「リン」は体に不可欠ではあるものの、とり過ぎると腎機能を低下させるだけでなく、多くの病気や老化を促進してしまいます。現在、ほとんどの人はリンをとり過ぎています。リンは幅広い食品に含まれる上、食品添加物として多く使われているからです。平均的な食生活でも必要量の3倍程度とっているといわれます。【解説】黒尾誠(自治医科大学分子病態治療研究センター抗加齢医学部教授)

解説者のプロフィール

画像: 解説者のプロフィール

黒尾誠(くろお・まこと)

自治医科大学分子病態治療研究センター抗加齢医学部教授。1985年、東京大学医学部医学科卒業。1991年、国立精神・神経センターでの実験中に突然変異マウスを見つけたことを発端に、余分なリンを腎臓から排出させる老化抑制遺伝子「クロトー」を発見。脊椎動物の老化抑制遺伝子の発見は、世界初の快挙。1998年、米テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンターの助教授に就任、2012年に教授となる。帰国後、現職。腎臓とリンの関係から、老化のしくみを解明する研究を続けている。著書『腎臓が寿命を決める』(幻冬舎新書)はベストセラーとなった。

腎臓の機能に大きな負担をかけるリン

「腎臓のために、食事でとり過ぎてはいけないものは?」そう聞かれれば、多くの人が「塩分」と答えるでしょう。

ところが、広く知られていないものの、実は他にもとり過ぎてはいけない重要な成分があります。それは「リン」です。

リンはミネラルの一種で、体内では80%が骨にあり、カルシウムと結びついて骨をつくるために働いています。私たちが生きるために不可欠なミネラルですが、その一方で、とり過ぎてしまうと、さまざまな「悪事」を働く厄介な物質でもあります。

第一に、リンのとり過ぎは、腎臓の機能低下を招きます

腎機能は、加齢や遺伝的体質、病気や食習慣など、さまざまな要因で低下しますが、リンのとり過ぎも大きな要素であることがわかっています。

腎臓の働きをひとことで言うなら、「血液をきれいにするろ過装置」です。そのろ過機能が低下すると、腎臓病になるだけでなく、全身の健康状態が悪くなり、老化も加速します。

腎臓のろ過機能を支えているのが、ネフロンという最小単位の構造物です。1つの腎臓には、平均100万個のネフロンがあります。

ネフロンは加齢とともに減り、一度減ると戻りません。そのネフロンの減少に、リンのとり過ぎが深く関係しています。

体内の過剰なミネラルを排泄し、バランスをとるのも腎臓の役目です。そのため、リンを過剰にとると、腎臓のろ過機能に負担がかかり、ネフロンの減少が加速してしまうのです。

画像: 腎臓の機能に大きな負担をかけるリン

リンを含む食品添加物をできる範囲で避ける

私は30年以上、「腎臓・リン・老化」のつながりを調べる研究をしてきました。そのきっかけとなったのは、「クロトー遺伝子欠損マウス」という特殊な実験マウスでした。

クロトー遺伝子は、体内の余分なリンを、腎臓から排泄するために必要な遺伝子です。

リンが血中に増えると、それを感知して、FGF23というホルモンが分泌されます。それがクロトー遺伝子が作るたんぱく質と結合すると、「リンを排出せよ」という指令が腎臓に送られます。

このしくみが働かないクロトー遺伝子欠損マウスは、リンを体にため込みます。その結果、高リン血症を起こしますが、同時に動脈硬化、骨粗鬆症(骨の量が減り、骨折しやすくなる病気)、皮膚の萎縮、筋肉減少、認知症など、多くの老化現象が進み、寿命が短縮します。

