解説者のプロフィール

写真:榊智朗
佐々木淳(ささき・じゅん)
医療法人社団悠翔会理事長・診療部長。1973年京都府生まれ。1998年、筑波大学医学専門学群を卒業後、三井記念病院に内科研修医として入職。2004年に東京大学大学院医学系研究科博士課程に進学し、在学中のアルバイトで在宅医療に出合う。2006年、大学院を退学し、在宅療養支援診療所を開設。2008年に法人化する。 現在は首都圏や沖縄県南風原町に全18クリニックを展開し、約6600名の在宅患者へ24時間対応の在宅総合診療を行っている。著書『年をとったら食べなさい』(飛鳥新社)が好評発売中。
ふくらはぎに出る「フレイル」の兆候
突然ですが皆さん、ふくらはぎに指を回して太さをチェックしてみてください。
これは、筋力低下の危険性がわかる、「指輪っかテスト」といいます。
指で作った輪っかよりふくらはぎのほうが細い場合、つまり輪っかに隙間ができたり、ふくらはぎに密着させると指が重なったりするのは、実は筋力低下が進んでいるサインなのです。
「ふくらはぎだけで全身の筋力がわかるの?」と思うかもしれませんね。しかし、全身の筋肉は、よほど特殊な筋トレをしない限り、だいたい均等に分布しています。ですから、これだけで全身の筋量を知る目安になるのです。
指輪っかテスト

①両手の親指と人さし指を当てて、「輪」をつくる。

②ふくらはぎの一番太い部分を①の輪で囲む。

指輪っかテストでふくらはぎが細いとわかった人は、自分ではまだ元気なつもりでいても、知らず知らずの間に筋力が弱くなっていて、転倒のリスクが高くなっています。
そのまま筋力低下が進むと、待っているのは「フレイル」です。
フレイルとは、加齢に伴う虚弱状態のこと。人は、運動や食事で対策をしなければ、普通は年齢を重ねるにつれて筋力が低下していきます。最悪の場合は、要介護になってしまいますが、フレイルは、健康と要介護の中間のような状態といえばわかりやすいでしょう。
要介護になってから健康に戻すことはかなり難しいのですが、フレイルであればまだ間に合います。フレイルを防ぐことができれば、8年後までに要介護になる率を3割、死亡率を4割減らせることがわかっています。
フレイルの兆候に早く気づいて対策をとれば、転倒のリスクも大幅に減らせます。そのために役立つのが、ふくらはぎの太さを調べる指輪っかテストというわけです。
ただし、例外があります。若い頃から体質的なやせ型で、やせていても活動的な人は、ふくらはぎが細くても問題ありません。そのようなケースかどうかを判断するには、次の項目をチェックしてみてください。
☑ペットボトルのフタを簡単に開けられるか
☑4車線道路の横断歩道を信号が変わるまでに渡り切れるか
ふくらはぎが細くても、これらができるならフレイルの心配はありません。逆に、加齢とともにふくらはぎが細くなった上に、これらのチェックにも引っかかるなら、さらに危険だと考えてください。
高齢になるほどたんぱく質をとるべき
では、フレイルの兆候があるとわかったらどうすればよいでしょうか。大切なのは、食事と運動の両方を組み合わせて対策することです。
食事では、意識的にたんぱく質をとることが大きなポイントになります。主要なたんぱく質源は、肉類、魚介類、卵、乳製品、大豆。脂肪やコレステロールを気にして、これらを控えている人も多いかもしれません。しかし、高齢になるほど、しっかりとたんぱく質を補給することが大切なのです。
フレイルの傾向が現れてきたら、脂肪やコレステロールによる生活習慣病の危険性より、たんぱく質不足によるフレイルの進行のほうが、はるかに問題だと考えましょう。
運動面では、体を動かす機会と運動量を、自分なりに増やしていくことが基本になります。
例えばウォーキングなら、「今日はいつもより少し多く歩いたな」と思える日を増やしましょう。その際、気の合う友達と一緒に歩いたり、ショッピングや散策を兼ねて楽しんで歩いたりするのがお勧めです。
実は、フレイルには3つの種類があります。
①筋肉が弱る「身体的フレイル」
②脳の働きや精神的活動が衰える「精神的フレイル」
③他者との交流や買い物などの社会活動が難しくなる「社会的フレイル」
3つは互いに深く関係しています。足の筋力が衰えると、出かけたり、人と会ったりするのがおっくうになり、脳への刺激が減ってうつや認知症のリスクも高まります。身体的フレイルは、精神的フレイル・社会的フレイルと密接に関わるのです。
それだけに、運動だけを行うより、精神的活動や社会的活動を兼ねて体を動かす方が、より効果的なフレイル対策になります。ですから、せっかく歩くなら、友人や仲間とともに、楽しみながら歩く方が効果的なのです。

友人と歩くことがフレイル対策になる
自宅で行う運動も、筋肉を維持・増強していくためには有効です。下項で紹介する体操を取り入れて、フレイル対策にお役立てください。
なお、すでに要介護になった人でも、たんぱく質をしっかりとることや、今回紹介する体操などで運動量を増やしていくことは、筋力低下を防ぐために重要です。そういった方も、ぜひご活用ください。
自宅でできるフレイル撃退体操
片足立ち
いすの背もたれの横に立つ。片方の足を床から10cmほど上げて、そのままキープ。1分間上げるのを目標にする。左右の足で毎日1回ずつ行う。

いす立ち上がり
足を肩幅に開いていすの前に立つ。両手を胸の前で交差させる。両手はそのままで、いすに座っては、立つことを1分間くり返す。いすに座るときは、ドスンと勢いよく腰を落とすのではなく、ゆっくりと腰かける。できるだけ早く行う。


この記事は『安心』2022年7月号に掲載されています。
www.makino-g.jp