「ポリファーマシー」は最近では、薬剤のあらゆる不適正問題を含む概念として考えられるようになりました。例えば、9剤の薬を処方された人でも、必要な薬で、副作用が現れておらず、きちんと服用できていれば、ポリファーマシーに当たりません。一方で、3剤の薬が処方された人で、別の疾患の薬が処方されていない、副作用が現れている、服用できていない、ということがあれば、こちらのほうが問題です。【解説】溝神文博(国立長寿医療研究センター薬剤部薬剤師)

解説者のプロフィール

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溝神文博(みぞかみ・ふみひろ)

2007年3月、名城大学薬学部医療薬学科卒業。同年4月より国立長寿医療研究センター薬剤部勤務。14年7月、慶應義塾大学大学院薬学研究科にて薬学博士取得。17年より厚生労働省の高齢者医薬品適正使用検討会構成員や高齢者医薬品適正使用検討会ガイドライン作成ワークキンググループ構成員を務める。日本医療薬学会Postdoctoral Awardなどの受賞歴がある。

問題は薬の数ではなく処方や服用が適切か否か

ポリファーマシーは「多剤併用で害をなすもの」を意味する言葉です。もともとは「poly」(多い)+「pharmacy」(薬)で、「薬が多い」ことを表す言葉として、1950年代ごろから使われていました。

ポリファーマシーが問題として扱われ始めたのは、1990年代に入ってからです。当初は「薬の数が多いことが問題」と見なされていました。

確かに高齢の人は、薬が多いと副作用(すべての薬にある、本来の目的以外の効果)が起こりやすくなります。加齢に伴い体の機能が低下していて、体内に薬を蓄積しやすいからです。欧米では5剤以上、日本では6剤以上の服薬をポリファーマシーと呼んでいました。

しかし近年では、単純に数の問題ではない、といわれるようになりました。

というのも、人類の寿命がしだいに延びている現在では、年を重ねるにつれて、患う疾患数が増えます。多くの疾患を抱える患者さんの治療に、どうしても必要な薬の数は増えるのです。

こうした場合、はたして「薬の数が多い」だけで片づけていいのか、といったことが、世界中で議論されています。

最近ではポリファーマシーは、
副作用が起こっている
複数の病院を渡り歩いた結果、誰が、いつ、どのような理由で処方したか、よくわからない薬がある

といった問題のほかにも、
薬を飲めていない
飲まなければいけない薬が処方されていない

といった、薬剤のあらゆる不適正問題を含む概念として考えられるようになりました。

例えば、9剤の薬を処方された人でも、それが必要な薬であり、副作用が現れておらず、きちんと服用できていれば、ポリファーマシーに当たりません。

一方で、3剤の薬が処方された人で、別の疾患が見逃されてその薬が処方されていない、副作用が現れている、服用できていない、ということがあれば、こちらのほうが問題です。

一概に「多剤=問題」というわけではないことが、ポリファーマシーの問題点だと私は考えています。本質的に、その中身が重要というわけです。

高齢だと気づきにくい副作用の症状に注意!

実は日本では、最近までポリファーマシーはあまり問題視されていませんでした。2015年に老年医学会が「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」を作ってからメディアで話題に上がるようになり、国内の研究も急激に発展し始めたのです。

いまや国や医師のポリファーマシー対策は進んでいます。ポリファーマシー対策を行うと、保険診療点数が加算されるので、医療機関が積極的になれる体制ができています。

当センターの薬剤師も、患者さんへの聞き取りを積極的に行っています。病状や認知機能、生活環境などを把握して、処方の見直しを総合的に評価するためです。同時に、齟齬が生じないように、患者さんやご家族との価値観や薬物療法の必要性、治療の方向性の共有をたいせつにしています。

また、医師にポリファーマシーに対する提案を行うための連携やツールの見直しも、試行錯誤しつつ取り組んでいます。

さて、国や医療機関がポリファーマシー対策に取り組んでいるとはいえ、何か自分でできることはないか、と気になっている人も多いことでしょう。そこで、ポリファーマシーを避け、適切に薬とつきあうためのポイントをご紹介します。

むやみに薬をほしがらない

眠れない、痛みがある、便が出ないなどの症状に対して、適切な診断の下で処方されるのはかまいません。問題は、処方されなかったので、別の病院で処方してもらう、薬局で買って服用する、といったケースです。

