解説者のプロフィール

渡辺尚彦(わたなべ・よしひこ)
医学博士。高血圧専門医。聖光ヶ丘病院顧問、前東京女子医科大学東医療センター内科教授、前愛知医科大学客員教授、前早稲田大学教授、日本歯科大学病院内科臨床教授。専門は高血圧を中心とした循環器病。1987年8月から、連続携帯型血圧計を装着し、以来、365日24時間血圧を測定。現在も引き続き連続装着記録更新中。高血圧改善の研究をライフワークとする「ミスター血圧」。近著『“ミスター血圧”高血圧専門医が教える高血圧を下げる! 1回5分「頭皮の血管ほぐし」』(PHP研究所)が好評発売中。
胃がんのリスク低下や骨密度の維持にも効果的
コロナ禍で健康意識が高まった今、世間では「減塩」が注目されているといいます。
厚生労働省が提唱する1日の塩分摂取量は、男性で7.5g未満、女性で6.5g未満。高血圧学会の推奨値は、1日6g未満とされています。しかし実は、私たち日本人はこれらの基準以上に塩分をとっています。
ある病院では、降圧薬(血圧を下げる薬)を服用中で「塩分を控えている」と申告した患者さんたちの蓄尿検査を実施しました。蓄尿検査とは、1日の尿を全て集めて、尿中のナトリウムの量から塩分摂取量を推定する検査です。
その結果、多くの患者さんが1日10g以上の塩分をとっていたことがわかりました。塩分を控えていたつもりなのに、実際にはとり過ぎていたのです。減塩はそれだけ難しいということなのでしょう。
しかし、少しの工夫で無理なく減塩を成功させることができます。これについてお話しする前に、まずは減塩がもたらす健康効果を説明しましょう。
①血圧の安定
ある研究の中で、血圧が高めの人は、塩分の摂取量を1日6g未満にすることで血圧が下がるという報告がありました。実際、私の患者さんの中にも、塩分の摂取量を減らしたことで血圧が降下した人がたくさんいらっしゃいます。
②胃がんのリスクが低下
胃がんは、大腸がんに次いで日本人が多くかかるがんだといわれています。これも、塩分のとり過ぎが関係していると考えられています。
国立がん研究センターの調査によると、食塩摂取量が多い男性グループは、そうでないグループと比べて約2倍の胃がんリスクがあったそうです。因果関係はまだ解明されていませんが、何かしらの関連性があるといえるでしょう。
③骨密度の維持
食塩に含まれるナトリウムは、尿と一緒に排泄されます。このとき、塩分摂取量が多い人は、カルシウムの排泄量も多いことが確認されています。
塩分の摂取量を減らせば、カルシウムを体内で効率よく吸収できるようになるため、骨密度の維持に役立ちます。
④糖尿病の進行を遅らせる
糖尿病の患者さんは、食塩感受性が高い、つまり、少量の塩分でも体に影響を受けやすい人が多い傾向があります。そのため、塩分をとり過ぎると血圧が上がりやすくなり、さらに血管を傷めたり、糖尿病腎症などの合併症の進行を早めたりすることにつながります。
1週間だけ、朝食だけと期間を決めて減塩しよう
では、減塩を成功させるにはどのようにすればよいのでしょうか。無理なく続く方法として私が患者さんにお勧めしているのが、「1週間減塩」です。
これは、1ヵ月に1週間だけ徹底した減塩生活を送るというもの。テスト直前に猛勉強をする学生のように、定期健診の1週間前に、徹底的に塩を減らした生活を送るのです。
減塩生活中は、塩分摂取量を1日5gに減らします。調味料をほぼ使わないので厳しく思われるかもしれませんが、1週間だけという期間なら、案外らくに耐えられます。
減塩期間が終わったら、元の食習慣に戻して構いません。しかし面白いことに、1週間減塩を行うと、自然と味覚がリセットされます。以前と同じ味付けの料理でも塩からく感じるため、結果として普段の塩分摂取量も減っていくのです。
外食が多いなどの理由で、3食全ての減塩が難しい人もいるでしょう。そんな人には「朝だけ減塩」がお勧めです。
起床の前後には、レニンやアルドステロンといった、血圧を上げるホルモンの分泌が増えます。特にアルドステロンは、体内にナトリウムをため込む働きがあるため、この時間帯に塩分をとり過ぎると血圧が上がりやすくなります。
だからといって朝食を抜くと、今度は空腹によるストレスが交感神経(心拍数や血圧を上げるなど全身の活動力を高める神経)を刺激して、血圧の上昇を招きます。そのため、朝は塩分の少ないご飯をしっかり食べるのが効果的なのです。
また、3食全てで工夫できる方法としては、「ご飯を残す勇気」を持つのもお勧めです。特に、ラーメンのスープやみそ汁などの塩分が多い汁物は、いつでも「半分は残す」と決めてしまいましょう。
その他の方法は、次の項にまとめました。どれも心身ともに負担が少ない減塩法なので、ぜひ試してみてください。
「そもそも自分が塩分をとり過ぎているのかわからない」という人は、下のチェックリストを活用するといいでしょう。自分の舌で食材の塩味がわかるようになれば、減塩に近づいている証拠です。
続けるのが苦行に思える減塩も、工夫一つで無理なく行えます。まずは気らくに、できることから始めてみましょう。
当てはまる人は要注意!塩好き味覚チェックリスト | |
□ | 外食の味付けを「しょっぱい」と思ったことはなく、むしろ「おいしい」「ちょうどよい」と感じる。 |
□ | 食パンを一口かじっても、塩味を感じない。※食パンの塩分量は、1枚(6枚切り)当たり約0.7g。 |
□ | いつもはちょうどいいサイズの指輪が、きついと感じる日がある。 |
どれか1つに当てはまる場合、「塩好き味覚」の可能性が高い! |
合言葉は「無理なく、楽しく」!
「減塩の10ヵ条」を公開
① 調味料は「かけず」に「つける」
しょうゆやソースを料理に直接かけると、ついかけ過ぎてしまったり、調味料が食材に染み込んでしょっぱくなったりしてしまいがち。こうした調味料は小皿に入れて、食べる前にちょこっと付けることを心がけましょう。減塩のルールにおいても、「かけごと禁止」は基本です。

