解説者のプロフィール

前橋健二(まえはし・けんじ)
東京農業大学応用生物科学部醸造科学科教授。1998年、東京農業大学農学研究科醸造学専攻博士後期課程満期退学。1999年、博士(農芸化学)号取得。2003年には米国モネル化学感覚研究所にて味覚遺伝子の研究に従事。同大学応用生物科学部醸造科学科助手、講師、准教授を経て、2016年より現職。著書に『「にごり酢」だけの免疫生活』(青春出版社)、共著に『旨みを醸し出す麹のふしぎな料理力』(東京農業大学出版会)などがある。
▼専門分野と研究論文(CiNii)
ホルモンの生成を促しストレスへの耐性も向上
タマネギは、血液をサラサラにするアリシンや体脂肪を減らすケルセチン、そのほかビタミンやミネラルなどの健康・美容によい成分を豊富に含む野菜です。
この栄養豊富なタマネギを乳酸発酵させたものが「発酵タマネギ」です。
発酵タマネギは、乳酸菌の作用によって腸内環境を整えます。タマネギ自体も、腸内でいわゆる善玉菌のエサとなるオリゴ糖が豊富です。発酵タマネギを常食し、腸内環境が整うと、お通じの調子や肌、免疫力(病気に対する抵抗力)の状態の改善などが期待できるのです。
発酵タマネギの作り方は実に簡単で、刻んだタマネギに水と塩を加えて数日間常温に置いておくだけです。また、発酵食品ならではの、ほのかな酸味と深いうま味も味わえます。
先日も私が出演したテレビ番組で紹介し、試食も行ってもらったところ、他の出演者さんから「簡単だから作ってみたい」「おいしい」などと好評でした。
乳酸菌は、私たち人間が生活する空間のいたるところに存在し、タマネギを洗っても、表面にはまだ乳酸菌が残っています。そのタマネギを刻むと、タマネギから出た水分で表面に付着した乳酸菌が増えて、発酵が始まるのです。
食中毒など、体に悪影響を及ぼす菌よりも乳酸菌は低温で増えます。そして、増える過程で乳酸を生成。周囲を酸性にすることでほかの菌の増殖を抑えます。
また、乳酸菌は増えていく過程で、うま味成分のアミノ酸や香りの成分なども生成します。乳酸による酸味とそれらの成分によって、発酵タマネギはおいしく仕上がるのです。
乳酸菌は腸内では、いわゆる悪玉菌の増殖を抑えて善玉菌を増やし、腸内細菌のバランスをよくします。
腸内環境が改善すれば、お通じの調子がよくなり、免疫力も整います。腸には、食べたものと一緒に侵入する細菌などから体を守るために、全身の7割以上の免疫細胞が集中しています。そのため、腸内環境が整えば、免疫力も整うと考えられるのです。
お通じの調子がよくなり、老廃物などの排泄がうまくいくようになれば、肌の状態もよくなるでしょう。
睡眠ホルモンであるメラトニンや、幸せホルモンといわれるセロトニンの生成に必要な成分も、腸で作られます。発酵タマネギを常食して腸内環境がよくなれば、快眠やストレスへの耐性も期待できるのです。
さらに、乳酸菌の中にはアミノ酸の一種であるGABAを生成するものもいます。GABAはリラックス効果をもたらしたり、血圧を下げたりするといわれています。
乳酸発酵によってタマネギの成分がどのように変化するのかについては、正確にはわかっていません。ただ、加熱によって変化するアリシンなどの成分を損なわずに、生のまま食べやすくするという点も発酵タマネギの魅力です。

加熱で乳酸菌は死んでも整腸作用は持続する
発酵タマネギに含まれる植物性の乳酸菌は、ヨーグルトなどの動物性乳酸菌と比べると、酸に強く、生きたまま腸に届くといわれています。
それでも、加熱調理をすると乳酸菌は死んでしまいます。しかし、死んだ乳酸菌も腸管の免疫細胞を刺激するため、免疫を調節する効果は期待できます。
つまり、発酵タマネギは、生のままサラダなどで食べても、加熱調理をしても、健康・美容効果が大いに期待できるといえるでしょう。
発酵タマネギを作る際には、衛生管理に十分に気を配ってください。乳酸菌が増える環境は、他の菌が増えるのにも適しています。容器や取り分け用のスプーンは、清潔なものを使いましょう。
低温に比較的強い乳酸菌は、冷蔵庫の中でも増えます。食中毒などが気になる方は、時間はかかりますが、最初から冷蔵庫の野菜室などで発酵させるとよいでしょう。
漬物屋さんの中には、材料の野菜を完全に滅菌してから、乳酸菌のみを添付して発酵させるところもあります。その手法をまねて、タマネギを熱湯にサッと通してから、市販の植物性乳酸菌飲料、例えばラブレ(カゴメ)などを少量加え、発酵を促すのもよいでしょう。
発酵タマネギは、冷蔵庫の中でも長期間保存すれば腐敗します。発酵を終えて冷蔵保存を始めたら、2週間を目安に食べ切ってください。

この記事は『安心』2022年3月号に掲載されています。
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