解説者のプロフィール

眞田祥一(さなだ・しょういち)
医学博士。1944年、東京生まれ。東京慈恵会医科大学卒業、同大学院修了。日本赤十字社大森赤十字病院脳神経外科部長中に、国際赤十字カンボジア難民救済活動医、タクラマカン砂漠での医療活動などにも従事。1996年、東京都大田区に眞田クリニックを開業。脳血管障害を主体とした、脳神経の治療の入口(予防)と出口(後遺症)の治療に当たっている。『ボケは96%防げる!治せる!』(主婦と生活社)、『自分で見つけて治す隠れ脳梗塞』『とまどいボケありませんか?』(ともにマキノ出版)など、著書、監修書多数。
▼眞田クリニック(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
検査法の発展により早期発見できるようになった
現在、日本は世界でもトップクラスの長寿国となり、平均寿命は延び続けています。その理由の一つが脳卒中の減少です。
脳卒中とは、「脳に原因があって突然倒れる病気」を指します。「卒」は突然、「中」は当たるという意味なので、まさに文字通りの病気です。
主要な病気としては、脳の細い血管が破れる「脳出血」、脳の比較的太い血管が詰まる「脳梗塞」、先天的な脳血管のコブや奇形が原因となる「くも膜下出血」があります。
かつての日本では、脳卒中による死亡率のうち、圧倒的に多くを脳出血が占めていました。しかし、代表的な危険因子である高血圧の対策に力が注がれたことで、これは減少しました。
一方、1970年代後半から増えたのが、脳梗塞です。しかしこれも、検査法が発展し早期発見ができるようになったため、現在は脳梗塞・脳出血ともに死亡率が減っています。
ここで注意したいのが、脳梗塞の患者自体は減っておらず、逆に増えている点です。これは前述の通り、かなり早い段階から、脳梗塞が診断(発見)されるようになってきたためです。
ではここで、脳梗塞が起こるしくみを紹介しましょう。
脳梗塞は、基本的に動脈硬化を基盤として起こります。その原因は、動脈壁の最も内側にある内皮細胞が、高血圧、脂質異常症、ストレス、喫煙といった危険因子によって傷つき、はがれてしまうことにあります。
このとき、血中にLDL(悪玉)コレステロールが多いと、内皮細胞の内側に入りこんで酸化します(酸化LDL)。
酸化LDLは、接着因子というものを誘導し、血中にいる免疫細胞(体内の有害物質を攻撃する細胞)を引き寄せます。これが、血管壁内で多量の酸化LDLを食べて死ぬことで、血管壁にドロドロした脂質(アテローム)がたまります。
その結果、血管壁が厚くなり血液の通り道が狭くなります。同時に、傷ついた血管壁を修復するために、修復役である血小板が集まって固まることで、血栓という血の塊ができます。それにより、さらに血液の通り道が狭くなってしまうのです。
こうして、血液の流れが悪くなったり、詰まったりして起こるのが脳梗塞です。
「急な大発作」も実はリスクが蓄積した結果
■脳卒中(脳血管障害)の種類

