解説者のプロフィール

坂田英明(さかた・ひであき)
川越耳科学クリニック院長。1988年埼玉医科大学卒業。1991年帝京大学医学部附属病院耳鼻咽喉科助手。ドイツ・マグデブルグ大学耳鼻咽喉科研究員、埼玉県立小児医療センター耳鼻咽喉科副部長、目白大学保健医療学部言語聴覚学科教授、目白大学耳科学研究所クリニック院長を経て、2015年に川越耳科学クリニックを開設。埼玉医科大学客員教授、昭和女子大学客員教授、日本耳鼻咽喉科学会専門医、日本耳科学会代議員、日本小児耳鼻咽喉科学会評議員、日本聴覚医学会代議員。著書に『あきらめないで! 耳鳴りは1分でよくなる』『フワフワするめまいは食事でよくなる』(ともにマキノ出版)がある。川越耳科学クリニック:http://www.jikagaku.jp/index.php
耳から入ったのではない音を脳が聞いてしまう
昔から医師の間では、「耳鳴り、どもり、ワキガ、水虫は病気ではない」といわれてきました。しかし、しつこい耳鳴りに苦しんでいる患者さんは非常に多く、治ることを諦めている人さえいます。そういう人にぜひ知っていただきたいのが、耳鳴りの大原則です。
①耳鳴りは誰にでもあり、なくなることはない。
②耳鳴りの症状には波がある。
この2つを理解することが大事で、これらを受け入れれば、耳鳴りは気にならない程度に回復します。ゼロにならなくても、気にならなくなれば、耳鳴りはないも同然なのです。
当たり前のことですが、耳鳴りは、音が聞こえるから起こる現象です。それを理解するために、耳鳴りがなぜ起こるのか簡単に説明しましょう。
音が聞こえるのは、空気の振動が耳に入ってきて、内耳で電気信号に変わり、大脳の聴覚野という部分にたどり着いて、音として認識されるからです。この聴覚伝導路のどこかに異変が生じると、耳鳴りが起こります。
最も多いのが、内耳の障害です。慢性の耳鳴りのほとんどは内耳性で、その9割に難聴が伴います。
内耳は非常に小さな器官ですが、その中に1万5000もの有毛細胞がずらっと並んでいます。この有毛細胞が中耳から伝わった空気振動によって動き、細胞の上にある膜とこすれて、振動のエネルギーを電気信号に変えます。これが脳幹を通って大脳皮質に届き、左右の聴覚野で音として認識されます。
聴覚伝導路は、刺激を送って脳を興奮させる神経の流れですが、内耳に障害が生じると、一時的にブレーキがかかってしまいます。
内耳の障害の主な原因は、血流不足です。内耳の血管は、「血管条」と呼ばれる微細な血管で、些細なアクシデントでもすぐに血流が途絶えたり、滞ったりしてしまいがちです。すると、有毛細胞を動かすカリウムイオンが動かなくなり、振動を電気信号に変えられなくなります。
こうなると、脳は音を聞こうとして、耳から入ったものではない音を拾ってしまいます。例えば、内耳で有毛細胞が膜とこすれて出る摩擦音。これが耳鳴りとして聞こえるのです。
聴覚伝導路の異変で耳鳴りが発生
音が聞こえるのは、空気の振動が耳に入ってきて、内耳で電気信号に変わり、大脳の聴覚野で音として認識されるから。この聴覚伝導路のどこかに異変が生じると、耳鳴りが起こる。

喫煙や白髪染めが原因になることもある
では、何が内耳の障害を引き起こすのか。実は、多彩な要因が複合的に絡み合います。
耳鳴りの人に非常に多いのが、顎関節症。あごの関節がずれてカクカクしたり、口が開けにくくなったりと、あごや耳に痛みが出る疾患です。
あごがずれると、頭部を支えている頸椎にゆがみが出て、脳に血液を送る首の血管が圧迫され、血流が悪くなります。加えて、あごがカクカク鳴る機械的な刺激や痛みが、内耳に過大な負担をかけます。こうした状態が続くと、内耳の血流が悪化し、耳鳴りを起こします。
また、日頃の習慣が耳鳴りの原因になることもあります。
●カフェインのとり過ぎ
カフェインは神経を興奮させます。耳鳴りは有毛細胞の異常興奮で起こるので、コーヒー、紅茶、緑茶など、カフェインの多い飲み物は控えましょう。
●喫煙
タバコに含まれるニコチンは毛細血管を収縮させ、内耳の血流を悪くします。
●白髪染め
白髪染めに使われる有機溶剤には、毒性の強いアニリン色素の誘導体が含まれています。これは頭皮から脳に染み込みやすく、その被害を最も受けるのが、目や耳の働きをコントロールする前庭小脳です。ここの障害が耳鳴り、難聴、めまいの原因になります。
●ストレス・不眠など
強いストレスで自律神経(内臓や血管の働きを調整する神経)が乱れ、交感神経(心拍数や血圧を上げるなど全身の活動力を高める神経)が過度に興奮すると、血管が収縮し、血流が悪くなります。また自律神経の乱れは不眠を招き、耳鳴りをさらに悪化させます。
●音響外傷
騒音にさらされたり、ヘッドホンやイヤホンを長時間使ったりすると、音圧で耳の機能が傷つき、耳鳴りを起こします。
その他、シンナーなどの有機溶剤による中毒、ヘルペスウイルス感染などが原因になることもあります。これらが積み重なって耳鳴りが慢性化すると、頭の中で音が鳴り響く頭鳴りになり、治療も困難になります。

この記事は『安心』2022年5月号に掲載されています。
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