解説者のプロフィール

眞田祥一(さなだ・しょういち)
医学博士。1944年、東京生まれ。東京慈恵会医科大学卒業、同大学院修了。日本赤十字社大森赤十字病院脳神経外科部長中に、国際赤十字カンボジア難民救済活動医、タクラマカン砂漠での医療活動などにも従事。1996年、東京都大田区に眞田クリニックを開業。脳血管障害を主体とした、脳神経の治療の入口(予防)と出口(後遺症)の治療に当たっている。『ボケは96%防げる!治せる!』(主婦と生活社)、『自分で見つけて治す隠れ脳梗塞』『とまどいボケありませんか?』(ともにマキノ出版)など、著書、監修書多数。
▼眞田クリニック(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
[別記事:脳梗塞の最新事情を脳神経外科医が解説!脳梗塞を起こしやすい人チェックリスト→]
早く受診するほど治療の選択肢が増える
広い意味の脳梗塞には、無症状か軽微な症状である、ラクナ脳梗塞(隠れ脳梗塞)も含まれます。しかし、それ以外の発作を起こす脳梗塞では、疑わしい症状が出たとき、直ちに救急車を呼ぶことが大切です。
対処のやり方次第で、生命や後遺症の重度が左右されます。そのため、どんなときが脳梗塞の緊急事態なのかを覚えておきましょう。
脳梗塞の発作というと、意識を失って倒れるというイメージがあるかもしれません。そのような場合は、もちろん急を要しますが、他にも脳梗塞が疑われる兆候があります。
特に気をつけたいのが、以下に挙げる三つの危険なサインです。これは、覚えやすいように英語の頭文字で「FAST(ファスト)」と呼ばれています。順番に説明していきましょう。
F=Face:顔のマヒ
脳梗塞による顔のマヒは、顔の左右一方がゆがんだり、下がったりするのが特徴です。「イー」と発声しながら笑顔を作ってみると、これらの症状がわかりやすくなります。
A=Arm:腕のマヒ
左右一方の腕に力が入らなくなる症状です。手のひらを上に向けた状態で、両腕を前に伸ばそうとしたとき、一方の腕が上がらない、あるいはいったん上がっても維持できず、徐々に内側を向いて下がってくる場合は、腕のマヒが疑われます。目を閉じて行うと、より症状がわかりやすくなります。
S=Speech:言葉の障害
何かを言おうとしても、言葉がなかなか出てこなかったり、ろれつが回らなくて言葉が不明瞭になったりする症状です。
T=Time:発症時刻
以上のような症状が見られた場合は、発症時刻を確認した上で、すぐに119番に電話しましょう。
この他、物が二重に見える「複視」という症状が急に起こったときにも、脳梗塞の恐れがあります。この場合も、早急に神経内科か脳神経外科にかかってください。
FASTのような、明らかな神経症状が出たときは、可能な限り、4時間以内に「血栓溶解療法(t-PA療法)」が行える医療機関に行くのが最初の目安です。
これは、t-PAという薬を急速に点滴して血栓(血液の塊)を溶かす治療法で、発症後4時間半以内に開始する必要があります。この時間を超えると、脳出血の恐れが出てくるため、行えなくなります。
もし、4時間半以内に治療が開始できなかった場合でも、8時間以内に治療が開始できれば、血管内にカテーテル(管)を通して、血栓を溶かす薬を直接患部に投与する「脳血管内治療」が行えます。
また、48時間以内なら、血が固まるのを防ぐ抗凝固剤を投与し、それ以上の症状悪化を防ぐことができます。さらに、3〜4日以内であれば、脳梗塞を起こした部位の周囲の血流をよくする治療により、症状を軽減する効果が期待できます。
このように、発症からの時間に応じてできる治療法が決まりますが、いずれにしても、早ければ早いほど高い治療効果が望め、後遺症も軽くなります。疑わしい症状があれば、「しばらく様子を見よう」「朝になってから」などと思わず、すぐに医療機関に行きましょう。
呼吸の確保と窒息防止は必須の応急処置
では、もしも目の前にFASTの症状や意識障害を起こした人がいたら、どうしたらいいのでしょうか。
その場合は、すぐに救急車を呼ぶとともに、以下の対処をしましょう。これは、脳出血など他の脳卒中でも同じなので、ぜひ覚えておいてください。
①呼吸の確保
ネクタイやベルト、ネックレスなどの体を締めつけるものを外し、あごを上げてらくに呼吸できる姿勢にします。
②窒息防止
嘔吐してしまったときに、吐瀉物をのどに詰まらせないよう頭を横向きにします。もし、吐瀉物が口の中に残っているときは、布を棒に巻いたものなどを使い、できるだけ取り除いてください。
なお、FASTのAに当たる腕のマヒは、自覚症状としては、まず「しびれ」を感じることが多いものです。左右一方の手のしびれは、頸椎(首の部分の背骨)が変形・狭窄し、神経が圧迫されて起こる「頸椎症」でも見られます。
この場合、症状はよくなったり悪くなったりをくり返すことが多く、痛みを伴って慢性化することもあります。こういった点が、急に発症する脳梗塞と異なりますが、判断が難しいことも多くあります。
そのため、迷ったら早急に、前述した医療機関を受診するようにしてください。

この記事は『安心』2022年3月号に掲載されています。
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