解説者のプロフィール

小田陽彦(おだ・はるひこ)
兵庫県立ひょうごこころの医療センター精神科部長・認知症疾患医療センター長。1977年、兵庫県西宮市出身。神戸大学医学部卒。医学博士。神戸大学医学部精神科助教、兵庫県立姫路循環器病センターなどを経て2017年より現職。精神保健指定医。日本精神神経学会専門医・指導医。日本老年精神医学会専門医・指導医・評議員。著書に『科学的認知症診療 5Lessons』(シーニュ)『高齢者への精神科の薬の使い方』(洋學社)がある。FacebookなどのSNSやYouTubeでも積極的に発信し、精神科医療・認知症治療の現状に問題を提起している。
▼兵庫県立ひょうごこころの医療センター(公式サイト)
日本で「抗認知症薬」として処方される薬剤は4種類
社会の高齢化に伴い、認知症患者数も増加の一途です。しかし「認知症を治せる」という薬は、未だ発明されていません。
ただし、抗認知症薬として認められている薬はあります。もし、あなたの家族にもの忘れの症状が出てきて、認知症が疑われるとき、「症状の進行を遅らせる薬なら存在する」と聞いたら「ぜひ、その薬を処方してほしい」と思いませんか。
ところがここには、大きな「落とし穴」があるのです。
私の勤務する病院は、認知症患者さんを積極的に受け入れています。患者さんを数多く診てきて思うのは「誤った処方により抗認知症薬を出されるケースが多過ぎる」ということです。
認知症は、その原因により4タイプに大別できます。
①アルツハイマー型認知症
脳に、アミロイドβという異常なたんぱく質がたまることで起こる認知症。記憶障害(もの忘れ)から始まる。患者数は全体の7割近くで最も一般的。
②血管性認知症
脳梗塞などによる脳血管障害が原因で認知機能が低下する症状。全体の2割近くと、アルツハイマー型に次いで多い。
③レビー小体型認知症
脳の神経細胞に特殊なたんぱく質ができることで発症する。特徴的な症状としてパーキンソン症状や幻視がある。
④前頭側頭型認知症
前頭葉や側頭葉を中心に脳の萎縮が進む認知症。比較的若い世代から発症しやすく、症状としては人格変容が目立つ。
さて、日本で「抗認知症薬」として処方される薬剤は、4種類あります。「アリセプト®️(一般名はドネペジル塩酸塩。以下同)」、「レミニール®️(ガランタミン)」、「イクセロン®️、リバスタッチ®️(リバスチグミン)」「メマリー®️(メマンチン)」です。
これらの薬は、レビー小体型認知症にも有効とされるアリセプトを除き、アルツハイマー型認知症にしか効果が認められていません。
その効果は平均して半年ほど症状の進行を遅らせるというものですが、個人差があります。副作用が出ることもあり、なかには怒りっぽくなったり興奮したりする人もいます。
症状の進行抑制には「人とのつながり」が有効
冒頭の「落とし穴」というのは、誤診によりアルツハイマー型以外の患者さんにも、抗認知症薬がしばしば処方されることです。効果が現れないばかりか、症状がさらに悪化します。
ある男性は、前頭側頭型認知症でしたが、別の病院でアルツハイマー型と誤診され、転院してきたときには、アリセプトを服用していました。過去に同じ病気で、アリセプトを飲んでいて家庭内暴力にまで発展した症例を経験していたため、この男性への投与を中止しました。
それから1ヵ月後、ご本人とご家族に様子を聞いたところ、「薬をやめても変わりない」とのこと。しかし、心理検査を受けてもらったら、認知機能がむしろ改善していました。効かない薬は、やめるに限ります。
メマリーは、中~高程度のアルツハイマー型認知症に有効です。しかしあるとき、軽度のアルツハイマー型認知症の、70代の女性が「10秒ほどボーッとしたあと様子がおかしくなる発作をくり返すようになった」と、来院しました。
薬の説明書を読んでいない医師にメマリーを処方されていたのです。メマリーはてんかん発作を誘発することがあるので、副作用を疑い中止すると、発作は止まりました。
こんな例もあります。高齢者施設から「入所している80代の女性が、急に怒りっぽく乱暴になった」と相談を受けました。
聞けば、最近になって常駐の医師からメマリーを処方されたとのこと。説明書の重大な副作用の欄には「激越、攻撃性、妄想、幻覚、錯乱」などが書かれていることから、副作用の可能性が大でした。服薬を中止したら、すっかり元に戻りました。
誤った処方による症状悪化を防ぐには、周囲が患者さんをよく観察し、変化を具体的に記録したうえで医師に相談すること(手順は下記を参照)。薬の説明書は「添付文書」といい、インターネットで公開されているので確認することも重要です。
ご家族の、わらにもすがる心情はよくわかりますが、抗認知症薬は使うのが難しい薬です。症状の進行を抑えるのに、薬よりも有効なのは、人とのつながりです。ぜひ患者さんと会話の機会を増やしてください。脳への刺激は、少なからずプラスの作用を生み出すでしょう。
【現状】抗認知症薬4種類はいずれもアルツハイマー型認知症の薬
(アリセプトはレビー小体型認知症にも適応)
【問題】アルツハイマー型ではないのに処方されるケースが多発
副作用で体調が悪化し認知機能がさらに低下することも。
【誤った処方を防ぐには】
手順❶ 1ヵ月くらい服用し、変化があれば具体的にメモする。
手順❷ 医師に報告し相談。薬を一度やめてみて、また変化を観察・メモしながら、適切な処方を探る。
★勝手に薬をやめるとかえって症状が悪化する場合がある。必ず医師と相談のうえ調整すること。

この記事は『壮快』2022年3月号に掲載されています。
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