解説者のプロフィール

石井直方(いしい・なおかた)
1955年生まれ。東京大学教授、同スポーツ先端科学研究拠点長を歴任し、現在東京大学名誉教授。筋肉研究の第一人者で、学生時代から選手としても活躍。日本ボディビル選手権大会優勝、世界選手権大会第3位など輝かしい実績を誇る。少ない運動量で大きな効果を得る「スロトレ」の開発者で、現在の筋トレブームの火付け役的な存在。著書に、『2度のがんから私を救った いのちのスクワット』(マキノ出版)など多数。
がんでない人も筋肉を落とさないで!
私は学生時代からボディビルやパワーリフティングの選手として世界選手権などにも出場し、半生をかけて筋肉の研究に打ち込んできました。人からは、いつしか「筋肉博士」などと呼ばれるようになった私ですが、2度のがんを経験しています。
1度めは2016年のこと。5月ごろから、夜になると高熱が出る日々が続いていましたが、仕事が立て込んでいたこともあり、解熱剤でごまかしていました。しかし6月のある日、体じゅうがけいれんして動けなくなったのです。
後日、精密検査を受けると、「悪性リンパ腫」のステージ4と診断されました。悪性リンパ腫とは、がん化したリンパ球がリンパ節以外の臓器に広がった状態で、血液がんのひとつです。ステージ4はその末期といえます。
このときの主な治療は「分子標的薬と抗がん剤」「自己の骨髄増結幹細胞の採取と自家移植」で、半年にわたって3回入院しました。
2度めは2020年でした。1度めのがんをなんとか克服し、根治も見えてきたやさき、今度は「肝門部胆管がん」が見つかったのです。ステージは2~3で、1度めのがんとはおそらく無関係。つまり新たに発生したがんでした。
このときは肝臓の右側3分の2を切除、あわせて胆管を胆のうとともに切除し、小腸を用いて再建するという手術を行いました。幸いにも経過は良好で、現在も仕事を続けることができています。
長年体を鍛えてきた私でも、1回めの入院時には77~78kgあった体重が、一時期63kgまで減り、体力の衰えを実感させられました。退院後は、わずか700mを歩くのに2度の休憩を要するほどだったのです。
自身の衰えに愕然としてからは、入院中や手術前後にも、体を動かせる機会があれば「スロースクワット」(基本のやり方は下項参照)を行って筋肉を落とさないようにしています。
筋肉の役割は体を動かすだけではありません。がんの進行による死亡と筋肉量とが、密接に関連していることを示す研究報告があります。
その実験では、がん細胞のみを移植されたマウスは移植後15日から死亡する数が増え始め、35日までに全滅しました。一方、がん細胞とともに筋肉増強剤を投与されたマウスは、がんの成長自体には差が生じなかったにもかかわらず、移植後35日の時点で80%以上が生存していました。
つまり「がんとともに生きる状況になっても、筋肉量を減らさなければ長生きできる可能性がある」といえるのです。
さらに筋肉は、血液の循環を促す、熱を作り出す、ホルモンを分泌する、免疫力を高める、水分を蓄えるといった重要な役割を担っています。
この役割をしっかり働かせることでもがんのリスクを下げることが可能です。だからこそ、がんを経験している人も、そうでない人も筋肉を落とさないでほしいと強く思います。
筋トレを始めるのに遅過ぎることはない!
筋肉が衰える原因は大きく分けて2つあり、そのひとつが加齢です。30歳ごろから緩やかに減り始め、加齢とともに、そのスピードが速くなります。
もうひとつが、活動量の低下です。筋肉は使われずにいると、細く弱くなっていきます。長期の入院生活など、寝たきりになった場合、下肢の筋肉は1日で0.5%も減少します。1週間なら3.5%、1ヵ月なら15%もの筋肉が減ってしまうわけです。
高齢者が入院することになった場合、この2つの要因が重なるため、要注意といえるでしょう。
そして、私たちの体の中には400~600の筋肉があるといわれていますが、加齢に伴って衰えやすい筋肉は下半身に集中しています。
その下半身を効果的に鍛えることができるのが、スロースクワットです。
自分の体重を使った自重スクワットであれば、過大な負荷がかからず安全に行えます。その反面、筋肉に十分な刺激を与えるためには、多くの反復が必要になるのがデメリットといえます。
しかし、そのデメリットは、動きのスピードを遅くすることで解消できます。ゆっくり動くと、筋肉に力が入った状態が長く続き、それによって血流が制限されるのです。血流が制限されると、筋肉は酸素不足になって早く疲労し、大きな負荷をかけたトレーニングと同様の効果が期待できます。
筋トレを始めるのに、遅過ぎるといったことはありません。むしろ、高齢者こそ筋肉を鍛えるべきです。スロースクワットなら、手早く安全に鍛えることが可能です。ぜひ、日々の生活に取り入れてください。
スロースクワットのやり方
基本のやり方

❶足を肩幅に開き、手の甲を股関節に当てて、やや腰を落とす。つま先は少しだけ外側に開く。

❷息を吸いながらゆっくりと4秒かけて、太ももと床が平行になるまで腰を落とす。

❸息を吐きながらゆっくりと4秒かけて、ひざが伸びきる直前まで腰を上げる。
※②~③を5~8回くり返して1セットとし、1日3セットを週2~3回行う。
※おなかと太ももで手を挟みこむように腰を落とし、ひざがつま先より前に出ないように意識する。
体力に自信がない人向けのやり方

❶イスに浅く腰かけ、両手をひざに置く。

❷体を前に傾けて、息を吐きながらゆっくりと4秒かけて、ひざが伸びきる直前まで腰を上げる。

❸ひざに手をついたまま、息を吸いながらゆっくりと4秒かけて、太ももと床が平行になるまで腰を落とす。
※②~③を1~3回くり返して1セットとし、まずは1日1セットを週2~3回行う。
※慣れたら徐々に回数やセット数を増やしていくとよい。

この記事は『壮快』2022年6月号に掲載されています。
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