解説者のプロフィール

石井正則(いしい・まさのり)
JCHO東京新宿メディカルセンター耳鼻咽頭科診療部長。医学博士。1984年、東京慈恵医科大学・大学院を卒業と同時に、アメリカのヒューストン・ベイラー医科大学に留学。めまいや耳鳴りなどの自律神経系の名医として、テレビ、雑誌、新聞などに多数出演。ヨガインストラクターの資格も取得し、数々のセミナーで指導を行っている。近著『自律神経が元気になる 30秒筋膜プリプリ体操』(学研プラス)が好評発売中。
耳鳴りは「脳」が大きくかかわる
耳鳴りは「耳で鳴る」と書きますが、実際に音を感じているのは脳です。つまり、耳鳴りには脳が大きく関わっています。
耳鳴り患者のデータを解析した研究でも、この理論が裏づけられました。「症状が耳鳴りのみ」という患者にさまざまな検査を実施したところ、ストレス、睡眠障害、自律神経の乱れなどの度合いが総じて高いという共通点があったのです。
自律神経は、内臓や血管などの働きを調整している神経で、全身の活動力を高める交感神経と、心身をリラックスさせる副交感神経に分けられます。このバランスがくずれると、耳鳴りなどの不調が現れます。
ストレスの悪循環が引き起こした「コロナ耳鳴り」
私は、前述のデータから、耳鳴り患者には次のような悪循環が生じていると考えました。
悪循環のきっかけとなるストレスを受けた患者は、その影響で睡眠がうまくとれなくなります。すると、自律神経のバランスがくずれ、ますます眠れなくなります。それにより、さらにストレスが癒されず、自律神経の乱れが常態化するのです。
新型コロナウイルス感染症によって生活環境が一変した2年前から、耳鳴りを訴えて来院される患者が2~3割増えました。これは、外出自粛や経済的不安などのストレスが発端となって悪循環に陥った「コロナ耳鳴り」だといえます。

