解説者のプロフィール

佐藤青児(さとう・せいじ)
愛知学院大学歯学部卒業。顎関節治療のために、さとう式リンパケアを考案。歯科治療のかたわら、さとう式を広めるための講習会や、インストラクターの養成を、全国で精力的に展開中。『筋肉をゆるめる体操 体のコリと痛みに悩まない!』(大和書房)など、著書多数。
リンパの流れを改善し筋肉をゆるめる
私たち人間の筋肉は、「屈筋」と「伸筋」に分けられます。屈筋は関節を曲げるときに、伸筋は伸ばすときに、それぞれ力が入る筋肉です。
このうちの屈筋は、耳周辺の筋肉から始まり、首や胸の前側の筋肉、大腰筋、太ももの裏側やふくらはぎの筋肉、足の裏側の筋肉といった具合に、全身に連なるラインを作っています。
脳梗塞の後遺症では、この屈筋群が縮んで固まりがちです。
「筋肉をゆるめるには、ストレッチをすればいい」と思われる人もいるでしょう。しかし、筋肉には伸ばすことで反射的に縮む性質があります。筋肉の中にあるセンサー(筋紡錘)が、筋肉の伸び過ぎを防ぐために「縮め」と指令を出し、かえって屈筋を固めてしまうのです。
そこで私は、筋肉を効果的にゆるめるために、リンパ(体内の老廃物や毒素、余分な水分を運び出す体液)の循環をよくするべきだと考えました。
私たちの体は、大半が柔らかな組織で構成されています。綿の詰まったぬいぐるみが自立するように、人間の体も、内部の空間が柔らかな組織で満たされていれば、ゆがみや痛みなどの支障は生じません。
この組織の柔らかさを維持するのが、体内を循環するリンパです。硬そうに思える筋肉も、実はコラーゲン線維が層状に重なった「ファシア」という柔らかな組織で覆われています。筋肉を滑らかに動かす筋膜も、この一種です。
つまり、後遺症で縮んで固まり動かしづらくなった筋肉も、リンパの循環をよくしてファシアの柔らかさを高めれば、動かしやすくなるというわけです。

全身の屈筋のライン
リンパケアのやり方
今回は、脳梗塞の後遺症の改善に役立つリンパケアの手法を3つご紹介します。
① 足指ワイワイ
足の指を両手でつかみ、下から上へと回す体操です。親指と人さし指の間から、噴水がYの字に湧く様子をイメージして行います。
筋肉のこわばりが強いと力任せに回したくなりますが、その必要はありません。少しの振動でも刺激は皮膚の下に伝わり、リンパが通る毛細管の弁をゆるめます。特に下肢(足)の屈筋が動かしやすくなるはずです。
また、足指への弱い振動は、骨盤の中心にある仙骨神経叢にも伝わります。それにより、心身をリラックスさせる副交感神経が優位になるため、安眠やうつの改善も期待できます。
なお、自分で足指を回せない場合は、誰かに回してもらいましょう。実際に、寝たきりの期間が続き、むくんでどす黒く変色していた足が、足指ワイワイの最中に健康的なピンク色に戻ったという例もあります。

❶右足の親指(第1指)を右手で、残り4本の足指を左手で軽く握る。
❷1秒1回よりやや早いペースで、両方の指を下から上へ向かって30~35回ほど回す。第1指と第2指の間から、噴水がYの字に湧く様子をイメージして行う。
❸足指の付け根の膨らんだ箇所(①よりやや下の部分)に軽く手を当て、②と同様に30~35回ほど回す。
※左足も同様に回す。
※1日に1回を目安に行う。無理がなければ、それ以上行ってもよい。
② 耳たぶ揺らし
耳たぶを両手で持ち、弱い力で揺らすセルフケアです。耳たぶ周辺にある、迷走神経(副交感神経の一種)のポイントを刺激します。
耳周辺は、屈筋ラインの起点でもあり、屈筋は互いに関連し合っています。足指ワイワイと一緒に行えば、あご周りから徐々に全身の屈筋がゆるんでいくでしょう。

❶片方の耳たぶを親指と人さし指で軽くつまむ。
❷ごく弱い力で、耳たぶをフワフワと軽く揺らす。15~30秒ほど行う。
❸もう片方の耳たぶでも同様に行う。
③ 親指の付け根シール
屈筋ラインの起点である耳の裏と、終点である手や足の親指の付け根に、×の形にした医療用テープをはる方法です(正式名称はベクトルテーピング)。体を動かしたときに生じる皮膚とテープの間のわずかなズレが刺激となって皮膚の下に伝わり、リンパの弁をゆるめます。
ポイントは、テープをはる前後に動きの違いを確認すること。最初は違いがわかりづらくても、くり返すうちに神経の感受性が高まり、変化を感じられるようになります。
テープをはっているときに、手足やおなかを優しくさするのもお勧めです。この刺激も、リンパの循環改善に役立ちます。
❶医療用の細いテープ(幅3~4mm)を長さ2cmに切る。
❷以下のポイントに、×の字にしたテープをはる。
・耳たぶの裏の、やや凹んだ箇所
・手のひらの親指の付け根、やや膨らんだ箇所(上半身のマヒの場合)
・足裏の親指の付け根、やや膨らんだ箇所(下半身のマヒの場合)


※1日中はりっぱなしでも構わない。
※靴下の上からはってもOK。
※テープをはる前後で手足を軽く動かし、動きの違いを確認する。
※テープをはったまま、手の指先→耳たぶの裏、内もも→おなか→首→耳の裏にかけての屈筋ラインを優しくなでると、より効果が高まる。
リハビリは「がんばらない」ことが大事
今回ご紹介した手法をはじめとする「さとう式リンパケア」を実践した人の中には、脳梗塞の後遺症が劇的に改善した人が少なくありません。
ある50代の女性は、10年間ほど手が満足に開けず、爪が食い込んでしまうほど握り込んでいる状態でした。しかし、足指ワイワイなどのリンパケアを行ったところ、1~2年で車のハンドルが握れるまでに回復。2年以上がたった今では、写経もできるようになりました。
脳梗塞の後遺症に悩む人の多くは、がんばってリハビリに取り組んでいることでしょう。しかし、がんばり過ぎると、かえって筋肉のこわばりが強くなってしまいます。
今回ご紹介した3つの手法は、ごく弱い刺激が心地よさを与えてくれるので、その心地よさをぜひ感じ取ってください。そうすれば、自然と筋肉もゆるんでいきます。
後遺症のリハビリにはもちろん、普段ご家族の介護で体がこわばりがちな人も、ぜひこれらを試してみてください。

この記事は『安心』2022年3月号に掲載されています。
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