そうすると、副作用が起こりやすい状態になります。そのなかでも、特に高齢の人に気をつけてほしいのが、下掲の一覧にある症状です。これらは、副作用が原因であることがしばしば見受けられる一方、加齢によるものだと思う人が多くいます。

薬が原因だとわからなければ、新たな症状を治めるため別の病院や診療科を受診して、事情の全貌がわからない医師に、さらに別の薬を処方される「処方カスケード(原義は何段も連なった小さな滝。転じて、連続した物や数珠つなぎになった物を指す)」になるおそれがあります。

一覧の症状がある人は、ぜひ医師や薬剤師に飲んでいる薬をすべてお伝えのうえ、薬の副作用が原因か確認してください

画像: 【ポリファーマシーとは】薬が多ければ問題なのではない!自分にとっての適薬を見つける4つのポイント

薬が原因の可能性がある高齢者に多い症状
ふらつき、転倒
記憶障害
せん妄(時間や場所をうまく認識できない、注意力や思考力の低下など。発症期間は一時的)
排尿障害、尿失禁
食欲低下
抑うつ
便秘

思い当たる症状があるときは、医師や薬剤師に利用している薬をすべて伝えて相談しましょう

市販薬を使うときも相談する

薬剤師は病院から処方される薬(医療用医薬品)の経歴は確認できます。しかし市販薬については患者さんの申告がない限りわかりません。また、古くから市販されている薬は、副作用が強く出ることがあります。

①にも関連することなので、医療用医薬品の併用のいかんにかかわらず、市販品を使う際は、薬剤師にご相談ください

お薬手帳を使う

複数の病院や薬局にかかると、すべての医療機関が、その患者さんの処方の全容を把握することが難しくなります。このときに役立つのが、お薬手帳です。ぜひご利用ください。処方してもらう薬局を1つにすることも、情報が集約されてポリファーマシー対策になります。

症状が改善しても服用をやめるのは医師と相談してから

疾患に付随する症状は、それ相応の治療薬が必要になりますが、生活習慣が原因ならそれを正すことが重要です。生活習慣の変化や見直しにより、高血圧や糖尿病の薬を中止することはありますが、自己判断で服用をやめないでください。必ず医師に相談しましょう。

サプリや健康食品が引き金になることも!

ここで、ポリファーマシー問題と対策により改善した症例をご紹介しましょう。

Aさん(90代・女性)は、種々の症状を抱えていました。降圧剤や高尿酸血症の薬、抗うつ剤などのほか、昼夜逆転が起こっていたので睡眠薬も処方され、11種類の薬を服用していました。

すると、睡眠薬を処方されたころから、Aさんの食事量は減少。そしてある日、トイレに行こうとしてふらつき、転倒して骨折してしまいました。

Aさんの食欲の低下やふらつきは、薬の効き過ぎや副作用が原因ではないかと考えられました。次いで、薬をいったん全部中止することになったのです。

その結果、Aさんの食事量は増え、よくしゃべるようになりました。退院後には、施設のかたから「よくしゃべり笑顔が増えてびっくりした」という報告がありました。

こうした症例から、薬を飲むことがすべてではなく、年齢や状態に応じて、適宜、薬物療法の適正化や見直しを行うことがたいせつだといえます。

また、ポリファーマシーはサプリメントや健康食品でも起こります

Bさん(70代・女性)は口の喝きや吐き気があり、頭がぼんやりすることから当センターを受診。骨粗鬆症を患っていて、複数の薬を使用しましたが、効果は乏しいものでした。そこで、さらにもう1つ薬が処方され、計3種の薬を服用するようになりました。

その2週間後、Bさんは高カルシウム血症で入院となりました。このとき、Bさんは医師や薬剤師に知らせずに、カルシウム含有のサプリメント5種類を1日6000mg、ほかに総合ビタミン剤など、大量のサプリメントを服用していました。

そうしたなか、新たに追加された薬が反応し、カルシウムの吸収率がよくなって、想定していた効果よりも過剰に作用したのです。

その後、サプリメントはやめていただき、治療薬に専念したことで、Bさんは無事、退院できました。医療従事者と患者さんの情報共有が、いかにたいせつかを象徴するような症例だといえるでしょう。こうした事例は、実はよくあります。

自分が使っている薬などが適切かどうかを、患者さん自身が判断することはできません。少しでも疑問や不安に思うことがあれば、ぜひ医師や私たち薬剤師にご相談ください。

画像: この記事は『壮快』2022年7月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『壮快』2022年7月号に掲載されています。

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