起立-着席運動では下肢(足)を優先的に鍛えます。日常生活では足の筋力が大事で、健康な側の足が強くなれば、移動も歩行もトイレも早くできるようになります。そして全身運動である起立-着席運動を続けると、足以外の機能も鍛えられ、嚥下機能や呼吸機能、さらには排便・排尿機能などの改善にもつながっていくのです。【解説】三好正堂(医療法人羅寿久会会長)

解説者のプロフィール

画像: 解説者のプロフィール

三好正堂(みよし・せいどう)

医療法人羅寿久会会長。九州大学医学部卒業。九州大学神経内科、ニューヨーク大学リハビリテーション科での3年間の留学を経て、1981年に開業。著書に『新版 間違いだらけのリハビリテーション』(現代書林)などがある。

自分で自分の筋肉を動かすことが大事

私はリハビリテーションの専門医として、40年にわたり、患者さんの機能の回復をサポートしてきました。近年はリハビリ医療にもロボットなどの先進技術が導入され、一見進歩しているかのように見えます。

しかし、実態は必ずしもそうではありません。ロボットを装着して体を動かしても、それはロボットが動かしているのであって、患者さん自身の筋活動は少なく、かえって逆効果のこともあります。リハビリで大事なことは、自分で自分の筋肉を動かすことなのです。

私がリハビリを始めた当初から指導しているのが、「起立-着席運動」です。

これは読んで字のごとく、立ち上がって座る運動。「そんな簡単なもので?」と思うかもしれませんが、私は今でも、これに勝るリハビリ運動はないと思っています。

それを知っていただくために、私が2010年に学術誌に発表した臨床論文をご紹介します。調査対象は46例の脳卒中患者です(論文の35例プラスその後の11例)。

急性期病院で治療を受けた後、回復期リハビリ病院に平均155日間入院したにもかかわらず、当院のリハビリを希望された人たちです。その患者さんたちに、1日400~600回の起立-着席運動をしてもらいました。

すると、平均69日の入院で、80%の患者さんにさらなる改善が認められました。例えば、介助歩行だった18人のうち、14人が介助なしで歩けるようになりました。歩行不能だった人が、自立歩行できるようになった例もあります。

ADL(日常生活動作)の評価も、100点満点で入院時51点だった平均点が、退院時には64点に改善しました。これは10項目の動作に点数をつけ、その合計点で評価するものです。

筋力については、足の筋力も握力も向上し、ひざを伸ばす筋力(膝伸筋力)は健康な足側で1.4倍、マヒ足側で1.8倍になりました。さらに、嚥下障害や呼吸機能にも、著しい改善が見られたのです。

脳卒中は、片側にマヒが残ることが多いのですが、脳卒中のリハビリの基本は、マヒを治すことではなく、健康な側を鍛えることです。健康な側の筋力が強くなれば、日常生活動作がどんどん回復し、それに伴ってマヒも改善していきます。

反対に、マヒを治すことにとらわれると、マヒが改善しないだけでなく、健康な側も弱ってしまいます。

嚥下や呼吸から排尿・排便まで改善

私が行っている起立-着席運動には、リハビリ治療に必要な2つの特徴があります。 

1つ目は、下肢(足)を優先的に鍛えること。日常生活動作の項目を見ると、10項目のうち6項目(歩行、移動、更衣、階段、トイレ、入浴)が足を使うものです。日常生活では足の筋力が大事で、健康な側の足が強くなれば、移動も歩行もトイレも早くできるようになります。

2つ目は、筋活動をできるだけ多くするように、筋収縮が強くなる運動をすることです。立ち上がって座るという一連の動作は、ひざを伸縮させることで豊富な筋活動を誘発します。

下の筋電図のグラフを見てください。起立-着席運動は、足の筋肉(膝伸筋、膝屈筋、足背屈筋、足底屈筋)だけでなく、首や背筋など全身の筋肉を使っています。しかも、筋活動が活発です。

通常歩行と「起立ー着席運動」を行ったときの筋電図の違い

画像: 筋肉の活動で生じる電気活動をグラフで描くのが筋電図。これで見ると、起立-着席運動は首伸筋、背筋、膝伸筋などの活動が活発であることがわかる。一方、起立-着席運動と比べると、歩行では背筋、膝伸筋などの活動が非常に少ない。

筋肉の活動で生じる電気活動をグラフで描くのが筋電図。これで見ると、起立-着席運動は首伸筋、背筋、膝伸筋などの活動が活発であることがわかる。一方、起立-着席運動と比べると、歩行では背筋、膝伸筋などの活動が非常に少ない。

筋力は筋活動量が多いほど、強くなります。全身運動である起立-着席運動を続けると、足以外の機能も鍛えられます。それが嚥下機能や呼吸機能、さらには排便・排尿機能などの改善にもつながっていくのです。

しかも、起立-着席運動は、比較的らくで、安全性の高い運動。ですから、体力のない人、足腰の弱い人、マヒの残っている人でも、長時間続けやすいのです。

できるだけ早い段階から始めるとよい

起立-着席運動は、1分間に6~10回のゆっくりしたペースで行います(やり方は下項参照)。

10回をワンセットとして、少しずつ回数を増やしていき、1日100回(10セット)を目標にするといいでしょう。もっとできる人は、200回、300回を目指してください。

この運動では、腰かけたときのひざの角度が90度になるのが基本です。足腰が弱っている人は、いすに厚めのクッションを置くなどして座面を高くし、ひざの角度を広げると、立ち上がりやすくなります。

後ろに転倒しそうな人は、足を引いて前かがみになり、足に体重を乗せて立ち上がってください。腰の悪い人はドスンと座ると、腰を痛めます。いずれの場合でも、手の力だけで立つと、効果はありません。

画像: 座面が低い場合は、厚めのクッションなどを敷いて調整する

座面が低い場合は、厚めのクッションなどを敷いて調整する

脳卒中になった後、いつまでも安静にしていると、筋力や全身の機能が衰えてしまう廃用症候群になります。リハビリで大切なのは、とにかくできるだけ早くリハビリを始めること。起立-着席運動なら、多少体が不自由でも、早い段階から安全に取り組めます。

私自身、6年前に胃がんの手術を受けた時、手術の翌朝からリハビリを開始しました。もちろん、起立-着席運動です。おかげで術後1週目に歩いて帰宅し、そのまま仕事に復帰できました。

このように、起立-着席運動はリハビリに最適な運動で、自力歩行のできない人や体を満足に動かせない人に、ぜひお勧めしたいと思います。この運動で歩けるようになった人はどんどん歩いて、活動量を増やしていってください。

起立-着席運動のやり方

画像: 起立-着席運動のやり方

いすに座り、前にあるいすの背もたれに両手をかける(前に置くいすの代わりにテーブルを使ってもよい。その場合はテーブルの上に両手をかける)。
体を前方に傾ける。片マヒの場合はマヒしていない方の足に体重を乗せ、片マヒでない場合は両足に体重を均等に乗せる。そして「イチ、ニー、サン、シー、ゴー」と数えながら、3~5秒かけてゆっくりと立ち上がる。
立ち上がったらすぐに、また「イチ、ニー、サン、シー、ゴー」と数えながら3~5秒かけてゆっくりと座る。これをくり返す。

画像: この記事は『安心』2022年3月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2022年3月号に掲載されています。

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