ところが、クロトー遺伝子欠損マウスに、リンを減らしたエサを与え、リンが体にたまらないようにすると、一連の老化加速現象が治るのです。

これらの事実から私は、「体内に過剰となったリンは、細胞毒や老化加速物質として働く」と考えています。

慢性腎不全になり、人工透析を受けている患者さんは、高リン血症、動脈硬化、骨粗鬆症、認知症などが発症・進行しやすいことが知られています。

これは、クロトー遺伝子欠損マウスの現象とよく似ています。

リンの過剰摂取を続けると、血中のリンが過剰になり、カルシウムと結合して、リン酸カルシウムという物質になります。これが血管に沈着すると、血管が硬くなって血流が悪くなり、さまざまな病気や老化の促進を招いてしまうのです。

現在でも、腎臓病が進んで高リン血症が起こった患者さんには、リンの摂取制限やリン吸着薬(リンの吸収を阻害する薬)の投与などを行っていますが、もっと早い時期にこれらを行えば、腎臓病の悪化を抑制できる可能性が高いのではないかと、私は考えています。

現在、ほとんどの人はリンをとり過ぎています。リンは幅広い食品に含まれる上、食品添加物として多く使われているからです。リンを含む食品添加物をできる範囲で避けるだけでも、腎臓を守ることにつながります。

これは、腎機能が衰え始めた人にはもちろん、今はまだ腎機能を保っている人にとっても、腎臓を守り、老化を抑えるための重要な対策です。

まずはこのことを、1人でも多くの人に知っていただけたらと思います。

リンの過剰摂取を調べる方法はあるが…

ミネラルの一種である「リン」は、体に必要不可欠ではあるものの、とり過ぎると、腎機能を低下させるだけでなく、多くの病気や老化を促進してしまいます。

では、どの程度までの摂取にしておくとよいのでしょうか。残念ながら、一概に「この量まで」とは言えないのです。

血液のろ過機能を担う腎臓のネフロンは、腎臓1つにつき平均で100万個とされますが、もともと多い人と少ない人で、倍以上も数が違うといわれます。加齢とともに減るので、年齢による差もあります。

リンの処理能力は、ネフロンの数によって決まるため、その個人差の大きさから、一定の摂取目安量は決めにくいのです。

ただし、ネフロンの数を問わず、その人がリンのとり過ぎかどうかを知る方法がないわけではありません。

私たちの体内では、リンが血中に流れ込んだことを感知すると「FGF23」というホルモンが分泌されます。このホルモンが、尿中にリンを出すように指令するしくみになっています。

私たちのこれまでの研究により、FGF23の血中濃度が53pg/mlを超えると、「リンのとり過ぎ」サインであることがわかっています。

FGF23の血中濃度の測定は、技術的には容易で、キットもありますが、現状では、このホルモンと腎機能との関連が、医療界でまだあまり知られておらず、健康保険も効かないのが難点です。

将来的に、健康診断などでFGF23を測定できるようになれば、腎臓を守る対策を行いやすくなり、人工透析治療に移行する患者さんを減らすことにもつながるでしょう。

平均的な食生活でも必要量の3倍とっている

では、誰もが簡単にFGF23を測定できない現状で、リンに関して、どのように気をつけていけばよいでしょうか。

ネフロンの数には個人差があるとはいえ、加齢とともに減るのは間違いありません。そこで、60~70代以降は、毎日の食事で、リンのとり過ぎに気を配るとよいでしょう。

あるいは、健康診断で、「腎臓の機能が少し落ちてきていますね」「慢性腎臓病の初期ですよ」などと言われた場合も、食事でのリンの摂取に気をつけてください。

リンは、肉類、魚介類、穀物、野菜、乳製品など、私たちが毎日、口にしている食品に広く含まれています。

その上に、こうした食品からとるリンに匹敵する量を、食品添加物からも摂取しているのです。現在、食品でとるリンと、食品添加物でとるリンを合わせると、平均的な食生活でも、必要量の3倍程度とっているといわれます。

