解説者のプロフィール

横井賀津志(よこい・かつし)
大阪公立大学大学院リハビリテーション学研究科教授。博士(医学)。1989年に四天王寺悲田院、91年に姫路聖マリア病院、2000年に地域住民の介護予防に従事の傍ら、医療法人嘉誠会に勤務。その後、12年に関西福祉科学大学准教授、18年に森ノ宮医療大学教授を経て、20年より現職。専門は地域リハビリテーション、老年期障害作業療法。主な研究テーマは、健康寿命延伸に貢献する「高齢者の転倒予防」と「高齢者の認知機能低下抑制」。
転倒しづらくなることを統計学的に立証!
内閣府の「平成22年度 高齢者の住宅と生活環境に関する意識調査結果」によると、60歳以上の人の約1割が、この1年間に自宅内で転んだことがあると答えています。その割合は年齢を重ねるごとに増加し、85歳以上では19.4%と、実に5人に1人が、自宅内で転倒・転落を経験しています。
高齢者にとって転倒・転落はけがや骨折の大きな原因となります。転んだことがきっかけで寝たきりの状態となり、その間に体が衰えたり、認知症が進んだりして、介護が必要な状態になるケースが非常に多いのです。そのため、転倒予防は高齢者の重要な健康課題です。
私は、介護老人保健施設でリハビリを担当していた15年ほど前、転倒予防に役立つエクササイズの方法を模索していました。そんなある日、大きなヒントをつかんだのです。
施設の入居者の1人が、手遊びのように座ったまま自分の杖を投げて取ることをくり返していました。ときどき杖をつかみ損ねて、落とした杖を拾っています。そのとき横を通った別の入居者が偶然つまずきました。
2人の様子をなにげなく見ていた私は、つまずくときの姿勢と、投げ上げた杖をつかむときの姿勢が似ていることに気づきました。そして棒を自分で投げる、受け取るといった動作を行うことで、高齢者が日常生活では経験できない、バランスをくずした状況をくり返し体験できるのではないかと考えました。
つまり、転びそうになったときのとっさの対応を、安全に練習できるとひらめいたのです。
そのアイデアをもとに考案したのが「棒体操」です。現在では、地域の公民館や高齢者施設など、さまざまな場で転倒予防体操として行われています。私も、2020年8月より月1回、オンラインによる教室を開催しています。
棒体操は棒を投げる、受け取る、回転させるといった運動により、体の柔軟性やバランス感覚、反射神経、集中力などを養い、身体機能の維持や向上、転倒予防につながる体操です。
座ったまま安全に行えますが、体を大きくひねる動作が含まれており、体幹の筋肉や骨盤もよく動くので、毎日続けるうちに体の柔軟性やバランス感覚も向上していきます。
実際に、棒体操を行ったグループと行っていないグループの1年間の転倒状況を比べたところ、前者のほうが転倒しづらいことが統計学的に示せました。
棒体操の12ヵ月間の転倒関数
横軸は経過月、縦軸は転倒しない確率を示す。棒体操を行ったグループのほうが、転倒しづらいことがわかる。

Yokoi K, Yoshimasu K, Takemura S, Fukumoto J, Kurasawa S, Miyashita K. Short stick exercises for fall prevention among older adults: a cluster randomized trial. Disabil Rehabil.37(14) :1268-76, 2015. より作図
また、この体操では、棒の両端と真ん中に色の異なるテープを張り、その棒を投げたあとに「赤色の部分をつかむ」「左手で投げて右手で青色の部分をつかむ」というぐあいに、瞬時に判断してキャッチする、といった動作を行います。判断どおりに体を動かす能力が鍛えられ、脳へのいい刺激になるのです。
私たちは棒体操の効果を調べるために、高齢者に週2回、1回20~30分間の棒体操プログラムに1年間参加していただき、変化を調べました。
その結果、棒体操を行った人たちは、体の柔軟性、立ち上がり能力、静的・動的バランス能力が向上。また、記憶力や注意力、計算能力など、全般的な認知機能も維持できることがわかりました。
加えて、コロナ禍で外出機会が減ったにもかかわらず、オンラインの棒体操教室では参加者に気分の落ち込みなどは見られず、活動時間も保たれていることがわかりました。
つまり、棒体操は高齢者の転倒予防に加え、認知機能の維持や、気分を明るく快活に保つうえでも役に立つことが考えられます。これは、うつの予防にも活すことができるのではないかと考えています。

