解説者のプロフィール

中尾正一郎(なかお・しょういちろう)
1973年、鹿児島大学医学部卒業。熊本県球磨郡公立多良木病院内科、出水市病院内科などを経て、1958年にハーバード大学医学部ベス・イスラエル病院に留学。肥大型心筋症の一例で心肥大のみのファブリー病を発見し、スクリーニング研究を開始。国内外に向けて、ファブリー病の研究報告などを精力的に行う。2011年より現職。51歳からは妻・中尾純子(なかお・じゅんこ)とともに、食塩や砂糖を一切使わない「無塩無糖」を実践。自身の患者にもその経験やコツを伝えている。
食材本来のうま味を知り自然と塩いらずに
私は妻とともに、塩も砂糖も一切使わない「無塩無糖生活」を始めて、今年で22年になります。この生活を始めたのは、私が51歳、妻が46歳のときでした。
と言っても、私たちは、いきなり無塩無糖の生活に切り替えたわけではありません。減塩を意識しているうちに、徐々に使う塩や砂糖の量が減っていき、いつの間にか自然に無塩無糖になったのです。
そのきっかけは、ほんの些細なことでした。当時の私は単身赴任中で、食事は外食や弁当で済ませていました、しかし、あるとき無性に野菜炒めが食べたくなったので、自分で作ることにしました。
私は普段料理をしないので、自宅にあるのはフライパンと油程度。当然、調味料は何もありません。そこで、キャベツとモヤシを油だけで炒め、味付けなしで食べてみたのです。
このときの私は、「調味料を入れていないから、味気ないだろう」と思っていました。しかし、これが意外にもおいしくて食べると体がスーッと落ち着いたような感じがしました。この体験がきっかけとなり、塩をはじめとする調味料を減らしてみようと思い始めたのです。
単身赴任は1年ほどで終わったので、間もなく家に戻り、妻にこのことを話しました。妻は元々私が塩分の濃いものが好きなことを心配していた事情もあり、すぐに調味料を減らす生活に賛成してくれました。
私たちは、調味料を減らすにはどんな料理がいいか考えました。そこで思いついたのが、蒸し料理です。蒸し料理なら素材のうま味を逃さないので、調味料がなくてもおいしく食べられるだろうと考えました。
最初は、いろいろな野菜や肉、魚介類などを大きな蒸し器で蒸し、それにポン酢をかけて食べていました。すると、蒸すことで全ての材料が甘くなり、とてもおいしいことに気づきました。砂糖の甘さではなく、食材自体が持つ自然の甘さを味わえるのです。
素材本来の味を楽しむことに目覚めると、ポン酢はむしろじゃまに感じてきます。そのため自然に使う量が減り、ポン酢なしでもおいしくご飯を味わえるようになりました。
そんな生活を続けているうちに、焼き魚の塩も、刺し身のしょうゆも、肉料理に使う調味料も、次第に減っていきました。
極めつけだったのが、すき焼きです。すき焼きといえば、しょうゆと砂糖を使うのが一般的でしょう。しかし、食材自体のおいしさを味わっているうちにわが家ではしょうゆも砂糖も次第に使わなくなり、気づいた頃には、肉や具材を焼くだけのすき焼きを食べるようになっていました。
胃がもたれなくなり血糖値も維持できる
無塩無糖生活になってよかったこととしては、次のようなことが挙げられます。
①素材がおいしく味わえる
以前は、「元気でいるために無理やりでも食事をしなくては」という気持ちでいましたが、無塩無糖になってから、食事が楽しくなりました。
②血圧が下がった
無塩無糖生活を始める前の私の血圧は上が130mmHg、下が85mmHgでした(高血圧の基準値は上が140mmHg以上、下が90mmHg以上)。しかし現在では、上が96〜106mmHg、下が56〜64mmHgで安定しています。
③糖尿病を予防できている
私の血糖値はずっと正常で、ヘモグロビンA1c(過去1~2ヵ月の血糖状態がわかる数値で、基準値は4.6~6.2%)は5.3%です。この年でこれを維持できているのは、無塩無糖が関係しているのでしょう。
④胃がもたれない
食塩は、胃もたれを起こす主要な原因といわれていますが、私自身も、無塩にすることで胃がもたれなくなりました。
⑤夜間頻尿がない
塩分をとり過ぎると、体は尿を増やして排泄するため、夜間頻尿を起こしやすくなります。私の場合は無塩で生活をしているからか、夜間頻尿に悩まされたことがありません。
無塩無糖生活を始めたことで、このようなメリットが多くありました。しかしその反面、外食や旅行ができない、友だちと食の趣味が合わずに疎遠になるなどの困ったこともたくさんあります。
特に困ったのは、加工食品が食べられなくなったことです。加工食品の多くには、おおむね1%かそれ以上の塩分が入っています。そのため、練りものなどはもちろん、パンも食べられなくなってしまったのです。
そこで私は、無塩無糖でおいしくできるパンを考案しました。これは「中尾パン」と名づけて、高血圧の患者さんなどにも紹介しています(詳細は下項参照)。
私たちは、極端な考えや厳格な気持ちからではなく、自然な流れで無塩無糖になりました。つまり、誰にでもその扉は開かれています。まずは無理なく楽しめる範囲での減塩をお伝えできれば、うれしく思います。
パンがしょっぱくない人は塩分とり過ぎの可能性
「食パンを一口食べて、塩味がわかりますか」。健康に関する講演会や高血圧の患者さんの診察時に、よく私はこう尋ねます。
