解説者のプロフィール

佐々木淳(ささき・じゅん)
医療法人社団悠翔会理事長、診療部長。1973年京都府生まれ。1998年、筑波大学医学専門学群を卒業後、三井記念病院に内科研修医として入職。2004年に東京大学大学院医学系研究科博士課程に進学し、在学中のアルバイトで在宅医療に出合う。2006年、大学院を退学し、在宅療養支援診療所を開設。2008年に法人化する。 現在は首都圏や沖縄県南風原町に全18クリニックを展開し、約6000名の在宅患者へ24時間対応の在宅総合診療を行っている。著書『年をとったら食べなさい』(飛鳥新社)が好評発売中。
低栄養チェックリスト
高齢者はやせているよりぽっちゃり体形が長生き
「昔ほどご飯が食べられなくなった」「最近体重が落ちてきた」。こんな傾向があったら、あなたは「低栄養」かもしれません。
在宅医療を専門とする私は、6000人以上の患者さんを診てきました。その経験の中で気づいたのは、日本にはやせ過ぎの高齢者が多いことです。
海外の老人施設に視察に行くと、高齢者はコロコロ太っていて、若い頃と同じようによく食べます。ところが、日本の高齢者は、加齢とともにどんどん食が細くなり、やせていきます。
その理由は、ご飯が食べられなくなるからではなく、意識的に食べなくなるからです。ある程度の年齢になると、そんなに食べなくてもいいと思っている高齢者が多いのです。
しかし、文部科学省が発表した衝撃的なデータがあります。日本の高齢者(65〜79歳)の死亡リスクを調べると、最も低いのは男性でBMIが28前後、女性で24前後の人だったのです。
BMIは肥満の指標で、22が理想とされています。しかし、それは59歳までの話。60歳を過ぎると、いわゆる「ぽっちゃり体形」と呼ばれる、やや肥満の人の方が長生きなのです。
高齢者がやせていると、何が問題なのでしょうか。
それは「衰弱の悪循環」を招くことです。
食事量が低下すると、体を動かすエネルギーや、体の材料となるたんぱく質が不足します。これが低栄養の状態です。
低栄養になると、自らの体を分解し、エネルギーを補おうとします。その時、真っ先に使われるのが、筋肉のたんぱく質です。筋肉の維持には、多くのエネルギーが必要なので、この部分から削られていくのです。
こうして筋肉が落ちてくると、足腰が弱り、歩けなくなります。すると、さらに筋力が落ちて転びやすくなったり、咀嚼や嚥下の機能が低下したりします。これが、さらなる体力の低下を招き、骨折や誤嚥性肺炎を起こすようになります。
こうした負の連鎖を、私たちは「フレイルサイクル(衰弱の悪循環)」と呼んでいます。その出発点は、食事量の低下が引き起こす低栄養にあるのです。
低栄養チェックリスト
□ 信号が青のうちに横断歩道を渡り切れない。
□ ペットボトルのふたが開けられなくなった。
□ ふくらはぎの一番太い部分に、両手の親指と中指で作った輪っかを当てはめると、足と輪っかの部分に隙間ができる。
□ 最近、食事量が落ちてきた。
□ 食事中にむせたり、自分の唾液でせき込んだりすることが多くなった。
□ 日常生活で、今まで問題なくできていたことができなくなった。
1個当てはまる……低栄養のリスクあり
2~3個以上当てはまる……低栄養の危険性大
※太字の項目に当てはまる場合は特に注意!
血糖値や血圧の上昇よりたんぱく質不足が危ない
低栄養を防ぐために、高齢者にこそとっていただきたいのがたんぱく質です。
たんぱく質は、脂質や炭水化物と同様にエネルギー源になりますが、一番大切な仕事は、体の材料になることです。人の体は筋肉をはじめ、血液や骨、酵素、ホルモンなど、ほぼ全てがたんぱく質でできています。
ところが、高齢者のたんぱく質の摂取量は非常に少ないのです。これこそが、筋力低下の最大の原因になっています。
筋肉は、2〜2週間で新しい筋肉に生まれ変わります。その時、原料のたんぱく質が足りないと、筋肉ではなく脂肪が増えてしまいます。
さらに、筋肉は使わない箇所だけが落ちるのではなく、全身の筋肉がほぼ均等に落ちていきます。ですから、たんぱく質摂取量が少ないと、のどや口の筋肉量も低下し、物がかめなくなったり、誤嚥を起こしたりするようになるのです。
筋肉をつけようとしても、高齢者の場合は、なかなか運動もできません。しかし、たんぱく質をとっていれば、筋肉量をある程度保持できます。
ただし、前提となるのは、食事の量を十分にとっていることです。
いくらたんぱく質をとっても、もう一つのエネルギー源であるカロリーが不足していては、たんぱく質がエネルギーに使われてしまい、本来の働きができなくなってしまいます。
たんぱく質が足りない人の特徴は、やせていることです。特に、60代を過ぎてからやせてきた人は、たんぱく質だけでなくカロリーも不足しています。
なお、カロリーは足りていてたんぱく質が不足している人は反対に太っています。肉づきがよくても筋肉が減っているので体は脂肪でプヨプヨです。この場合も死亡リスクが高いので、食事を見直す必要があります。
バランスのよいタンパク質を摂取しよう
体重は少し多めを目指す
そこで、高齢者にとっていただきたいのは、必須アミノ酸が多く、バランスのよいたんぱく質です。特に、卵やチーズ、魚の缶詰、魚肉ソーセージなどは手軽にとれるのでお勧めです。
また、甘い物も避ける必要はありません。少量でカロリーの高いチョコレートやアイスクリームをおやつに食べると、手軽にカロリーを確保できます。
そうは言っても、血糖値や血圧の上昇を気にする人もいるでしょう。しかし、60代以降が健康的な老後を送るには、そうした数値を気にし過ぎるより、常に体重を標準より少し多めにして、たんぱく質不足にならないようにする方が大切なのです。
最近は元気な高齢者が増えてきましたが、たんぱく質が足りない人から脱落していきます。筋力が落ちてきたと感じたら、食事もギアチェンジすることが必要です。
[別記事:おいしく手軽にたんぱく質が摂取できる!ふわ焼き鶏むね肉の作り方&やわらかレシピ→]

この記事は『安心』2022年4月号に掲載されています。
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