解説者のプロフィール

地曳寛子(じびき・ひろこ)
全日本柔拳連盟会長。国際的に有名な太極拳の名人・王福来老師と黄淑春老師、日本における太極拳の第一人者である、父・地曳秀峰老師(全日本柔拳連盟名誉会長)に直接師事。本格的な正宗太極拳から、健康と美容を意識した初心者向けのコースまで幅広く指導。企業や公共団体、大学でのカルチャースクールなどにも指導に赴き、太極拳の普及に努めている。
▼全日本柔拳連盟
太極拳が不調の改善に役立つ
肩こり、便秘、不眠が改善したという声が多い
「太極拳」は中国で古来、伝承されてきた武術です。さまざまな流派がありますが、私たちの太極拳は「正宗(せいそう)太極拳」といいます。1940年に各流派の優れた部分を集めて編纂された太極拳で、「正宗」とは中国語で「正統の」という意味です。
太極拳の目的は、「護身」です。ここで言う護身とは、外敵から身を守るだけでなく、体調を整えて病気から身を守るという意味合いもあります。
太極拳は、生体エネルギーである「気」を意識しながらゆったりと動作を行います。これによって、体内の経絡(気の通り道)を活性化させ、あたかも全身のツボを刺激したような状態にしていくのです。
体内の気の流れが整えられ、心身が本来あるべき状態に戻ると、病気を予防することができますし、さまざまな不調の改善にも役立ちます。
私たちの教室でも、肩こり、腰痛、便秘、冷え症、肌荒れ、生理不順や更年期障害など女性特有の悩みの他、不眠や気分の落ち込みなど、精神的な不調が招く症状が改善したとの声がよく聞かれます。高かった血圧や血糖値、コレステロール値などの数値が正常化したという方も多くいます。
中には、医師も不思議がるような例もあります。例えば、ひざ痛で「人工関節手術しかない」と言われていた方が、太極拳を続けていたら痛みが消え、手術もせずに今も元気に過ごされています。
美容効果も期待できます。続けるうちに姿勢がよくなり、インナーマッスル(体の内側の筋肉)が鍛えられるので、食事制限などもせずに自然にやせたという方もいます。血行がよくなることで、肌がきれいになったという方も多いです。
太極拳の入門に「腕振り」がおすすめ!
今回は、太極拳の入門編として、3つの動作をご紹介します(やり方は下項参照)。いずれも動き自体は難しくなく、どなたでも簡単に取り組んでいただけます。1回約5分と、時間もかかりません。
私たちの教室に通う生徒の皆さんは、まず「腕振り」から始めて、太極拳を行っています。
本来は、教室に通って一連の動作を行っていただくのが一番なのですが、お住まいの場所では難しかったり、時間がなかったりする方も多いかと思います。そんな方は、今回紹介する腕振りを行うことをお勧めします。
この動作は簡単ですが、多くの健康効果が期待できます。

腕振りや太極拳はゆっくりと動いて行う
腕振りはデスクワークのリフレッシュにも有効
それでは、各動作についてご説明しましょう。
「横の腕振り(抜筋骨)」は、両腕を広げて、腰を左右にひねる動作です。「筋骨を抜く」という名前通り、全身の関節をゆるめ、筋を伸ばし、筋肉を柔らかくほぐす効果があります。太極拳では、全身の気の流れをスムーズにするための準備運動として行います。
ポイントは、腕を振る反動を使うのではなく、腰から体を左右に回すように意識し、無理をせずにリラックスして行うことです。
デスクワークなどで、長時間同じ姿勢を続けて体がこわばってしまったときや、日常生活で疲れやストレスを感じたときなどに行うと、こり対策になり、リフレッシュもできます。
次は、「腕止め(大成気功)」です。これは、私たちの体を巡る気の質を高め、よりバランスのよい流れを作り出すための鍛錬法です。五臓六腑に気を巡らせるという効果もあります。
3つ目は、ひざを曲げて腰を落とす基本のスタートポーズから、両腕をゆっくりと頭の高さまで上げ、元の形まで下ろす「腕上げ下げ(開太極)」です。正宗太極拳には全部で99の型がありますが、腕上げ下げはそれを開始するという意味の動作になります。
この動作は、頭から足のつま先まで気を巡らせる効果があります。手のひらを返しながら、腰も腕に連動させて上下する動作なのですが、難しく考えずとも、行ううちに「心地よさ」を感じる瞬間があると思います。
この「自分の体の中に心地よさを見つける」ということがとても大事です。太極拳はそれを動きながら行います(動禅)。そうすることで、自分の心身を見つめ、整えることを目指します。
その結果として、自律神経(内臓や血管の働きを調整する神経)のバランスが整い、体のさまざまな機能が正常化する効果があると考えられています。また、精神面でも緊張状態から解放され、自然と気持ちが明るくなります。
太極拳は、武術の一種ですが、強さを求めるだけではなく、肉体と心の健康に優れた効果がありますので、ぜひ取り組んでみてください。
3種の腕振りのやり方
腕振りは、抜筋骨、大成気功、開太極の3つの動作から成ります。基本はA、B、Cを順番に行いますが、時間がないときは好きなものだけでも大丈夫です。
●呼吸は自然に行う。
●無理に腕を振り上げたり、体をひねったりしない。自分のできる、気持ちいい範囲内で行う。
●ヘルニアや脊柱管狭窄症などの症状がある人は、必ず主治医に相談の上、行うこと。
共通のスタートポーズ

