解説者のプロフィール

矢吹拓(やぶき・たく)
1979年生まれ。群馬大学医学部卒業。前橋赤十字病院にて臨床研究を終了後、国立病院機構東京医療センター総合内科を経て、2011年から国立病院機構栃木医療センター内科に勤務。13年より内科医長。15年に「ポリファーマシー外来」を開設し、多剤併用問題における実践的な対策法を研究・模索している。YouTubeなどSNSを活用した情報発信にも積極的。ブログは「栃木県の総合内科医のブログ」で検索。
▼国立病院機構栃木医療センター(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
処方薬の見直しと調整で体調が上向くケースも
「ポリファーマシー」という言葉をご存じでしょうか。「多剤併用」を意味します。多くの薬を同時に服用することで起こるさまざまな問題が、近年取りざたされるようになりました。
特に高齢の患者さんは、症状に応じて複数の診療科を受診するうちに、多くの種類の薬を処方されがちです。そして、意図せぬ不適切な処方により、本来の薬の効果が阻害されたり、思わぬ副作用が現れたり、薬物依存に陥ったりといった有害事象が発生する可能性があります。
けれどもこれらの問題は、当事者にはなかなか気づかれにくく、特に複数の診療科にまたがる場合、誰かが主導権を取って調整する必要性を感じました。
私は、勤務する院内の勉強会でこの問題を知ったことから、2015年に「ポリファーマシー外来」を立ち上げました。
まずは整形外科から、システムを試験的に導入。というのも整形外科に入院されている高齢の患者さんは、ほかにも複数の持病があり、多くの薬を長期にわたり処方されているケースが多いと考えたからです。
内科医と病棟看護師・薬剤師のほか、地域の医療機関と連携する事務職も含めてチームを結成しました。薬の見直しを希望されるご本人やご家族との面談を経て、処方を調整します。
外来を開設した初年度は、対象となった患者数は47名。見直しの結果、処方されていた全422剤のうち、237剤が削減されました。割合でいうと56.2%の薬が調整され、1人当たり平均で、4剤を中止したことになります。
「体調が上向いた」という患者さんの声に手ごたえを実感し、いまや診療科の枠を越え、病院全体でポリファーマシーに向き合っています。
みなさんのなかにも、長期にわたって多くの薬を服用している人は少なくないでしょう。薬を飲んでいても症状が改善しない、あるいは薬のせいで体調が悪くなったと考えられる場合は、ぜひ医師に相談し、薬の処方を再検討してください。
市販のカゼ薬はそれだけで「多剤併用」
ポリファーマシーには「何剤からが多剤に該当する」といった明確な定義はありません。多剤併用が一概に悪いわけではなく、調整が必要なのは、実際に有害事象が起こっている場合や起こるリスクが高い場合です。
医師に相談する際は、率直に「薬が多いように感じる」と話してもいいですし、薬をいつも飲み忘れて余る場合は、正直にそう伝えましょう。「この薬を飲まなくても、体調をこの程度維持できているなら」という判断につながります。新たな薬が追加で処方されたときも、要望を申し出るチャンスです。
患者さんが「医師に『処方を見直して』といいづらい」という気持ちは、よくわかります。けれども、こうした相談に親身になってくれる医師こそ、信頼に足るといえるでしょう。
どうしても医師に切り出しにくい場合、かかりつけ薬局の薬剤師に打ち明けるのも良策です。

こんなときは薬を見直すチャンス!
❶本人や家族が「薬が多い」と感じている
❷薬をしばしば飲み忘れる(残薬がある)
❸主治医から新たな薬が追加で処方された
ここまで、処方薬について述べてきました。実は、市販薬もポリファーマシーの危険性をはらんでいます。
例えば「総合感冒薬」、いわゆるカゼ薬です。標準で5~6種類の薬剤が組み合わされています。これ一つだけで、すでに多剤併用なのです。ふだんから処方薬を飲んでいる人は特に、飲み合わせによる副作用が現れやすくなります。
例えば、総合感冒薬に含まれているコデインや抗ヒスタミン、抗コリン薬などはそれぞれ副作用の多い薬効成分です。特に高齢者では、ふらつきや転倒などを起こしやすくなります。
カゼをひいても、安易に市販薬に手を伸ばすのは控えましょう。持病がある人は特に、かかりつけ医を受診して、総合感冒薬ではない、安全な成分の薬剤を処方してもらってください。
便秘薬も気軽に買えますが、注意が必要な薬の一つです。
センナ系などの刺激性下剤は腸を無理やり刺激するので、ときには腹痛や腹部違和感などを起こすことがあります。また、長期使用すると効果が乏しくなることもあります。
便秘の解消には、運動量や水分を増やすことや、食物繊維を摂取するなど、薬に頼らない方法を試しましょう。もし使うなら、マグネシウム剤や、合成糖のラクツロースなどが配合されている薬を選んでください。
どんな薬剤も、使い方しだいで毒にも薬にもなりえます。ご自身に合った適切な処方が見つかれば、さらに治療効果が上がるはずです。見直す際は必ず医師に相談しながら、うまく薬とつきあっていきましょう。

この記事は『壮快』2022年3月号に掲載されています。
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