①ラクナ脳梗塞(隠れ脳梗塞)
脳の細い血管が狭くなって起こる、ごく小さな脳梗塞。症状がないか、軽微(軽いしびれや運動障害、言語障害など)で一時的なため、気づかないことも多い。放置すると②や③が起こることもある。
②アテローム血栓性脳梗塞
脳の太い血管の壁に、脂質(アテローム)がたまるとともに、血栓ができて詰まる脳梗塞。
③心原性脳梗塞(脳塞栓症)
心臓にできた血栓が流れてきて、脳の血管に詰まる脳梗塞。急激に症状が起こりやすい。
脳梗塞には、主に上のような種類があります。
先ほど、脳卒中とは「脳に原因があって突然倒れる病気」と言いました。倒れて意識障害や半身マヒなどを起こすことを「大発作」と呼びますが、昔は、脳卒中といえば大発作を起こすものと決まっていたわけです。
ところが、特に脳梗塞に関しては、それよりずっと前の段階で見つかることが多くなり、いわゆる脳卒中とは言えないケースも増えています。そういったこともあり、近年では脳卒中より、脳血管障害という用語が一般的になりつつあります。
ちなみに、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)で血管系の症状を起こしやすいのは、ウイルスが前述の接着因子に何らかの関与をするためと考えられています。
一方、新型コロナの影響で外出を控える結果、運動不足やストレスで、隠れ脳梗塞が進む人が増えていると考えられます。
多くの脳梗塞は、隠れ脳梗塞から徐々に進みますが、実際は突然大発作を起こすように見えるケースが少なくありません。
脳の働きは、例えば、ある機能をつかさどる脳細胞のうち、5割が障害を受けても症状が出ないのに、6割になったとたんに重大な症状が出ることがあります。この境界を「閾値(いきち)(機能的限界)」といいます。
急な発症に見えても、それまでは閾値に達していなかっただけで、実はリスクが積み重なっていた場合があるのです。これを知っておき、早めに対策するのが大事です。
大発作を起こしたら、即刻受診すべきなのは言うまでもありません。もっと軽い段階で脳梗塞を疑ったら、神経内科や脳神経外科を受診しましょう。
医療機関では、頭部のCTやMRIなどの画像検査、各種の神経系検査などが行われます。脳梗塞であることがわかったら、程度と症状に応じて、血栓を溶かす薬の投与、血管に管(カテーテル)を通して行う血管内治療などを行います。
脳梗塞は、昔に比べて後遺症が残りにくくなっていますが、それでも半身マヒ、運動失調、認知機能低下、知覚や言語、視覚などの障害、排泄障害が残ることがあります。後遺症を防ぐためにも、早期発見・治療とセルフケアを心がけましょう。
遺伝の要因があったら他の危険因子を減らそう
生活習慣などの面で、どんな人が脳梗塞を起こしやすいかを知っておくと、効果的な対策を講じるために役立ちます。
●遺伝
脳梗塞の最も大きな危険因子は、実は「遺伝」です。病気そのものが遺伝するわけではありませんが、それを発症しやすい体質が引き継がれるのです。
医学的研究を行うための実験動物を作る際、血圧が高くなりやすいラット(小型ネズミ)同士をかけ合わせると、高血圧になるラットができます。さらにそれをかけ合わせると、脳卒中を起こす確率が非常に高い「脳卒中ラット」ができるのです。
このことからも、脳血管障害には遺伝の影響が大きいことがわかります。遺伝は避けられない要因だからこそ、他の危険因子を減らすことが大切です。
●年代・性別
男女を問わず、脳梗塞を起こしやすいのは中高年以降です。しかし、ピークの年齢は、この20年ほどで10歳以上後ろにずれました。かつては、45歳くらいの人に隠れ脳梗塞が多く見られました。現在では55〜60歳くらいが中心になっています。
なお、30代以下の若い世代では、女性より男性のほうが脳梗塞を起こしやすく、40〜50代以上では女性に多くなります。
●性格
どちらかというと、のんびりした性格の方が、脳梗塞を起こしにくい傾向はあるでしょう。せっかちな人や怒りっぽい人は、血圧が乱高下しやすくなり、その影響から脳梗塞のリスクが高まると考えられます。
●喫煙・飲酒
タバコは高血圧や動脈硬化を進める大きな危険因子なので、当然、脳梗塞のリスクも高めます。喫煙している人は、まずは禁煙しましょう。
お酒は、少量であれば、脳梗塞のリスクを高める心配はなさそうです。1日の目安は、日本酒なら一合、ビールやチューハイなら500ml程度です。
●運動・生活リズム
運動不足や不規則な生活は、脳梗塞のリスクを高めることがわかっています。外に出かけることが少ない出無精の生活も、脳梗塞のリスクを高めます。
●体形
脳梗塞を起こす患者さんには、明らかに肥満の人が多く見受けられます。おそらく、高血圧や動脈硬化を起こしやすくなるためでしょう。中肉中背かやせ型の方が安心です。
血圧が低くなり過ぎて脳梗塞になることも
●職業
脳梗塞と深く関連する、特定の職業はありません。しかし、近年はニュースになりやすいこともあり、ミュージシャンやアーティストに多く発症している印象を持つ人もいるでしょう。
理由をあえて推測すると、喜怒哀楽などの情動を感じながら創作や表現をするため、血圧や血管が大きく変化しやすいことが影響しているのかもしれません。逆に言うと、情動の影響が少なく、淡々とこなすような職業の人は、脳梗塞のリスクが少ないと考えられそうです。
●薬剤との関係
脳梗塞のリスクを高めることが明らかになっているのは、女性が飲むピル(避妊薬)です。
一方、血圧を下げる薬である降圧薬については、服用によって動脈硬化を起こしにくくなるため、脳梗塞のリスクも下がるというのが全体的な意見です。
ただし、70歳以上になると、自律神経(内臓や血管の働きを調整する神経)の血管調節力が低下する人が多くなります。その場合は、血圧を下げればよいとも言いきれなくなります。
こうした人は、血圧が低くなり過ぎて、必要な血流が確保できず、脳梗塞のリスクが高まる恐れもあります。主治医とよく相談し、ベストの血圧を保つようにしてください。
●時間帯・季節
一般に、脳梗塞を起こしやすいのは朝の時間帯です。季節的には、脳出血が冬に多いのと反対に、脳梗塞の発作は夏に多くみられます。多量の発汗で脱水傾向となり、血液がドロドロになって血管が詰まりやすくなるからです。
実は、熱中症と脳梗塞は似た病気で、その一部が重なっています。暑い日や汗をかく日は、こまめに水分をとりましょう。
これらの項目を踏まえ、隠れ脳梗塞が疑われるかどうかを診断できるリストを下に記載しました。「うずまきなぞり」という方法も紹介しているので、ぜひチェックしてみてください。
脳梗塞を起こしやすい人チェック
◎チェックの数が多いほど要注意!
□家族や近親者に、脳梗塞を起こした人がいる。
□55歳以上である。
□せっかち、怒りっぽい性格である。
□喫煙習慣がある。
□運動不足である。
□就寝時間が遅いなど、生活が不規則である。
□外出することが少なく、家にいることが多い。
□肥満気味である。
□糖尿病、高血圧、心臓病などの基礎疾患がある。
□感情が高ぶりやすい職業についている。(ミュージシャン、アーティストなど)
□70歳以上で、降圧薬を服用している。
□暑い日や汗を多くかいた日に、あまり水分をとらない。
□下の「うずまきなぞり」がうまくできない。
〈うずまきなぞりのやり方〉
❶紙を用意し、5mm間隔のうずまきを5周ほど描く。
❷色違いのペンで、①のうずまきの間を、10秒以内で線に触れないようになぞる。
※2ヵ所以上はみ出したり、線が重なったりしたら、特に注意!


この記事は『安心』2022年3月号に掲載されています。
www.makino-g.jp