解説者のプロフィール

上月正博(こうづき・まさひろ)
山形県立保健医療大学理事長・学長、東北大学名誉教授。1981年、東北大学医学部卒業。2022年3月まで同大学院医学系研究科機能医科講座内部障害分野教授を務めた後、現職。国際腎臓リハビリテーション学会理事長、日本腎臓リハビリテーション学会前理事長。運動療法を取り入れるなどした「腎臓リハビリテーション」を確立させ、腎疾患や透析医療に基づく身体的・精神的影響を軽減させる活動に力を入れている。『血管をよみがえらせる長生き体操』(マキノ出版)など、著書多数。
健康保険が適用!ますます広がる運動療法
人工透析では、1回に4〜5時間かけて血液をろ過します。その間は、じっとベッドに横たわっているのが普通でした。
しかし今後は、透析中に運動する方が増えるかもしれません。今年4月から、人工透析中の「腎臓リハビリテーション(以下、腎臓リハビリ)」に健康保険が適用されたからです。
腎臓リハビリとは、適度な運動を行うことで、体力を回復し、心不全や腎機能の低下を防ぐ治療法です。私たち東北大学のグループが国際高血圧学会で行った研究発表をきっかけに、世界中で研究が進み、その効果が確認されています。
かつては「腎臓病になったら安静第一」が常識でしたが、適度な運動を行う方が、腎機能の悪化を食い止め、病状の改善を図れることがわかったのです。
1日の歩数が4000歩以下の腎臓病患者さんと、4000歩以上歩く腎臓病患者さんを比べた研究があります。3ヵ月間で、腎機能の程度を示すeGFRは、前者では平均2.3低下したのに対し、後者では平均6.7上昇していました。
また、慢性腎臓病患者さんを通常の治療のみで運動していない群と、運動した群とに分けて調べたところ、前者ではeGFRが低下したのに対し、後者では上昇しました。
これらの研究結果から、腎臓リハビリが腎機能を改善すること、透析に至っていない患者さんでは、その先延ばしに貢献することがわかったのです。

eGFRは、腎機能の程度を示す値。数値が高いほど、腎機能が高い。運動群では、運動スタート後にeGFRの数値が上昇。これは、腎機能が改善されていることを示す。
日本では2016年に、透析に至る前の糖尿病腎症に対する腎臓リハビリに健康保険が適用され、2年後には対象範囲が広がりました。さらに今回、透析中の腎臓リハビリにも健康保険が適用されたというわけです。
透析中の腎臓リハビリは、ベッドにいる時間を有意義に使って、下半身や、透析用のシャント(血液の出入り口)がない方の腕で適度な運動を行います。これにより、体力や疲労の回復、心不全の予防が期待できます。海外での研究では、透析患者さんの死亡率が下がったという論文も出ています。
適度な運動をすると、腎臓の糸球体の血管が広がり、糸球体にかかる圧力が下がって、腎臓への負担が減ります。その結果、腎機能の改善につながると考えられます。
動物実験では治療薬に匹敵する効果
昨年、私たちの研究グループは、腎臓リハビリの新たな研究に着手しました。
「多発性嚢胞腎」という腎臓病があります。嚢胞とは、水のたまった袋のことです。腎臓の中に、それが多数でき、腎機能が次第に失われるのが、多発性嚢胞腎です。遺伝性の病気で、日本では、2000〜4000人に1人の割合でみられます。
有効な治療薬はあるのですが、尿を増やす利尿薬を多量に飲む必要があるため、1日の尿量が3〜4Lに達し、生活の質が大きく下がるのが問題です。
しかし、治療をしなければ、腎機能が低下していきます。この病気の患者さんは、60歳くらいまでに約半数が透析を開始するのが現状です。
私たちは、東北医科薬科大学リハビリテーション学の伊藤修教授らとともに、多発性嚢胞腎モデルラットを用い、腎臓リハビリに匹敵する運動を行わせ、変化を観察しました。
すると、嚢胞を増やすように働く「サイクリックAMP」という物質を増加させず、嚢胞の増大や増加を防ぐ効果が認められました。そして、腎臓の臓器障害が抑制されることもわかりました。これは、現在の治療薬に匹敵する効果です。
今回の結果は動物実験によるもので、人間にも有効かについては、さらに研究を進める必要があります。しかし、これまで他のモデル動物で私たちが確かめた腎臓リハビリの効果は、人間の場合でも認められたので、人間の多発性嚢胞腎にも有効なのではと期待されます。
慢性腎臓病で腎臓リハビリを試みたい場合、透析を受けている人なら、通院している医療機関で相談してみてください。まだ透析を開始していない人は、下項を参考に、主治医に相談の上、無理のない範囲で行いましょう。
ただし、以下の場合は控えてください。
・高血圧で、上の血圧が180mmHg以上。
・糖尿病で、空腹時血糖値が250mg/dk以上。
・急性腎炎・心臓病などの病状が不安定なとき、慢性腎不全が急激に悪化したときなど。
腎機能を守り高める「腎臓リハビリ」のやり方
POINT
①~③の運動は全て行ってもよいし、その日の体調や空き時間をみて、自分に合ったものだけを行ってもよい。無理のない範囲で行うこと。
① 腎臓リハビリ体操
「腎臓リハビリ運動」や「腎臓リハビリ筋トレ」の準備体操として、A~Dを、それぞれ5~10回ずつ行う。
運動が苦手な人は、これだけを単独で行ってもよい。単独で行う場合は、それぞれ5~10回ずつ行うのを1セットとして、1日3セット行う。
A かかとの上げ下ろし
両足を肩幅よりやや狭くして立つ。その状態で、かかとの上げ下ろしを行う。

B 足上げ
いすの後ろに立ち、片手で背もたれをつかむ。体を支えながら、一方の足を前→上→後ろの順番に動かす。反対の足と交互に行う。

C バンザイ
足を肩幅に広げて立つ。手のひらを正面に向けながら、バンザイをするように両腕を上げて下ろす。

D 中腰スクワット
足を肩幅に開いて立つ。そのまま軽くひざを曲げて腰を落とし、元の姿勢に戻る。

② 腎臓リハビリ運動
ウォーキングだけでなく、サイクリングやエアロバイクなども腎臓リハビリ運動になる。1回20~60分間、週3~5回が目安。
効果の高いウォーキングのやり方

③ 腎臓リハビリ筋トレ
お尻上げ
❶あおむけに寝て両ひざをそろえて、直角に曲げる。

❷足の裏を床につけたまま、3~5秒かけてゆっくりと息を吐きながらお尻を上げる。その状態のまま、5~10秒静止。息を吸いながら3~5秒かけてお尻を下げて①に戻る。①~②を5~10回くり返す。

ひざ胸突き
❶床に座って両足を伸ばす。両腕を支えにしながら、体を70度くらいに後傾させる。

❷片方の足を30~40cm浮かせる。

❸息を吐きながら、浮かせた足を3~5秒かけて胸に引きつけ、1秒静止。息を吸いながら同じ足を3~5秒かけて前に伸ばして①に戻る。①~③を、左右の足で交互に5~10回くり返す。

この記事は『安心』2022年7月号に掲載されています。
www.makino-g.jp