▶︎足を肩幅で平行に開いて立つ。頭から背すじまでをまっすぐに伸ばしたまま、ひざを曲げ、腰をほんの数cm落とす。A、B、Cのいずれの動作も、このスタートポーズから始める。
A:横の腕振り[抜筋骨(ばっきんこつ)]
筋肉や関節を柔軟にし、経絡(気の通り道)に気を通しやすくする動作
![画像: A:横の腕振り[抜筋骨(ばっきんこつ)]](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783536/rc/2022/04/18/8be136e6064cad5cf62483f788a1d512781f8ad4.jpg)
▶︎スタートポーズから始め、腰から回すように意識しながら、無理をせず左右どちらかに体をひねる。肩、ひじに余計な力を入れず、腕は自然な動きで腰と同じ方向に振る。リラックスしながら、左右で1回とカウントして15回くり返す。
B:腕止め[大成気功(たいせいきこう)]
五臓六腑に気を巡らせる動作
![画像: B:腕止め[大成気功(たいせいきこう)]](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783536/rc/2022/04/18/24bfe10ae7ac97004c06db70edf62040dbf0bd4d.jpg)
▶︎スタートポーズから、手のひらを下に向けながら、腰の高さまで上げてわきを開く。ゆったりと呼吸を行いながらリラックスし、そのまま1~3分キープ。途中でひざや腰がつらくなったら、らくな姿勢をはさみながら続ける。
C: 腕上げ下げ[開太極(かいたいきょく)]
全身に気を巡らせる動作
![画像1: C: 腕上げ下げ[開太極(かいたいきょく)]](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783536/rc/2022/04/18/59a96ef53f443f172f7bbb01ce94598b9a0c3273.jpg)
❶スタートポーズから、手の甲を上に向け、ゆっくりと上げていく。その際、曲げていた両ひざも手の動きと連動させて伸ばしていく。できれば、目は半眼にしてぼんやりと眺め、気持ちよさを感じながら行う。
![画像2: C: 腕上げ下げ[開太極(かいたいきょく)]](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783536/rc/2022/04/18/68ad999c2bd97d913fbc0b3f6513a6cb1cd1b566.jpg)
❷顔の高さまで手を上げ、ひざもまっすぐに伸ばして腰を上げる。スタートポーズから②までは、10秒ほどかけてゆっくりと行う。
![画像3: C: 腕上げ下げ[開太極(かいたいきょく)]](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783536/rc/2022/04/18/d36f39fe196142407a6ea22e9334cc74ba335b47.jpg)
❸②の位置まで手が上がり、ひざが伸びたら、手のひらを正面に向ける。それと同時に、腰の位置をスタートポーズまでゆっくりと落とす。
![画像4: C: 腕上げ下げ[開太極(かいたいきょく)]](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783536/rc/2022/04/18/46324f60bdb6b474db1cce767b41ecf02af091f1.jpg)
❹手をゆっくり下ろし、スタートポーズに戻る。この流れを10回くり返す。

この記事は『安心』2022年4月号に掲載されています。
www.makino-g.jp