解説者のプロフィール

雨宮隆太(あめみや・りゅうた)
雪谷大塚クリニック院長・茨城県立中央病院名誉がんセンター長・東京医科大学客員教授。1947年、山梨県出身。医学博士。日本呼吸器学会専門医・指導医。日本呼吸器外科学会指導医、第29回日本呼吸器学会内視鏡学会会長。日本医師会認定健康スポーツ医、日本体育協会公認スポーツドクター。40代で「楊名時太極拳」と出合い、帯津良一、長充也両氏に「調和道呼吸法」の指導を受ける。著書に『はじめての呼吸法』「太極拳が体に良い理由」(ベースボールマガジン社)などがある。
▼雪谷大塚クリニック
呼吸の機能が高まり肺炎やぜんそくを防ぐ
私は長年、太極拳を自ら熱心に実践するとともに、その健康効果を研究してきました。
ここでは太極拳の準備運動として行う「スワイショウ(腕振り)」をご紹介します(やり方は下項参照)。
スワイショウは漢字で「甩手」と書きます。「甩」は「振り回す、放り投げる」などの意味です。文字通り、手(腕)を振るだけの動作なので、自宅で気軽に行えます。それでいて実は全身運動となり、多彩な効果が現れます。以下に解説していきましょう。
●全身の血流がよくなる
腕の重量は、一般に両腕で全体重の13%程度(体重60kgの人なら約8 kg)です。その腕を振りながら姿勢を維持するため、下肢(足)や体幹(胴体)の筋肉がしっかり使われます。
下肢の筋肉が血管の周りで動き、その状態で上半身のひねりによる刺激が加わることで、下半身に滞りがちな静脈血を絞るように心臓へと送り返す働きが起こります。
しかも、スワイショウは上半身に力を入れずリラックスできる運動です。激しい運動では、自律神経(内臓や血管の働きを調整する神経)の交感神経が興奮して脈拍が速くなり、筋肉への血流を増やす分、内臓への血流は減ります。
それに対して、スワイショウでは、リラックスした状態でひねるため、副交感神経が刺激されて末梢の血管が広がり、血液が内臓も含めた全身に行き渡りやすくなります。
このようにして血流がよくなり、筋肉の動きも追加されることで、 冷え症の解消や高血圧、高血糖の降下が期待できます。
●効率よく筋肉が鍛えられ姿勢がよくなる&やせる
スワイショウは、日常の動作ではあまり動かない体の内側の筋肉(インナーマッスル)や腹筋、背筋、肋間筋(肋骨の間にある筋肉)など、多くの筋肉を効率よく動かせます。特に、姿勢の維持に関わる筋肉(姿勢維持筋)が最も使われるので、普段の姿勢がよくなり、歩行などの動作による負担も減ります。
その結果、ひざ痛や腰痛の改善にも効果的です。肩や首の筋肉もほぐれるので、肩や首のこりにも有効です。また、腹部の筋肉が使われて内臓が刺激されることで、便秘解消にもつながります。
全身の筋肉量が増えれば、基礎代謝が上がり、肥満の予防・解消にも有効です。

腕振りを実践する雨宮先生
●呼吸の機能がよくなる
スワイショウの胴体をねじる動きは、肋間筋や腹斜筋(わき腹に斜めに走っている筋肉)の働きを活発にします。
すると、胸郭(胸の外郭を形成するかご状の骨格)の柔軟性が増し、肺の働きもよくなり、肺活量が増します。呼吸の機能が高まることで、全身の健康につながります。
この作用は、重度の喫煙者の多くが発症する慢性閉塞性肺疾患の予防に有効です。この病気は、空気の通り道である気道に炎症が起こって狭くなったり、肺気腫(空気を取り込むための肺胞が破壊する疾患)ができたりする病気です。
気管支肺炎、誤嚥性肺炎(食べ物が気管に入ることで原因で起こる肺炎)、ぜんそくによって衰えた肺活量の改善にも有効でしょう。
●ストレスに強くなる
スワイショウのようにリズミカルな運動を行うと、脳内で神経伝達物質の「セロトニン」の活性が高まることがわかっています。
セロトニンには痛みを軽減したり、気分をポジティブにしたりする作用があり、その活性が高まるとストレスに強くなると言えます。うつ病や不眠症など精神疾患の症状緩和も期待できます。
1日に1~2回でも効果を発揮する
スワイショウにはいくつかの種類がありますが、今回は「前後の腕振り」と「左右の腕振り」を紹介します。
この2つは、使う筋肉が違うので、併せて行いましょう。1日に1~2回、各2~3分を目安に行ってください。それだけでも、先に挙げたような健康効果を見込めます。
次に、やり方の注意点やコツを教えます。
前後の腕振りは、腕を振り上げ過ぎないように。高く上げ過ぎると、肋骨などの胸郭部がうまく稼働せず、呼吸機能の向上効果が落ちてしまいます。腕を前に振ったとき、手の先が肩の高さ程度になるように意識してください。
左右の腕振りでは、「骨盤」ではなく、その上の「背骨」に軸を作り、そこから回すことが大事です。「先に首が回り、視線に引っ張られるように体が動く」意識で行うと、うまくいきます。
今回紹介している左右の腕振りは、初心者向けのものですが、先に挙げたような症状改善に効果を発揮します。さらに、「前歩き」「後ろ歩き」もできるようになると、より健康維持に役立つでしょう。ぜひ、継続してみてください。
スワイショウ(腕振り)基本のやり方
●ヘルニアや脊柱管狭窄症など、整形外科的な治療が必要な人は行わない。
●呼吸は自然に行う。
●腕の力を抜き、ゆったりとしたスピードで腕を振る。
●無理に腕を振り上げたり、体をひねったりせず、気持ちいい範囲内で行う。
●腕がぶつかる物がないところで行う。
●前後の腕振りと左右の腕振りを1日に1~2回ずつ行うとよい。
前後の腕振り
腕を前後に振るだけです。とても簡単にできるので、どんな人にもお勧めできる方法です。まずはこれから始めてみましょう。
❶足は肩幅ぐらいに開き、ひざや股関節の力をゆるめて立つ。
❷腕や肩の力を抜いたまま、両腕を前後に振る。1回につき2~3分程度行う。
※前後の腕振りは、左右の腕振りに比べてランナーズハイ(陶酔状態)になりやすい。やり過ぎには十分注意する。

肩の高さくらいまで腕を振り上げる。振り上げたとき、手のひらが上に向くようにすると、より効果的

後ろに振るときは、無理に振り上げるのではなく、反動で放り投げるようにする
左右の腕振り

ポイント
●でんでん太鼓を回すイメージで、体をひねる。腕の力は抜いて、自然に体に巻き付くように。
●ひざとつま先の向きは、常になるべく同じにする。ひざが内側に入ると、ひざに負担がかかる。
❶ひざや股関節の力をゆるめて立つ。体の中心に1本の軸をイメージしながら、足を肩幅に開き、天井を見る。次にあごを引きながら下ろし、お尻を腰から数cm落とす。

❷腕や肩の力を抜いたまま、視線を水平にし、体を引っ張るイメージで、左右交互に体をひねる。1回につき2~3分程度行う。


【応用編】左右の腕振り
慣れてきたら、応用編を行いましょう。重心の移動のさせ方によって、やり方が2種類に分かれています。やりやすい方を行ってください。
Ⓐ 前歩きの腕振り
※体をひねった方向の足に重心を移動させます。


Ⓑ 後ろ歩きの腕振り
※体をひねった方向と逆の足に重心を移動させます。



この記事は『安心』2022年4月号に掲載されています。
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