解説者のプロフィール

北原糺(きたはら・ただし)
奈良県立医科大学耳鼻咽喉・頭頸部外科学教授・めまいセンター長。1997年、大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了。大阪労災病院勤務を経て、大阪大学医学部耳鼻咽喉科、米ピッツバーグ大学医学部耳鼻咽喉科にて、研究を重ねる。専門は耳科・神経耳科、めまい平衡医学。2007年、国際ポリッツァー賞を受賞。14年、奈良県立医科大学耳鼻咽喉・頭頸部外科学教授。16年、めまいセンター長を兼任する。17年より日本めまい平衡医学会理事、18年より日本耳科学会理事に就任。
内耳の水ぶくれが改善し血液循環もよくなる
私たちのめまいセンターでは、めまい患者さんの原因疾患を診断し、治療を行っています。統計を見ると、原因疾患で最も多いのがBPPV(良性発作性頭位めまい症)で次いでメニエール病が占めます。
これらは内耳に原因があります。こうしためまいに対するケアとして、私は水分を多くとる「水分摂取療法」を指導しています。
水分摂取療法は、特にメニエール病に高い効果があります。その理由を説明しましょう。
メニエール病は内耳が水ぶくれになる病気です。「水ぶくれを解消するには、水分を控えたほうがいいのでは?」と思われるかたも多いかもしれません。実際、私が研修医だったころは「メニエール病には水分制限をすべき」と教科書に書かれていました。しかしその後の研究で、内耳の水ぶくれの機序が判明したのです。
ストレスがかかったり脱水状態になったりすると、バソプレシンというホルモンが分泌されます。バソプレシンは尿の出を抑える働きがありますが、過剰に分泌されると、内耳の水分代謝を滞らせて、水ぶくれ状態を引き起こします。
そのため、水分を積極的にとって血液中のバソプレシン濃度を下げ、内耳の水はけをよくすることが、水ぶくれの改善に有効です。
私たちは2010年から12年まで、メニエール病の患者さんを対象に、従来の経口薬と水分摂取療法の治療効果を比較する試験を行いました。その結果、従来の経口薬でめまいが改善した人は54.3%だったのに対し、水分摂取療法では81.4%の人がめまいが改善しました。
BPPVの人に対しても、水分摂取療法は有効です。耳石がしっかりくっついた状態を保ち、はがれても新陳代謝により速やかに吸収されるためには、内耳の水分代謝と血流が良好であることが必要だからです。
水分補給をしっかり行うことで、内耳を満たすリンパ液の入れ替わりがスムーズになり、内耳の微細な血管の血液循環もよくなります。その結果、耳石を支える耳石器にも酸素や栄養が行き届き、耳石がはがれにくくなると考えられます。
また、内耳の血流がよくなれば、有毛細胞という音を感知する細胞や聴神経の働きもよくなるので、水分摂取療法は耳鳴りや聴力低下の改善や予防、再発防止にも役立ちます。実際、水分摂取療法を実行した患者さんで、耳鳴りが治まったり、聴力が改善したりした人もいます。
飲めば飲むほど効果が上がるものではない!
では、水分摂取療法のやり方について説明しましょう。
食事とは別に、水やお茶などの水分をたっぷりと飲みます。糖分やカフェインを多く含むジュースや飲み物ではなく、できるだけ「水」に近い水分をとるようにしてください。
水分摂取療法は、水分をたくさん飲めば飲むほど効果が上がる、というものではありません。1日の水分摂取量は、男性なら合計1.5~2L、女性なら1~1.5Lくらいを目安にしましょう。
一度にまとめて飲もうとすると大変なので、起床後、食前食後、食間、入浴の前後、就寝前など、何回にも分けて水分をとるのがコツです。
外出時にはペットボトルを持ち歩き、こまめにチビチビ飲むのも、よい方法です。自分の生活スタイルに応じて、1日トータルで水分摂取量の目標をクリアできるように工夫してください。
水分摂取療法は、気長に継続していくことが大事です。まず3〜6ヵ月間は毎日続けてください。
なお、心臓や腎臓に病気や異常がある人は、水分摂取療法を行う前に、必ず主治医の判断を仰いでください。水分を多量にとると心臓や腎臓に負担がかかり、心不全など持病の悪化につながるおそれがあるからです。

ペットボトルを携帯するのがお勧め
ちなみに前述の試験では、暗闇で睡眠をとることも、水分摂取療法と同様、経口薬のグループよりもめまいの改善効果が高いことが確認されました。
バソプレシンは本来、夜に多く分泌されて日中は減少します。明るい部屋で眠ると、この分泌リズムが乱れ、めまいが誘発されると考えられます。
夜は部屋を真っ暗にして寝ることも、セルフケアとして簡単にできる方法です。水分摂取と併せて、ぜひ生活習慣に取り入れてみてください。

この記事は『壮快』2022年5月号に掲載されています。
www.makino-g.jp