解説者のプロフィール

高野秀行(たかの・ひでゆき)
1966年、東京都八王子市生まれ。ノンフィクション作家。著書に『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』 『幻のアフリカ納豆を追え!』(いずれも新潮社)など多数。発売中の月刊絵本『たくさんのふしぎ』(福音館書店)2月号(2021年12月20日発売)において「世界の納豆をめぐる探検」をテーマに執筆。
ミャンマーのゲリラ宅で食べた「卵かけ納豆ご飯」
私は長年、世界の辺境を巡り、その土地の人や文化について本にまとめてきました。モットーは、「誰も行かないところ(辺境)へ行き、誰もやらないことをやり、誰も書かない本を書く」。
そのスタンスのまま、追いかけているテーマの一つに、「納豆」があります。これまで長きにわたり、未知の納豆を求めて世界の辺境を巡ってきました。
というと、「納豆って、日本だけの物では?」と疑問を持つ人もいるでしょう。実は納豆は、日本以外のいろいろな国に存在しています。
海外での納豆との最初の出合いは、20年以上前。タイ北部の町チェンマイで、妙に懐かしい味の野菜スープを食べたことがありました。
それはミャンマーやタイに暮らす少数民族シャン族が常食する、納豆を使ったスープでした。
この納豆は、直径10cm、厚さ2~3mmの円盤のせんべい状の物体。「トナオ」と呼ばれていました。形は違えど、味やにおいはまさに納豆です。これを火で炙ってから杵でつき、粉にしてスープに入れていたのです。

シャン族のトナオ(せんべい納豆)
それから10年ほどのち、私は、中国国境に近いミャンマー・カチン州の反政府ゲリラの民家で夕食をごちそうになりました。出されたのは、納豆と炊きたてご飯、そして生卵!
しょうゆでなく、塩味だったことを除けば、においも味も粘り気も、まるで日本の納豆そのもの。そのときは命さえ危うい旅の途中でしたから、納豆卵かけご飯を味わった時間は、夢を見ているようでした。
「なぜ、納豆がこんなところにあるのだろう?」。その疑問を解くため、その後私は納豆を追いかけてアジア各地を回りました。国でいえば、タイ、ミャンマー、ネパール、中国、韓国など。私は、これらの国で食される納豆を、「アジア納豆」と呼ぶことにしました。

バナナやシダの葉で包み発酵させるアジア納豆
一連の取材から、アジア納豆の正体の一端がわかってきました。
日本では昔から、煮大豆をワラに包んで発酵させ、納豆を作ってきました。ワラに納豆菌がいると学術的にも説明されてきたのです。
ところが、アジア納豆は、バナナやパパイヤ、クワの木などの大きな葉やシダの葉で包んで発酵させます。どんな葉にも納豆菌がいるのです。日本の納豆同様ネバネバしていますが、糸引きはやや弱めです。

中国の苗(ミャオ)族はシダの葉で納豆を作る。
日本の納豆は、さほど日持ちせず、冷蔵保存する必要がありますが、アジア納豆は、常温で長く保存ができる物が基本です。せんべい状あるいは、粒の状態で乾燥させ、長期保存できるよう工夫されています。
ミャンマーのカチンでは、納豆にショウガや唐辛子を加えて竹筒に入れ、長期保存を可能にした「竹納豆」にも出合いました(上のプロフィール写真で手にしているのが竹納豆)。
インドとミャンマー国境で暮らすナガ族は、元首狩り族だった(1960年代まで)そうですが、納豆を愛好しています。
彼らの「古納豆」は、煮豆をイチジクの葉で包み、1ヵ月以上熟成させた物。納豆をみそのように使い、野菜とともに煮込んで納豆汁に仕立てます。
私が食べたのは、菜の花の納豆汁でした。菜の花はあえて食さず、上品な甘さと香りだけを楽しむという洗練されたスープです。

ナガ族の古納豆
日本の納豆は、ほかの食材と組み合わせるときも粒のままで、「俺は粒だぜ」と主張してきますが、アジア納豆は、ペースト状にされて、だしの素やうま味調味料として下働きすることも厭いません。
よく、日本在住の外国人の取材などで、日本人のインタビュアーが、「納豆を食べられますか」などと、質問するシーンをよく見かけます。アジア納豆を取材するうちに、私自身は、そういった質問に違和感を覚えるようになりました。
私としては、「日本はひょっとして納豆後進国なのではあるまいか」という思いもあるからです。
東京に住んだこともあるシャン族の友人から、「日本の納豆は味が一つしかないからね」と、日本の納豆の食べ方や味は単調じゃないかと、文字どおり上から目線で指摘をされたこともありました。
確かにシャン族の人たちは、納豆をおやつとしてつまんだり、調味料として料理に入れたりと、さまざまな形で食し、結婚のときにはお寺に寄進します。別の友人は、「トナオは、僕たちのソウルフードなんだ」と自慢げに語ったものでした。
アフリカ納豆もにおいや味は日本と同じ
アジア納豆を追いかけているうちに、私は、アフリカにも納豆があるという情報を得ました。そして思いがけず、アフリカでも納豆探索の旅をすることになりました。
ナイジェリアの納豆は、「ダワダワ」といって、パルキアという木の豆から作ります。パルキア豆は、大きな木からぶら下がる長さ20cmほどもあるさやから取り出します。
形は異なる物の、作り方は日本の納豆とほぼ同じ。ネバネバしていて、においも味も納豆そのものでした。日本に持ち帰り、納豆菌がいることも確認しました。

ナイジェリアの市場で納豆を売る女性たち。
サハラ砂漠の南に位置する内陸国、ブルキナファソでは、ハイビスカスの種から作る納豆に出合いました。ハイビスカスの種はアサガオの種のように小さくて黒くてかたい物です。
これを手をかけて発酵させ、「ビカラガ」という納豆を作ります。しかも、ハイビスカス納豆は、だし専門。だしをとったら、種を捨ててしまうのです。
セネガルでは納豆を「ネテトウ」と呼び、オクラや米といっしょに食べています。現地で案内してくれた人は、「ネテトウは薬だ」といって、体によい物、と捉えているようでした。
アジアもアフリカも、世界の納豆はいろいろ違いがありますが、共通項もあります。
それは、納豆は辺境食であるということです。海から遠く、土地がやせていて、肉や魚が手に入りにくい場所において、納豆は貴重なたんぱく源でした。同時に、料理に欠かせないうま味調味料でもありました。生活が厳しい地域において、皆の健康を支えるため、納豆は食べられてきたのです。
納豆が、日本だけの伝統食品ではないことが、わかっていただけたでしょうか。納豆の世界は驚くほど奥深いのです。世界の納豆に思いを馳せつつ、納豆を食べてみてください。より味わい深く感じるはずです。

この記事は『壮快』2022年3月号に掲載されています。
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