加工食品やスナック類、カップラーメン、ファストフード、出来合いのお惣菜類など、食品添加物の多い物をひんぱんに食べる人では、さらに多く摂取していると考えられます。

食材の選び方でリンは減らせる

基本的には、食品添加物も大事な物ですし、食品添加物の全てにリンが含まれているわけでもありません。

ですから、食品添加物全てを神経質に排除しなくてもよいのですが、できる範囲で、以下のようなことから心がけてみてください。

ただし、腎臓病で食事制限を指導されている方は、あくまでもそちらを優先の上、お役立ていただければと思います。

①「リン酸塩」を避ける

食品添加物としてのリンは、直接的には「リン酸塩」と表示されています。食品の原材料表示に、そう書いてあるものは、できるだけ摂取を減らしましょう。

食品添加物としてのリン酸塩を含むことが多い食品としては、ソーセージ、ハム、ベーコンなどの加工肉、練り物、カマボコなどの水産加工食品、各種の冷凍食品、インスタント麵やカップ麺、袋詰めのパンなどがあります。

画像: 市販のベーコンの表示ラベル。リン酸塩が使用されている

市販のベーコンの表示ラベル。リン酸塩が使用されている

直接的に「リン酸塩」と書かれていなくても、リンを含む可能性がある食品添加物として、「pH調整剤」「粘着剤」「増粘剤」、ラーメンの麵に使われる「かんすい」などがあります。これらを含む食品も、できる範囲で減らすとよいでしょう。

画像: 市販のモズク酢の表示ラベル。pH調整剤が使用されている。リンが必ず使用されているとは限らないが、なるべく避けた方が安心。

市販のモズク酢の表示ラベル。pH調整剤が使用されている。リンが必ず使用されているとは限らないが、なるべく避けた方が安心。

②体に吸収されにくいリンを含む食材を選ぶ

リンに関しては、吸収率も問題になります。

リンには、無機リン有機リンがあり、食品添加物として使われているのは、ほとんどが無機リンです。そして、無機リンは体内に入ると90%以上吸収されます。

その意味でも、まずは食品添加物としてのリンを減らすと、効率よくリンの摂取を減らせます。

一般的な食品に含まれるのは有機リンです。有機リンを含む食品には、肉や魚、乳製品など、たんぱく質源が多くあります。

適量のたんぱく質は、健康な体づくりに不可欠です。腎臓病が悪化すると、たんぱく質が制限されることがありますが、その場合も、適量は必要です。

ですから、リンの摂取を厳密に制限しようとすると、たんぱく質不足に陥り、かえって健康を損なう恐れがあります。

そこでお勧めしたいのが、体に吸収されにくいリンを含む食品を利用することです。

有機リンの体への吸収率は、食品によってかなり差があります。基本的に、動物性食品のリンの方が吸収率が高く、植物性食品では低くなっています。

植物性食品の代表が、大豆・大豆製品です。大豆のリンはフィチン酸という形で含まれ、人間の腸からは吸収されません

肉や乳製品をかなり多くとっている人などは、それらを少し減らし、その分、大豆・大豆製品をとると、たんぱく質量は確保しながら、リンを減らすことができます。

画像: ②体に吸収されにくいリンを含む食材を選ぶ

③調理法を工夫する

調理の工夫も大切です。ハムやソーセージ、ベーコンなどの加工肉は、調理前に熱湯に10秒ほどくぐらせると、添加物を大分落とせるそうです。

また、インスタントラーメンの麵のゆで汁は捨て、スープを別の湯で作るだけでも、リンを減らせる可能性があります。

できる範囲の食品選びや工夫でリンの摂取を減らし、腎臓と健康を守りましょう。

画像: ③調理法を工夫する

運動しないとリン過剰になる

体内に増え過ぎると、腎臓に負担をかけ、さまざまな悪さをしてしまう「リン」。体内にリンを過剰にしないため、食事での注意と並んで大切なのが「運動」です。

リンと運動に、どんな関係があるのだろう? と思う人も多いかもしれません。その関係の真ん中にあるのは「」です。

最近、超高齢化を背景に、骨粗鬆症(骨の量が減り、骨折しやすくなる病気)が社会的な問題になっています。その対策として、運動が有効であることをご存じの人も多いでしょう。