耳鳴りを悪化させる悪循環
簡単かつ手軽に自律神経を整えられる体操「筋膜プリプリ体操」
20秒かけて体をねじると筋膜がプリプリに!
この悪循環を断つには、何かのきっかけが必要になります。そのきっかけにお勧めなのが、心地よく汗をかく運動です。
そこで、ヨガの指導者でもある私は、簡単かつ手軽に、自律神経を整えられる体操を考案しました。それが、今回ご紹介する「筋膜プリプリ体操」、略して「筋プリ体操」です。
これは、筋膜をねじって伸ばすという体操。なぜそれで自律神経が整うのか、その理由を以下に説明しましょう。
筋膜とは、筋肉や骨、内臓などを覆うコラーゲン組織のことです。その筋膜の周囲にとぐろを巻くように存在するのが、自律神経です。
筋膜は運動して伸び縮みすることで、自律神経を活性化させることができます。しかし、1点だけ問題があります。それは筋膜と筋肉を同じ方向に伸ばしただけでは、十分に伸び切ることができないという点です。そのため、ほとんどの運動は、筋膜への刺激という観点では少々物足りないのです。
そこで、筋プリ体操では、筋膜を効率よく十分に伸ばせる動きを取り入れました。それが、20秒ほどかけてゆっくりと体をねじる動きです。
ここで、ぞうきん絞りをイメージしてください。ぞうきんを一気にギュッと絞ると、そこに含まれていた水分は、勢いよく絞り出されます。一方、ぞうきんをゆっくり絞ると、全体に水分が行き渡り、ひたひたに水を含んだ状態になります。
筋膜にも同じことが起こります。筋肉と筋膜の間にはリンパ液(体内の老廃物や毒素、余分な水分を運び出す体液)が流れているので、ゆっくりと体をねじることでリンパ液がにじみ出て筋膜が潤い、プリプリの状態になるのです。
その結果、自律神経の働きがよくなるだけでなく、筋肉や関節の動きもスムーズになります。ですから、耳鳴りだけでなく、関節のこわばり改善などの効果も期待できます。
ちなみに、アナウンサーの生島ヒロシさんにもこの体操をお伝えしたところ、自宅の壁にやり方をはるほど気に入ってくださったようです。
首のこり解消や免疫アップも期待できる
今回は、数ある筋プリ体操の中から、基本の体操として「いすのキャット&カウ」を紹介します(やり方は下項参照)。
これは、いすに座って体をねじり、その後に体側を伸ばす体操で、リンパ液の循環を促す高い効果があります。
注意点は、必ず右から上体をねじること。左側から体を縮めると、腸内の便の動きと逆になり、便秘につながる恐れがあるためです。
「ボー」、「ブーン」など低音の耳鳴りがある人は「ハチの羽音ポーズ」もお勧めです。これは指で両耳をふさぎ、ハチの羽音のような低音で「ん~」とうなる方法です。
声の振動が頭蓋骨に伝わることで、脳に響く耳鳴りをかき消す効果が期待できます。5分ほどで耳鳴りの聞こえ方が変わるなど、多くの患者さんが効果を実感されています。
「キーン」、「ピー」などの高音の耳鳴りや耳閉感がある人は「耳ねじり」を行うといいでしょう。耳は、さまざまな筋膜が集まる部位ですから、自律神経を整える効果をより高めることができます。
基本的には耳の上部だけで構いませんが、中部、下部を含めた3ヵ所で行うと耳の周囲が1時間以上熱く感じられるほど血行がよくなります。これにより、首のこりや張りも改善します。
これらの体操は、自律神経が乱れやすい更年期の女性や運動不足の人、また、コロナ禍でストレスがたまっている人に、特にお勧めです。自律神経が整うと免疫機能(病気に抵抗する機能)も高まるので、感染症予防も期待できます。
「筋膜プリプリ体操」のやり方
●最低でも、週に3回は行う。タイミングはいつでもいいが、風呂上がりなどの体温が上がったときに行えば、体が動きやすいのでお勧め。
●便秘予防のため、体をねじるときは必ず右から行う。
●1動作20秒を目安に、なるべくゆっくり行う。痛みや違和感があるときは無理をしない。
●息をゆっくり吐きながら動くことを意識する。
基本
いすのキャット&カウ

❷息を吐きながら、上体をゆっくり右へとねじる。右手はいすの縁をつかむ。

❹③の状態のまま、胸を開くようにして、息を吐きながら上体を後ろに倒す。

❶背すじを伸ばして肩の力を抜いた状態で、へそを内側へ引き込むように下腹に力を入れて座る。両ひざを合わせ、両手はひざの上に置く。

❸左腕を伸ばし、息を吐きながら上体を右に倒す。腰の位置は動かさないようにする。

❺上体を前に倒して20秒キープし、腰を伸ばす。左側も同じように行う。
耳鳴り全般・耳閉感
耳ねじり

❶姿勢を正し、両ひじを横にピンと張った状態で、親指が後ろ、人さし指が前に来るように両耳の上部をつまむ。

❷両ひじを前に出しながら、手のひらを返すように、両耳を上に向けてねじる。

❸両ひじを外に広げるようにして、両耳を外側に引っ張る。

❹両ひじを後ろに引き、刺激が変わるのを感じながら両耳を後ろへ引っ張る。

❺両ひじを下げ、耳を下に引っ張る。

★耳の中部・下部をねじる場合は、①の指の位置を逆(親指を前、人さし指を後ろ)にする。ねじる際も、両耳を下に向けてねじる。
低音性の耳鳴り
ハチの羽音ポーズ

いすに深く座り、体を前に倒して両ももにひじをつく。両方の耳の穴を指でふさいで軽く目を閉じ、鼻から息を吐きながら、「ん~」とハチの羽音のようにうなる。息を吐き切るまで行う。

この記事は『安心』2022年5月号に掲載されています。
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