解説者のプロフィール

髙倉伸幸(たかくら・のぶゆき)
大阪大学微生物病研究所情報伝達分野教授、医学博士。1988年、三重大学医学部卒業後、京都大学大学院医学研究科博士課程修了。06年より現職。専門は血管形成、幹細胞など。毛細血管と組織形成の関係について着目し、研究に従事。日本の血管研究をリードし続けている。著書に『ゴースト血管をつくらない33のメソッド』(毎日新聞出版)がある。
毛細血管に血液を大量に送ることが最も重要!
私は長年にわたって、組織再生やがん組織における血管の研究を続けてきました。人の体には、大動脈や大静脈といった太い血管のほか、その末端で体の隅々まで血液を運ぶための極細の血管「毛細血管」が張り巡らされています。
全身の血管をすべて合わせると、その長さは10万km(地球2周半分)。このうち、毛細血管が占める割合は、95%にものぼります。この毛細血管は、私たちの加齢現象や健康維持と密接なかかわりを持っていることがわかってきています。
心臓から送り出された血液は、動脈→毛細血管→静脈というルートで循環しています。動脈から分岐した血液は、毛細血管に入り、各細胞に酸素や栄養素を供給したうえで、静脈を通って心臓へ戻ります。
毛細血管は、内皮細胞とその周囲を覆う壁細胞から成り立ちます。加齢や生活習慣の乱れによって、内皮細胞と壁細胞のつながりが弱まると、血液はきちんと運ばれず、酸素や栄養素が血管から漏れやすくなります。
このような、血液がしっかり運ばれていない毛細血管のことを、私は「ゴースト血管」と呼んでいます。
ゴースト血管の先には、酸素や栄養素が運ばれなくなるので、当然その先の細胞には不具合が生じます。このことが、肌の老化のみならず、認知症や骨粗鬆症などさまざまな加齢疾患に関連することが、近年明らかになってきました。
糖尿病や高血圧といった生活習慣病も、毛細血管の状態と関連しあっています。
特に糖尿病になると、毛細血管の壁細胞がダメージを受けやすくなります。そして毛細血管がダメージを受け、血流が悪くなると、糖尿病も悪化するという悪循環が起こります。
ですから、糖尿病の予防、改善のためにも、毛細血管の血流をよくしておくことが重要です。すい臓の毛細血管の流れがよくなると、インスリンの活性が高まり、糖尿病患者の予後がよくなるというデータも出されています。
高血圧についても、糖尿病と毛細血管の関係と同様に考えることができます。動脈硬化が進行し血圧が上がると、それが末梢の毛細血管に対するダメージになります。
一方、末梢の血液循環が悪くなれば、それが血圧を引き上げることにもつながります。マウスの実験では、毛細血管の血流がよくなると、血圧が下がるというデータが報告されています。
老化予防のため、かつ生活習慣病の予防や改善のためにも、毛細血管のゴースト化を防ぎ、できるだけ健康な状態に保つ必要があります。
最も重要なのは、毛細血管に血液を大量に送ることです。毛細血管中の血液の流れがよくなれば、内皮細胞と壁細胞の接着が促され、血管が強くなります。
また、全身に酸素や栄養が届き、途中で途絶えていた血管がよみがえります。しっかりとした毛細血管が再生できるのです。
ふくらはぎを収縮させるいわば血管のマッサージ

つま先歩きで毛細血管を修復!
そこで、私がお勧めしたいのは、運動によってふくらはぎの筋肉を刺激することです。「つま先歩き」は、このふくらはぎの刺激にたいへん役立つ運動といえるでしょう。
毛細血管の流れを改善するために、私はこれまで、その場足踏みや、かかと上げといった運動を勧めてきました。それらとつま先歩きは、いずれもふくらはぎの筋肉を収縮させる、という点で共通しています。
人間の体の中で、毛細血管が発達しているのは、脳・肺・肝臓と、筋肉です。脳や肺、肝臓は自分の力ではどうにもなりませんが、筋肉なら、自分の意志で動かすことができます。体の筋肉のうちで、最も毛細血管が密集しているのが、ふくらはぎです。
ふくらはぎは、よく「第2の心臓」といわれます。ふくらはぎを刺激し、筋肉の収縮・弛緩をくり返すことで、筋肉のポンプ機能が働き、毛細血管の血流が促されます。
下半身の末梢循環はどうしても悪くなりがちですが、このポンプ機能の働きで、下半身で滞っていた血液がスムーズに心臓へと戻されます。すると、それが全身の血液循環の改善にもつながるのです。
ふくらはぎを動かすことは、いわば、血管をマッサージしているようなものです。私たちの研究では、こうした血管マッサージが全身の筋肉その物を健康に若々しく保ってくれることもわかってきています。
重要なのは、こうした運動を毎日続けることです。無理のない範囲でつま先歩きを続けて、ぜひ毛細血管の強化に役立ててください。

この記事は『壮快』2022年7月号に掲載されています。
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