解説者のプロフィール

水谷哲也(みずたに・てつや)
東京農工大学農学部附属感染症未来疫学研究センターセンター長・教授。1994年、北海道大学獣医学部大学院博士課程修了。博士(獣医学)。国立がんセンター研究所ウイルス部研究員、北海道大学大学院獣医学研究科助手、国立感染症研究所主任研究官などを経て現職。専門はウイルス学。著書に『新型コロナウイルス超入門:次波を乗り切る正しい知識』(東京化学同人)など。折り紙やボタニカルクイリングの講師としても活動。
納豆の抗ウイルス作用について研究を開始
私がセンター長を務める東京農工大学感染症未来疫学研究センターは、2021年7月、「納豆」と新型コロナウイルスに関する新しい研究成果を国際学術誌に発表しました。
その内容は海外でも大きな注目を集め、タイムズ紙(世界最古のイギリスの日刊新聞)のウェブ版など、80社を超えるニュースサイトで報道されました。ここでは、この研究の内容を、わかりやすく紹介しましょう。
新型コロナに限らず、新しいウイルスが出現した際、重要なのは、いかに最初に感染者を増やさないか、ということです。感染者数が抑えられれば、ワクチン開発など、対策を講じる時間的余裕ができるでしょう。
感染者数が増えれば、変異株も生まれやすくなります。そうして生まれた新たな変異株は、せっかく開発したワクチンで抑え込めない可能性もあり、いたちごっこになってしまいます。
では、どうやって感染者数を抑えればよいのでしょう。考えられるアプローチの一つに、食品による感染対策があります。
新型コロナウイルスに対しても、どんな食品を食べれば感染抑止効果があるのか、世界中の研究者が探求を続けています。
ただ残念なことに、それらの研究のほとんどは、食品のウイルスに対する間接的な効果を調べるものです。例えば、ある食品を摂取すると、免疫力がアップし、その結果として、新型コロナウイルスにかかりにくくなる、というようなことです。
そこで私たちは、納豆を使って、より直接的に食品から「抗ウイルス作用」が得られないか、調べることにしたのです。
なぜ、納豆なのでしょうか。その理由は、納豆に含まれる「たんぱく質分解酵素(プロテアーゼ)」にあります。
納豆は、納豆菌に含まれるプロテアーゼにより、大豆のたんぱく質が分解されることで作られます。納豆には、なんと80種類ものプロテアーゼがあるとされています。
新型コロナをはじめとするウイルスも、たんぱく質でできています。ですから、私たちは、数多くある納豆のプロテアーゼのなかに、新型コロナウイルスに効く酵素があるのではないかと考えたのです。
新型コロナウイルスの表面には、「スパイクたんぱく質」と呼ばれる、王冠のような突起状の出っ張りがあります。このスパイクたんぱく質が、私たちの細胞の「受容体」にくっつくと、感染が起こります(下項の図①参照)。
このスパイクたんぱく質を、納豆の力で分解できれば、感染が阻害できるのではないか、と私たちは考えました。
ウイルスの突起を納豆抽出液が分解
そこで私たちは、次のような実験を行いました。
納豆と実験溶液を試験管に入れ、よくかき混ぜます。そこから、納豆の上澄み(抽出液)を取り出します。この抽出液に新型コロナウイルスを入れたあと、培養細胞に添加。どんな変化が起こるか調べました。
すると、期待したとおり、培養細胞において、新型コロナウイルスの感染を完全に阻害することがわかったのです。
同時に、市販のスパイクたんぱく質を使った実験を実施。スパイクたんぱく質に納豆抽出液を加えると、その突起が分解され、ウイルスは突起のない、真ん丸の形状になるということも確かめました(下図②、③参照)。

❶新型コロナウイルスの表面にあるスパイクたんぱく質が細胞にくっつくと感染が起こる

❷納豆から抽出したたんぱく質分解酵素(プロテアーゼ)がスパイクたんぱく質にくっつくと…

❸スパイクたんぱく質の突起部分(受容体結合領域)が分解された!
つまり、納豆抽出液に含まれるプロテアーゼが、ウイルスのスパイクたんぱく質を分解することで、ヒトの細胞の受容体にくっつくことができず、感染を阻害する、ということが明らかになったのです。
これらは試験管内での実験結果ですが、人体においても、納豆が新型コロナウイルスに対して有効に働く可能性が示されたといってもよいでしょう。
今回の新型コロナウイルスが収束しても、今後さらに別のウイルスが出現するかもしれません。それに対抗するための武器として、納豆は、心強い味方となる食材に違いありません。今後も、臨床研究も含めて、研究を深めたいと考えています。

この記事は『壮快』2022年3月号に掲載されています。
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