸飲料で嚥下障害が改善した症例を挙げましょう。

82歳の女性は延髄に梗塞があり、嚥下訓練では、とろみをつけたお茶やゼリーも、痰とともに出てしまうほどでした。そこでもともと好きだったという炭酸飲料を箸の先につけた脱脂綿に含ませ、それまで行っていた訓練に新たに取り入れました。すると、開始後2ヵ月で食事への意欲が向上。医師の許可のもと刻んだあんかけ食や、五分粥をとれるまでに改善しました。

炭酸飲料は糖を含むので、多量の摂取は糖尿病や虫歯の原因となります。とはいえ、口に含むのは少量ですし、口腔ケアを徹底すれば、むしろよい影響のほうが多いでしょう。

もし、炭酸飲料を誤嚥予防に活用する方法が普及すれば、医療従事者以外の介護者も嚥下訓練に取り入れやすくなります。

好みの炭酸飲料を口にできることは、リハビリを実践するうえで大きなモチベーションとなりえます。食欲を全般的に高めるきっかけとなり、むせることなくスムーズに食べられるようになれば、QOL(生活の質)の向上にもつながるのです。

私はビールが大好きなので、自分が介護される側になったらぜひ、ビールで嚥下リハビリをしてもらいたいものです(笑)。その日のためにも、本研究を続けてしっかりとしたエビデンスを確立したいと思います。

[別記事:市販の炭酸水を一挙紹介!スーパーやコンビニでまずは手に取って試してみよう→

画像: この記事は『壮快』2022年8月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『壮快』2022年8月号に掲載されています。

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