これは私が、自分の体験や患者さんの状態をもとに考案した塩分摂取量のチェック法です。その人の舌が塩分に対して敏感か鈍感かで、普段どのくらい塩分をとっているか、おおよその見当がつくのです。
パンの多くには、1%程度の塩分が含まれています。この塩味がわからない場合、その人の1日の食塩摂取量は、およそ10~15g以上です。パンを一口食べて塩味がわかるなら、1日の食塩摂取量はだいたい6g以下だと考えられます。
高血圧や慢性腎臓病の重症化を防ぐ塩分摂取量の基準は、男女ともに6g未満とされています。そのため、この塩味がわかるかどうかは重要な違いです。
私の経験では、高血圧の患者さんでパンの塩分がハッキリとわかる人は、まずいません。
つまり、皆さん塩分のとり過ぎなのです。実は私自身も、無塩無糖になる前はパンの塩味がわかりませんでした。減塩が進むにつれてわかるようになったのです。
現在の日本では、成人は1日に平均10g程度の塩分をとっているといわれています。全体的に、明らかに塩分のとり過ぎです。
その弊害はいろいろなところに現れますが、最たるものが高血圧です。
高血圧には種類があり、特定の病気から起こるものを「二次性高血圧」、明らかな原因が見当たらないものを「本態性高血圧」と呼びます。日本人の高血圧の大部分は、本態性です。
「本態性」とは「原因不明の」という意味です。
しかし、私はこの本当の原因を「塩」だと考えています。
塩分をとらないアマゾン奥地のヤノマミ族には、高血圧がありません。世界的な疫学研究(集団を対象に病気の原因や発生状態を調べる統計的研究)により食塩摂取量が1日3g以下の民族には、高血圧がないこともわかっています。
高血圧の究極の原因療法は無塩
病気の治療法には、原因に働きかける原因療法と、症状を抑える対症療法があります。高血圧の場合、原因療法は減塩もしくは無塩、対症療法は薬です。
私は、自分では22年におよぶ無塩無糖生活を続けながらも、高血圧の患者さんにはごく一般的な治療を行ってきました。すなわち、通り一遍の減塩指導をし、血圧が下がらなければ降圧薬(血圧を下げる薬)を使うという治療法です。
この方法では多くの場合、思うように血圧が下がりません。また、長く続けて患者さんが高齢になると、薬が肝臓や腎臓に負担をかける点も心配です。
数年前から高血圧について勉強し直し、本態性高血圧の原因は塩の過剰摂取だと確信が持てた私は、約2年前に高血圧専門外来をつくりました。そして、本態性高血圧を「食塩高血圧」(食塩のとり過ぎが原因の高血圧)と呼び、その観点から患者さんの指導や治療を行うようになりました。
私は指導を行う前に「食塩高血圧の原因療法は、減塩か無塩です。対処療法は薬ですが、私は前者をお勧めします」と話します。そうして徹底した減塩指導をすると、多くの患者さんは前向きに減塩に取り組んでくださいます。中には、無塩無糖に挑戦する人も出てきました。
減塩を指導する場合、まずは塩分摂取量を6gに抑えるよう勧めます。それで血圧が下がらなければ5gに、それでもダメなら4gにと、患者さんの様子を見ながら行っていきます。
究極の原因療法は、食塩を一切とらず無塩にすることです。そうすれば、対症療法である薬は不要になります。実際に塩分摂取量を減らし、減薬や断薬に成功した例を紹介しましょう。
●80歳男性
この方は2種類の降圧薬を内服しており、2021年11月から無塩無糖生活を目指しました。1日にとる塩分を5.2g→2.0g→1.1gと減らしたところ、降圧薬を1種類にすることができました。
●75歳男性
2種類の降圧薬を内服していましたが、無塩無糖生活を始めたところ、血圧が120/70mmHg台に下がり正常化しました(高血圧の基準値は上が140mmHg以上、下が90mmHg以上)。薬の数は1種類に減り、量も半減できました。
●73歳女性
降圧薬を内服していましたが、無塩無糖生活を始めて血圧が110/70mmHg台となり、薬が不要になりました。
無塩無糖の医師が勧めるお勧め食材
●香味野菜、ハーブ
野菜炒めや肉のソテーにニンニクやショウガをすりおろしたり、刻んだりして使う。シソや三つ葉などの香味野菜、ミントやバジルなどのハーブを使うのもよい。
●トマト、牛乳
ざく切りのトマトをフライパンで軽く煮詰めてソースにしたものを、目玉焼きにかけたりパスタソースに使ったりするのがお勧め。少量のトマトやトマト缶をみそ汁に入れれば、少量のみそでもコク深く仕上がる。少量の牛乳を入れるのも◎。
●だし
カツオ節、干しシイタケ、だしコンブと水を小さな瓶に入れて冷蔵庫に保管しておくと、いつでもだしが使えて便利。低塩分でもおいしい煮物や汁物などができる(だしの素材を使った無塩無糖ふりかけの作り方は下項)。
私と妻も、減塩を経て無塩無糖になりました。その間には減塩してもおいしく食事ができるよう、妻がさまざまな工夫をしてくれました。そのとき活用した食材を上にまとめたので、ぜひ参考にしてください。
ここまで減塩や無塩無糖についてお話ししましたが、全ての人が厳格な減塩や無塩を行う必要はありません。
しかし、高血圧で「降圧薬を使いたくない・減らしたい・やめたい」という希望があるならば、減塩・無塩という原因療法を、必要に応じたレベルで行えばよいことを知っていただければと思います。
自宅で作れる無塩無糖レシピ
❶無塩無糖パン(中尾パン)

