解説者のプロフィール

加藤諦三(かとう・たいぞう)
作家、社会心理学者。東京大学教養学部教養学科卒業後、同大学院社会学研究科修士課程修了。東京都青少年問題協議会副会長を15年歴任。2009年東京都功労者表彰、2016年瑞宝中綬章を受章。現在は早稲田大学名誉教授の他、ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員、日本精神衛生学会顧問、早稲田大学エクステンションセンター講師などを務める。近著『不安をしずめる心理学』(PHP新書)が好評発売中。
幸せな健康長寿の秘訣
「病は気から」という言葉の通り、心の健康と体の健康は深く関わり合っています。中でも、心の健康に影響を与えるのが、家族や社会との関係です。ある長寿地域に関する研究をもとに、幸せな健康長寿について考えてみましょう。
健康とは?
健康法と聞くと、人々は痛みや生活習慣病などの肉体的な問題を解決する方法だと考える。
しかし健康とは、そんなに単純なことで手に入れられるものではない。肉体だけでなく心の状態も関係するし、服用している薬がよければ、心身ともに病気が治るというものでもない。
今でこそ多くの論文が心と体の関係を解き明かしているが、昔はこの考え方は、一般的ではなかった。
その転換点は、1991年の秋にあるという。医学的に権威のある『ニュー・イングランド・ジャーナル』という雑誌が、このことを取り上げたのだ。同誌は、1985年の時点ではこの考え方に否定的だった。
長寿は運動だけでは説明できない
実はそれよりも前に、このことを力説した人がいる。それは『100歳まで生きる方法』の著者、スーラ・ベネットだ。
ベネットは、世界でも長寿地域として知られるコーカサス地方(黒海とカスピ海の間に位置する山脈地帯)について、独自の説を述べた。
多くの学者が「コーカサス地方の人々が長寿である秘訣は運動である」というのに対し、「運動だけで長寿を説明できるものではない」と主張したのだ(※1)。
※1 スーラ・ベネット著『How to Live To Be 100(100歳まで生きる方法)』(Dial Press、1976年刊、P66)
その理由は、自身が行ったフツル族(ウクライナの山岳民族)とコーカサス地方の人々の比較結果にある。
フツル族はカルパチア山脈で暮らしているため、山を歩くのが習慣になっている。つまり、コーカサス地方の人々と同じように、山をよく歩くのだ。
しかし、フツル族は、コーカサス地方の人々のように長寿ではない。そこで、両者の違いを検証したところ、「高齢者を尊敬しているかどうか」という点が異なったのだという。
フツル族は、若者中心の社会であり、高齢者があまり尊敬されていない。一方、コーカサス地方の人々は、高齢者を尊敬する考え方が根付いている。
コーカサス地方では、高齢者になっても、家庭内や地域社会の活動に携わり続けている。さらに、この地方では、日本のビジネスマンの定年退職のように「人生のある時期に社会と関係が切れる」ということがない。
教養があってもなくても、家長は高齢者だ。コーカサス地方の人々は、死ぬまで自分ができる活動に参加する。
彼らの長寿の背景には、こうした家族生活や地域社会の活動に参加できる環境があるようだ。このことが、積極的な自己イメージの構築につながり、年齢からくる肉体的、精神的問題の解消に役立っていた。
また、調査に参加したある女性は、「最も呪わしいのは、家に高齢者がいないことである」と語ったという。
このことから、ベネットは「力のなくなった人間はいらない」という考え方の社会では、いくらよく歩いても、長寿にはならないと考えた。
さらに、コーカサス地方に住む1万5000人の高齢者を調査したところ、結婚している人だけが長寿であることがわかった。中でも、子どもがいる女性の方が長命だった。
「人と親しくすること」が重要
社会生活と健康が深く関係しているのは、コーカサス地方の話だけではない。このことは、最近の調査にも表れている。
いくつものグループによる研究調査の結果、心理的に孤独な人は免疫力(病気に対する抵抗力)が低いという強力な証拠が得られた。
また、仲間と一緒に楽しみながら、よくかんで食事をすることは、悩みの軽減や健康への好影響に役立つことも明らかになってきている。
実際に、アメリカの偉大な精神医学者であるシーベリーは「仲間とにぎやかに、ほがらかに食事をすると、だいたいの悩みは解決する」と言っている。
また、『燃え尽き症候群』(※2)の著者、フロイデン・バーガーは「燃え尽きることに対する防衛策は、人と親しくなることだ」と述べている。
※2 ハーバード・フロイデンバーガー著、川 勝久訳『燃え尽き症候群―スランプをつくらない生き方―』(三笠書房、1983年刊)
つまり、健康になりたければ人と親しくなることが重要なのである。
肉体の健康のみを考えるならば、ニンジンやニンニクを食べるのもいいし、ローヤルゼリーなどの健康食品を活用するのもいいだろう。
しかし、それらを食べたからといって、健康になれるわけではない。油ものを避けてコレステロール値を下げようとしても、人と親しくなることを避けていては、その効果は半減する。
結婚生活についても、同じことがいえる。先の話では、コーカサス地方の人々の長寿と結婚にも触れたが、それは結婚そのものが幸せだからである。
ただし、それは「幸せな結婚」をしているからだということで、結婚すれば必ず長寿になれるというものではない。(※3)。
※3 ※1と同上、P335
インディアナ大学の心理学者である、ロバート・レヴィンソンとジョン・ゴットマンの調査では、結婚生活の葛藤は健康に対して悪影響を与えるという結果が出ている。さらに、最も結婚生活に恵まれていないグループは、健康面でも最も恵まれていないことがわかったという。
誰が考えても、いがみ合って一つ屋根の下で生活しているくらいなら、一人暮らしをした方が健康にいいとわかるだろう。そうした意味でも、いい人間関係をつくることが、心身の健康維持に役立つといえよう。

イラスト:中島智子

この記事は『安心』2022年7月号に掲載されています。
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