解説者のプロフィール

中口博(なかぐち・ひろし)
三井記念病院脳神経外科部長。1989年、山形大学医学部を卒業後、富士脳研病院、東京大学医学部附属病院、亀田総合病院、埼玉医科大学総合医療センター、諏訪中央病院、東京厚生年金病院、寺岡記念病院、帝京大学ちば総合医療センターなどで、さまざまな脳外科手術を学ぶ。2012年より現職。くも膜下出血や脳出血をはじめとする、出血性病変の治療の他、脳梗塞の中でも外科的治療を必要とされる頸動脈内膜剥離術やバイパス手術を得意とする。専門は脳卒中、脊椎病、脳腫瘍。
▼三井記念病院(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
コーヒーと健康の関連性を調べてみた
脳梗塞の中でも自覚症状のない、ごく小さな脳梗塞は「隠れ脳梗塞(ラクナ脳梗塞)」と呼ばれています。
隠れ脳梗塞は中高年に多く、脳ドックや他の病気の検査時に見つかる場合がほとんどです。放置すると多発したり、梗塞部分が増えたりして、認知症につながる例が少なくありません。このような隠れ脳梗塞の予防に効果的だと私が注目しているのが、1日3杯のコーヒーです。
私は、2008年の6月から2009年の7月にかけて、脳ドックを受けた65歳以下の患者さん242人に対して、アンケートをとりました。その結果から、隠れ脳梗塞をはじめとする脳血管障害と生活習慣の関連を調べようと思ったのです。
そのアンケートには、仕事や既往歴、間食の内容や頻度など、多岐にわたって項目を設けました。すると、隠れ脳梗塞は「無職」や「高血圧」の患者さんに多かった一方、「1日3~4杯のコーヒーを飲む習慣がある人」は隠れ脳梗塞の発症率が少ない傾向があるとわかったのです。
前者の2つについては、おおむね予想通りでした。血管壁に負担をかける高血圧は、脳梗塞の原因となる動脈硬化を招きやすいといわれていますし、無職の人は、過食や運動不足などに陥ることが多くあります。そのため、脳梗塞のリスクが高まるのも納得でした。

コーヒーと隠れ脳梗塞の発症見込み率
1日3~4杯のコーヒーを飲む人は隠れ脳梗塞の発症見込み率が低い
しかし、コーヒーをよく飲む人に隠れ脳梗塞が少ないという結果は、少し意外でした。そこで、コーヒーと健康の関連性について改めて調べたところ、いくつかの興味深い報告を見つけたのです。
2016年に報告されたオランダの調査では、コーヒーを1日に4~5杯以上飲む人は、心房細動が起こりづらいという傾向が見られました。
心房細動とは、心房(心臓の中にある大きな部屋)が小刻みにふるえることで起こる、不整脈の一種です。心房細動が起こると、心房の中で血液がよどみ、大きな血栓(血液の塊)ができやすくなります。その血栓がはがれて脳の血管に詰まることで、脳梗塞(心原性脳梗塞)を発症するのです。
逆に言えば、心房細動のリスクが減れば、脳梗塞のリスクも当然低下すると考えられます。このことからも、コーヒーを多く飲む人は、脳梗塞の発症リスクが低いといえるでしょう。
この他にも、コーヒーをよく飲む人は、そうでない人と比べると、脳卒中や糖尿病、心疾患、呼吸器疾患の死亡率が低いなどの報告がありました。
認知症の予防にもおすすめ
また、近年の研究では、コーヒーには健康によい成分が含まれることもわかっています。
代表的なのが、コーヒー豆に含まれるポリフェノールの一種・クロロゲン酸。この成分には、強い抗酸化作用(酸化を防止する作用)があり、動脈硬化を予防するといわれています。
また、焙煎によって変化する、ニコチン酸とNMP(N‐メチルピリジニウムイオン)にも、注目すべき効果があります。
ニコチン酸は、血液中のコレステロールや中性脂肪を減らす作用があり、高脂血症の治療薬としても使用されています。また、血管の柔軟性を高めることで、動脈硬化の予防に役立つといわれています。
NMPは、強い抗酸化作用とリラックス作用があり、動脈硬化の予防や血圧を下げるなどの効果が期待されます。
コーヒーを飲む人に隠れ脳梗塞が少ないのは、これらの成分も関係しているのでしょう。
調査を経て、コーヒーの健康効果を感じた私は、勤務する病院で、認知症予防を目的とした「コーヒー1日3杯キャンペーン」の実施を始めました。
また、私自身も、朝はエスプレッソ、夕方と夜はドリップコーヒーと、1日3杯のコーヒーを飲んでいます。コーヒーを飲むと、頭がシャキッとしますし、長時間の外来勤務の後でも疲れを感じにくくなります。
ただし、私の場合、1日5杯のコーヒーで体がほてるような不快感がありました。さまざまな文献を調べたところ、日本人の場合、コーヒーは1日に3~5杯が適量なようです。
また、コーヒーを飲む際に、注意が必要な場合もあります。
まず、骨粗鬆症(骨がもろくなる病気)についてです。カフェインのとり過ぎは、骨粗鬆症リスクが高まるという報告があります。気になる人は牛乳を足して飲むか、他の食事でカルシウムを補うとよいでしょう。
次に、高血圧についてです。論文の中には、コーヒーを飲んだ直後に血圧が上がったという報告もあります。降圧薬(血圧を下げる薬)の服用などで、血圧を安定させていれば問題はないようですが、気になる人は、様子を見ながら飲むようにしてください。

この記事は『安心』2022年3月号に掲載されています。
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