② 朝食には「キャベツ+レモン汁」がお勧め
朝食での減塩が重要な理由は前項で説明した通りです。私のお勧めは、酢かレモン汁をかけた千切りキャベツを食べること。食塩は一切使っていませんし、酸味が効いておいしく食べられます。私は、これに加えて豆乳、肉まん1個を朝食にしています。なお、フルーツグラノーラと牛乳も減塩にはお勧めですが、食べ過ぎると糖質過剰になるので要注意。

③ 食卓の調味料は減塩モードに一新すべし
近頃は、「塩分50%カット」などの減塩調味料が市場にも多く出回るようになりました。無理なく減塩を行うには、これらを使うのも効果的です。もったいないという気持ちを鬼にして、思い切って「調味料のドラフト会議」を行いましょう。その他にも、しょうゆさしをスプレー式にしてかけ過ぎを防ぐ、そもそも卓上に調味料を置かないなどの工夫をするのも◎。

④ 薬味と酸味は減塩の強い味方
トウガラシやワサビなどの薬味や、酢やレモン汁などの酸味が効いた調味料は、おいしく減塩するための強い味方。卓上調味料として活用するのはもちろん、自分で調理をする際にも活用するとよいでしょう。私の場合は、刺し身を食べるときもしょうゆは使わず、ワサビだけにしています。食材そのもののうま味も味わえるので、「わびさびの文化」を楽しめます。

⑤ スープや汁物は半分残す
一般的な食事のマナーは「お残し厳禁」ですが、減塩では「半分残し」が正しいマナーです。特に、塩分が多いうどんのつゆやみそ汁などの汁物は、残す習慣をつけましょう。その他に、「漬け物は一口残す」「焼き魚の皮は食べない」などの工夫も効果的。外食の際は、注文するときに量を減らせないか聞いてみるとよいでしょう。

⑥ 具材は大きく食器は小さく
食べる量が増えれば、当然塩分の摂取量も増えます。そこでお勧めなのが、具材を大きく切ることと、食器のサイズを小さくすること。具材を大きくすればかむ回数が増えて満腹中枢が刺激され、食器のサイズを小さくすれば見た目で満腹感を得られるようになります。具材を1個ずつ取って食べるなどして、口に運ぶ回数を増やせば、ドカ食いや早食いの防止にもつながります。

⑦ 油を断てば塩分も「ヘル(減る)シー」
ダイエットの極意は「油断」、つまり、油を断つことです。実はこれは、減塩にも当てはまります。天ぷらやトンカツ、スナック菓子などの油っこい食品の多くは、必ずと言っていいほど、塩分も多く含まれています。こうしたものを食べる回数を減らしたり、衣をはがして食べるなどの工夫をしたりすれば、塩もカロリーも減って「ヘルシー」になりますよ!

⑧ 外食のメニュー選びも一工夫
塩分コントロールが難しいと思われがちな外食でも、工夫次第でらくに減塩できます。立ち食いそば屋の例を挙げてみましょう。まず、うどんかそばかで悩んでいるなら、製麺で塩を使わないそばを選ぶべし。可能であれば、つなぎに小麦粉と塩を使わない「十割そば」がお勧めです。その他にも、キュウリを頼むなら浅漬けではなくスティックタイプにする、スピードメニューは豆腐を選ぶなど、メニューの選択肢に「減塩」を取り入れるのも効果的です。

⑨ カリウム豊富な食材は積極的に
カリウムには、塩分を体外に排出してくれる効果があります。これを豊富に含む、アボカドやバナナ、メロン、リンゴなどを積極的に食べるとよいでしょう。なお、1日のカリウム摂取量の理想は、一般の人で3500mg。ただし、腎臓病などでカリウムの摂取制限がある人は、必ず医師に相談してください。

⑩ 栄養成分表示を見る習慣をつける
減塩を成功させるコツは、日々使っている食品や調味料の塩分量を正しく把握すること。そのためには、栄養成分表示を見る習慣をつけるのが重要です。減塩を意識するならば、「食塩相当量」、もしくは「ナトリウム」の欄を必ず確認しましょう。ナトリウムで表示されている場合は、ナトリウム(mg)×2.54÷1000=食塩相当量(g)となります。

■イラスト/いぢちひろゆき

この記事は『安心』2022年6月号に掲載されています。
www.makino-g.jp