解説者のプロフィール

樋口均也(ひぐち・きんや)
ひぐち歯科クリニック院長。1987年大阪大学歯学部卒業。1991年大阪大学大学院歯学研究科博士課程修了。同年、松阪市民病院歯科口腔外科勤務。1992年松阪市民病院歯科口腔外科部長などを経て、2005年に「ひぐち歯科クリニック」開設。インターネット医科大学口腔内科教授、ドライマウス研究会認定医、日本口臭学会評議員、口臭専門医、厚生労働省 臨床研修指導医、口臭指導医。歯と口周辺の病気や不調を幅広く診療している。
「かみしめ呑気症候群」とは
上下の歯が当たっていたら要注意
「おなかが張って不快」「ゲップやおならがよく出る」こうした症状があれば、多くの人は、胃腸の不調による「ガス腹」と考えるでしょう。
ところが、胃腸には異常がないのに、同様におなかが張ることがあります。その一つは、飲食物などと一緒に飲み込んだ空気がおなかにたまる場合で、「呑気症」あるいは「空気嚥下症」と呼ばれます。
その原因は、不思議に感じられるかもしれませんが、「かみしめ」です。知らず知らずのうちに身についた、歯をかみしめる習慣が、空気によるおなかの張りを引き起こしているのです。これを「かみしめ呑気症候群」といいます。
食べ物をかんで飲み込むとき、早食いやドカ食いでなくても、多少は空気も一緒に入ります。一度に入る量はわずかですが、かむ回数が多いほど、空気も多く入ります。かみしめ癖があると、ひんぱんに物をかんでいるような状態になって、空気が入りやすいのです。
また、かみしめることで口内のスペースが狭くなり、口の中に空気が存在できなくなります。その空気はのどの中咽頭というところにたまります。この状態で唾液を飲み込むと、空気が胃に入りやすくなります。
かみしめというと、力いっぱいかむイメージを抱きがちですが、この場合のかみしめ癖とは、上下の歯が軽く当たっている状態のことを指します。
通常の状態で口を閉じたとき、上下の歯が全部離れているのが、正しい状態です。このときに上下の歯が当たっているのは、上下歯列接触癖(TCH)と呼ばれ、これこそが最も多い「かみしめ癖」なのです。
舌に関しては、口を閉じたとき、舌先だけが前歯の後ろ側、もしくは裏側の粘膜につくのが正しい状態です。かみしめ癖があると、舌全体が上あごにベタリとついた状態になりがちです。それによっても口の中が狭くなり、空気を飲み込みやすくなります。
おなかの張りやゲップなどに悩まされるにも関わらず、胃腸の病気が見つからない(このことは必ず確認してください)、胃腸の治療を受けても効果がないという場合は、普段の口の中を意識してみましょう。上下の歯が接触し、舌全体が上顎についていれば、かみしめ呑気症候群の疑いが濃厚です。
かみしめ癖があると、以下の症状を併発しやすいので、それもヒントになるでしょう。
・肩や首のこり、頭痛
・頬やこめかみの筋肉が痛い、だるい
・歯がしみる。歯がすり減って平たくなる。歯の詰め物が壊れたり、外れたりしやすい
正式な統計はないので、明確にはわかりませんが、かみしめ癖のある人は非常に多いと考えられます。ちなみに、当院に訪れる患者さんの2人に1人には、かみしめ癖がみられます。
かみしめ呑気症候群のセルフケア
「歯を離せ」と書いたはり紙をするとよい
かみしめ呑気症候群のセルフケアとして、第一にお勧めしたいのは、口の中で上下の歯が当たっていないかを、折に触れて確認することです。
当たっているとわかったら、その都度、意識して離します。洗面所、台所、トイレ、寝室、居間などに「歯を離せ」と書いたはり紙をしておくと、それを促すことができます。
気づいたときだけでも、歯を離すように意識することで、次第にかみしめ癖を和らげる効果が得られます。

見るたびに歯を離す意識が持てるので、かみしめ癖を和らげる効果が期待できる。
コロコロガム法もおすすめ
「コロコロガム法」というセルフケアもお勧めです。
ガムを少しかんで丸め、なるべく長時間舌の上にのせておく方法です。口の中に何かがあると、かみしめを防ぎやすくなるので、簡単ですが効果的です。舌の上にガムがあることで、サラッとした唾液が出て、空気が一緒に入りにくくなるという効果もあります。

舌の上にガムがあることで、かみしめを防ぎやすくなる。
当院では、かみしめ癖の治療として、以上のような生活指導に加え、治療用のマウスピース(スプリント)を作り、使ってもらっています。常時ではなく、集中して作業をするときや、テレビやスマホを見ているときなど、かみしめが生じやすい時間帯につけます。歯の接触自体を防ぐとともに、口の中に器具があることで、かみしめにくくなる効果が得られます。
こうした専門的な治療を受けられるところは、今のところ少ないのですが、前述のセルフケアを行うだけでも効果が期待できます。ぜひお試しください。

この記事は『安心』2022年4月号に掲載されています。
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