解説者のプロフィール

山口育子(やまぐち・いくこ)
東京医療学院大学保健医療学部リハビリテーション学科准教授。理学療法士。東京都理学療法士協会所属。1998年、名古屋大学医療技術短期大学部理学療法学科卒業。2009年、桜美林大学大学院国際学研究科老年学専攻修士課程修了。19年、国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科保健医療学専攻博士課程修了。12年に現学科の講師を経て現職。日本社会事業大学などの非常勤講師や、湘南第一病院の非常勤理学療法士も務める。
呼吸筋の働きが衰えるとだるく疲れやすくなる
コロナ禍が長引いてこもりがちな生活が続き、外出の機会が減った人も多いことでしょう。久しぶりに外出や運動をしたら息切れをしやすかったという人は、呼吸筋が「お休みモード」になっている可能性があります。
呼吸筋とは、呼吸の際に働く筋肉のこと。肺は横隔膜や周囲の肋骨、筋肉などが動くことによって膨らんだり縮んだりしています。
呼吸筋のなかでも重要なのが、横隔膜と肋間筋です。
横隔膜は胸とおなかの間を隔てる膜状の筋肉です。横隔膜が上下し、胸郭(胸骨と肋骨で囲まれた空間)が広がったり狭くなったりして、私たちは大きく息を吸ったり吐いたりできるのです。
肋間筋は肋骨をつなぐ筋肉です。肋間筋が伸び縮みすることによって、胸郭が大きく左右に広がり、肺が膨らみます。

息を吸うときは肋間筋の働きで肋骨が引き上がり、横隔膜が縮んで胸郭が広がる。息を吐くときは逆の作用で胸郭が狭まる。
呼吸には多くの筋肉がかかわっています。運動量が減り小さな呼吸しかしない生活が続くと、呼吸筋の働きも衰えます。
呼吸筋がお休みモードになると、さまざまな影響が現れます。いちばんわかりやすいのは、いつもと同じ距離を歩いたり、いつもどおりの運動をしたりしたときに、「息が切れるな」「疲れやすくなったな」「体力が落ちたな」と感じる場面が増えることです。
私たちの体の中では、細胞が取り込んだ酸素を使ってエネルギーを作り出しています。ですから、手足の筋肉を動かすときには酸素が必要です。
呼吸筋が衰えて十分な酸素を取り込めなければ、動いたときに体のだるさを感じやすく、疲労感が蓄積しやすくなります。
朝に行えば呼吸しやすい状態を長く保てる!
お休みモード中の呼吸筋を目覚めさせるには、肋骨を大きく動かす体操(呼吸筋ストレッチ)と呼吸筋を鍛えるトレーニング(呼吸法の練習、呼吸筋トレーニング)が有効です。
これらはCOPD(慢性閉塞性肺疾患)や肺気腫などの慢性肺疾患、誤嚥性肺炎、神経や筋肉の病気により呼吸機能が低下した人に行われる「呼吸リハビリテーション」で用いられています。
今回はその一つである、ラップの芯を使った「呼吸筋ストレッチ」をご紹介します(やり方は下項参照)。
ポイントはゆっくりと深く呼吸をして、大きくストレッチすることです。肋間筋がしっかり伸びて、肋骨の動きがよくなります。ラップの芯を両手で持って上げ下げする運動は、姿勢をよくして胸郭の容積を広げる効果もあります。
効果を高めるために、ぜひ腹式呼吸を取り入れてください。横隔膜や腹筋をより使うことで呼吸筋を鍛えるトレーニングにつながります。
息を吸うときにおなかが膨らみ、吐くときにおなかがへこむのを感じましょう。息を吸う時間と吐く時間の比を最初は1対2程度から始め、慣れてきたら少しずつ吐く時間を長くして、1対5程度を目指します。
初めは腹式呼吸だけを単独で練習するとよいでしょう。慣れてきたら呼吸筋ストレッチに腹式呼吸を併せていきます。
呼吸筋ストレッチは、1日3セットを目安に、毎日行うことをお勧めします。朝昼晩のいつ行ってもOKですが、習慣化することがたいせつです。
朝に行うことで、呼吸をしやすい体を一日の早い段階でつくることができ、その状態を長く保てます。ぜひ朝に1セット行い、そのあとはご自身のタイミングに合わせて取り入れて、継続してください。
呼吸筋ストレッチはどんな人も安全に行えますが、まれに血圧の上昇やめまい、腰痛が起こることがあります。いきなり多く行うのはやめて、少しずつ回数や時間を増やしてください。
体操中に体の痛みや異変を感じたときは中止し、ふだんと違う症状が出た場合は、医師などに相談してください。
呼吸筋ストレッチと併せて呼吸筋を鍛えるトレーニングを行うと、息切れしにくくなり、連続歩行距離が長くなることがわかっています。下肢の筋肉量が変わらなくても、筋肉の代謝がよくなり、疲労感なく長く歩けるようになるのです。
高齢のかたは、自覚のないまま呼吸機能が低下している人が多いものです。年のせいと思っている体力の衰えの正体が、呼吸機能の低下にあることも少なくありません。
呼吸筋ストレッチは、姿勢の改善や、誤嚥を予防する効果も期待できます。ぜひ習慣にしていただきたいと思います。
※東京都理学療法士協会は、自宅でできる効果的な運動をYouTubeで紹介しています。詳しくは「東京都理学療法士協会 youtube」で検索
呼吸筋ストレッチのやり方
Ⓐ、Ⓑ、Ⓒを1日に3セット行う。イスに座り、背すじを伸ばして行う。
Ⓐ

❶左右の手でラップの芯の両端を持ち、肩の高さでまっすぐ腕を伸ばす。
❷鼻から深く息を吸い込んだあと、口からろうそくを吹くように息を吐きながら、上半身を左にねじる。
❸息を吐き切ったら、左を向いたまま鼻から深く息を吸い込み、②と同様に息を吐きながら上半身を右にねじる。
❹②~③をさらに2回くり返す。
Ⓑ

❶両手で持ったラップの芯をまっすぐ上げる。
❷鼻から深く息を吸い込んだあと、ろうそくを吹くように口から息を吐きながら、両腕を伸ばしたまま上半身を左に倒す。
❸息を吐き切ったら、上半身を左に傾けたまま鼻から深く息を吸い込み、②と同様に息を吐きながら上半身を右に倒す。
❹②~③をさらに2回くり返す。
Ⓒ

❶鼻から深く息を吸い込みながら、両手で持ったラップの芯をまっすぐ上げる。
❷息を吸い切ったあと、口からろうそくを吹くように息を吐きながら、両腕を伸ばしたまま上半身を折り曲げてラップの芯を足もとまで下げる。
❸①~②をさらに2回くり返す。

この記事は『壮快』2022年6月号に掲載されています。
www.makino-g.jp