横井先生が行うオンラインの棒体操教室の様子
失敗しても効果あり!気楽に取り組んで!
棒体操は、新聞紙を使った体操として考案しましたが、2本のラップの芯をテープでつないで行うこともできます。実際、そのようにして実施してる教室は、いくつも見受けられます。
実際は多くの種類のエクササイズがあり、25分ほど行います。今回は入門編として、準備体操と基本体操のなかから代表的なものを紹介しましょう。やり方は下項をご参照ください。
棒体操でいちばん大事なポイントは、失敗しても成功しても効果があること。
バランスのくずれを体験し、そのときのとっさの対応力を鍛えることも目的の一つですから、失敗体験も成功につながるのです。うまくできなくても気にせず、失敗を楽しむくらいの気持ちで、気楽に取り組んでください。
本来の棒体操は週に2回ほど行うといいのですが、下項で紹介する入門編の場合は、できれば毎日実践しましょう。
転倒は80歳以上から急増します。65歳以上のかたは、ぜひ棒体操を始めてください。また65歳未満のかたも、最近、つまずいたり転んだりしたことがある人は、棒体操をお勧めします。
というのも、転倒の危険因子の一つに転倒歴があります。つまり、転倒したことがある人は、再び転倒しやすい傾向にあるのです。若いうちから予防できる体づくりをしておく意味でも、ぜひ棒体操を行ってください。
棒体操を続けている高齢者からは、「転びそうになったけれど、とっさに手近な物につかまることができ、転ばずに済んだ」という声が数多く寄せられています。「転ばぬ先の杖」として、棒体操を役立てていただきたいと思います。
棒体操のやり方
下の「ラップ棒の作り方」をもとにラップ棒を用意して、以下の「ひねる」「バンザイ」「またぐ」をすべて行います。次に、「横目印キャッチ」「縦キャッチ」「回転キャッチ」を行います。
用意する物
・イス…背もたれがあり、ひじ掛けがなく、折りたたみ式でない4本足の物を使う
・ラップの芯…2本
・色付きのビニールテープ…適宜(1色のみでよい)
ラップ棒の作り方

❶各ラップの芯の端を合わせ、テープをしっかり巻いて結びつける。
❷①でできた棒の両端に、目印となるように1周以上テープを巻けば完成。
ひねる

背中を伸ばしてラップ棒を両手で正面に持ち、腰が痛くない程度に左右各3回ひねる。
バンザイ

ラップ棒を両手で持ったまま、背もたれから背中を離し、骨盤を起こして背すじを大きく伸ばし、5回大きくバンザイする。
またぐ

両手で持ったまま、ラップ棒を曲げないように片足ずつまたぐ。さらに、お尻を浮かせてラップ棒を腰の後ろまで持ち上げる。その後、逆の順序で元に戻る。以上を3回くり返す。
横目印キャッチ

以下を各3回ずつ行う。投げるときはラップ棒を横向きにし、手の甲を上に向けて受け取る。
❶ラップ棒を上に投げて、事前に決めた目印のところで受け取る。
❷ラップ棒の左端や右端を持って上に投げ、同じ場所で受け取る。
❸手の甲を上にしてラップ棒を持ち、軽く上へ投げて、右端→真ん中→左端と、リズムよく持ちかえて1往復する。
※できれば、①と②も手の甲を上にして投げる。
縦キャッチ

以下を各3回ずつ行う。投げるときはラップ棒を縦にする。
❶ラップ棒を上に投げて、同じ手で受け取る。
❷ラップ棒を上に投げて、反対の手で受け取る。
❸ラップ棒の上端や下端を持って上に投げ、同じ場所で受け取る。
❹ラップ棒を上に投げて、事前に決めた目印のところで受け取る。
回転キャッチ

以下を各3回ずつ行う。
❶ラップ棒を手前に半回転させて投げて受け取る。
❷ラップ棒を①と逆に半回転させて投げて受け取る。

この記事は『壮快』2022年6月号に掲載されています。
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