▲豆腐パン

▲ニンジンパン

▲レーズンナッツパン

材料(2斤分)
・強力粉……500g
・ドライイースト……6g
・卵……1個(60g)
・プレーンヨーグルト……100g
・牛乳……300ml
・レーズン、ナッツ、ニンジン(すりおろし)、豆腐など……好みで適量
◎ホームベーカリーの投入口に上の材料を入れて、スイッチをオンにする。

中尾先生愛用のホームベーカリー Panasonic「SD-BMT2000」
材料を入れるだけで、自動でパンを作ってくれる。
❷無塩無糖ふりかけ

材料(作りやすい分量)
・カツオ節……20g
・煮干し……20g
・白炒りゴマ……20g
・コンブ……20g

❶全ての材料をミルサーやミキサーで細かく砕く。

❷①を保存瓶に入れ、全体を混ぜ合わせる。冷蔵庫で保存し、1ヵ月程度を目安に使い切る。

◎応用編 ホットクックで作るポタージュ

ヘルシオ ホットクック「KN-HW24G」
ホットクックとは?
シャープが販売している無水調理鍋。必要な食材を入れてスイッチを押すだけで自動調理をしてくれるため、手間がかかりがちなポタージュなども簡単に作れる。

▲カボチャのポタージュ

▲コーンポタージュ

▲サツマイモのポタージュ

この記事は『安心』2022年6月号に掲載されています。
www.makino-g.jp