運動不足になると、骨からカルシウムが溶けだし、骨粗鬆症の悪化につながるからです。

実はそのとき、リンも一緒に溶けだします。骨の強さをつくっているのは、リンとカルシウムが結合したリン酸カルシウムで、骨にはカルシウムとともにリンも多く含まれるからです。体内のリンの80%は骨に含まれています。

運動不足の生活が続くと、体は「強い骨で体の重みを支える必要はないのだな」と解釈し、リンやカルシウムを血中へ溶出します

こうして骨からリンが溶けだすと、骨が弱くなるだけでなく、血中のリンが過剰になります。つまり、食事でリンをとり過ぎた場合と同じような状態になってしまうのです。

すると、血液をろ過し、体のミネラルバランスをとっている腎臓に大きな負担がかかります。

ですから、腎臓を守り、全身の健康を保つには、食事の注意とともに、適度な運動を心がけることが大切です。

画像: 運動しないとリン過剰になる

では、どんな運動を、どのように行うとよいのでしょうか。

運動には、大きく分けて、ウォーキングなどの有酸素運動と、スクワットなどの筋力トレーニングの2種類があります。

私たちの研究では、体内のリンの多さを反映するFGF23というホルモンの濃度は、どちらの運動によっても下がることが確認されています。

ですから、ウォーキングやジョギングといった有酸素運動、また、スクワットや腹筋運動、かかとの上げ下げといった筋肉トレーニング運動のどちらでも、骨からのリンの溶出を防いで、血液中のリンを増やさないために役立ちます。

骨に比べるとわずかとはいえ、筋肉にもリンは含まれるので、筋トレは、筋肉からのリンの溶出を防ぐのにも有効と考えられます。

最近、「サルコペニア」と呼ばれる加齢による筋肉減少も、全身の健康状態を悪くして、老化を促進する要因として問題視されています。それを防ぐ意味でも、できる範囲で、筋トレを心がけることはお勧めです。

座りっ放しをやめるだけでもよい

とはいえ、これまで運動習慣がない人にとっては、有酸素運動も筋トレも、少しハードルが高いかもしれません。

そんな人でも、骨からのリンの溶出を防ぐために、簡単にできる対策があります。それは、「長時間、座りっ放しでいない」ということです。

近年、世界的に「座っている時間の長さ」と健康との関係が注目されています。

座りっ放しでいることを、医学的研究では「座位行動」と呼びますが、座位行動が長い人ほど、死亡率や心臓病になる率が高いことなどがわかっています。

座っている間は骨にも刺激が与えられないので、座位行動の長さは、骨のリンの溶出も促すと考えられます。

そこで、テレビを見たり、パソコンを使ったりして座りっ放しでいる時間を、意識して短くしてみましょう。

多くの研究を総合すると、30分に1回程度、2〜3分立って動くだけで効果があるようです。30分に1回は難しいという人は、1時間に1回、5分程度歩くのでもよいでしょう。

運動はおっくうという人でも、30分〜1時間に1回、立って数分間、歩いたり足踏みしたりするだけなら、ぐっとハードルが下がるでしょう。

最近は、座っている時間が計測され、一定時間たったらバイブレーションで知らせてくれる機器もあるようです。もちろん、ご自分で30分や1時間ごとにアラームを鳴らしたり、意識してこまめに立ち歩きしたりするだけでも構いません。

そんな小さなことでも、体内のリンを増やさずに、腎臓と健康を守るために役立つので、ぜひ心がけてみてください。

どんな運動がお勧め?

ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動

スクワットなどの筋トレ

「座りっ放し」をやめて、30分に1回は立って動く
座りっ放しは、リンの骨からの溶出を招くだけでなく、健康にもよくないことがわかっている。
30分に1回は立ち上がり、ちょっと歩いたり、足踏みをしたりするとよい。

画像: 【腎臓の機能低下】原因は塩分だけではない!摂り過ぎ要注意な「リン」とはどんな成分?過剰摂取を防ぐ方法は?
画像: この記事は『安心』2022年7月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2022年7月号に掲載されています。

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