解説者のプロフィール

新井基洋(あらい・もとひろ)
横浜市立みなと赤十字病院めまい・平衡神経科部長。1964年、埼玉県生まれ。89年、北里大学医学部卒業後、国立相模原病院、北里大学耳鼻咽頭科を経て現職。95年に「健常人OKAN(視運動性後眼振=めまい)」の研究で医学博士取得。96年、米国ニューヨークマウントサイナイ病院において、めまいの研究を行う。日本めまい平衡医学会専門会員、代議員。著書に『めまいは自分で治せる』(マキノ出版)、『全国から患者が集まる耳鼻科医のめまい・ふらつきの治し方』(KADOKAWA)など多数。
▼横浜市立みなと赤十字病院
▼専門分野と研究論文
日本の診療ガイドラインでも推奨されている
私が勤務する横浜市立みなと赤十字病院のめまい・平衡神経科では、患者さんのめまい・ふらつきを診察して、最適なリハビリ(機能回復訓練)を外来で指導しています。その人数は25年で、のべ25万人になります。
そして、親指を立てた「いいね!」のポーズで行う、目や頭のトレーニング「めまい体操」は、めまいの改善や再発予防のリハビリの基本メニューです。
こう説明すると、「めまいにリハビリ!?」「めまいは安静にしないといけないのでは?」と意外に思う人がいるかもしれません。
しかし、薬で治りきらない慢性的なめまいは、リハビリで治すのが世界的な常識です。アメリカではリハビリが標準治療になっており、日本の診療ガイドラインでも、2021年版から前庭神経炎のめまい治療で推奨されるようになりました。
なぜ、こうしたリハビリが効くのか理由を説明しましょう。
めまいは、平衡機能(体がバランスを取るための機能)の不調によって起こる症状です。人間の平衡機能は、視覚(目)、深部感覚刺激(足の裏)、前庭器(耳)という3ヵ所から集まる「バランスに関する情報」を小脳が集約し、それを全身の中枢である大脳が統括することによって保たれています。
視覚は、周囲の景色や動きを見ることで、体の位置や動きなどを感じ取っています。深部感覚刺激は、足裏の皮膚からの情報が脊髄(背骨の中を通る神経)を経て脳へ伝わることで、体の位置や動きといった情報を感じ取っています。
加えて、なくてはならないのが、耳の奥の内耳にある前庭器の働きです。
前庭器は、頭や体の動きと回転加速度を感知する「三半規管」と、体の傾き具合と直線加速度を感知する「耳石器」からなります。
前庭器からは、体の動きや傾きを伝える前庭神経が脳につながっていて、小脳に情報が集められます。前庭器は、当然ながら両耳に存在します。両耳の前庭器が正常に機能しているときは、私たちはバランスを保っていられます。
ところが、なんらかの原因でどちらかの耳に障害が起こると、平衡機能が低下してめまいやふらつきが現れます。めまいに伴う諸症状を改善するために、薬物療法は必要ですが、前庭器の左右差を改善しないかぎり、めまいは残ります。
前庭器の左右差を改善するには、リハビリをして、小脳の働きを高めることが有効です。
片側の三半規管や耳石器の機能が低下しても、小脳はその情報を補正して、左右差を軽減しようと働き始めます。
これを「小脳の中枢代償」と呼びます。小脳が平衡機能を補おうとする作用で、めまいの症状が落ち着いてくるというわけです。
めまいの9割は、内耳が関係しています。私が勧めるめまい体操は、目と頭(耳)を動かすことで、小脳の中枢代償作用を最大限に生かし、平衡機能を鍛え、めまいの改善と再発予防を目指します。
めまいが起こりやすい時間帯に行う
親指を立てて行うめまい体操には何種類かありますが、そのなかでも今回は2種類を紹介しましょう。詳しいやり方は下項をご参照ください。
めまいの起こり方を大きく分類すると、視界がグルグルと回る「回転性めまい」、体がフワフワと浮いているように感じる「浮動性めまい」、頭や体がグラグラと揺れている感じがする「動揺性めまい(不安定性めまい)」に分けられます。
動揺性めまいは高齢者に多く、加齢に伴う内耳機能の低下が一因です。今回ご紹介する2つのめまい体操は、浮動性と動揺性のめまいに特に効果があります。
めまい体操「はてな」は、首を横に傾けたときなどに感じるめまいを改善します。「振り返る」は、振り返る動作で感じるめまいを改善します。最初は「はてな」から始めて、慣れたら「振り返る」を実践するとよいでしょう。
めまい体操は、起床時と、夕方から夜にかけての時間帯の1日2セット行いましょう。なぜなら、このふたつのタイミングは、めまいが起こりやすい時間帯だからです。
毎日くり返しリハビリを行うことで、訓練したことが小脳に学習記憶され、平衡機能が回復します。その結果、めまいやふらつきが改善されていきます。
毎日少しずつ、短時間でかまいません。コツコツ継続することが大事です。
リハビリの目的は、弱っている機能を強化することです。上手にできないものや、頭が少しクラッとするようなものを重点的に行いましょう。
最初は上手にできなくても、あるいは気持ちが悪くなっても、毎日続けるうちに平衡機能が鍛えられて、すんなりできるようになります。あまりにもつらい場合は、いったん休んで、症状が落ち着いてから再開するのも一案です。
なお、めまいには重篤な病気が隠れていることもあります。めまいが何時間も続く場合や、頭痛や意識の薄れ、体のしびれや麻痺、耳鳴りや難聴を伴うめまいが発症したときは、早急に医療機関を受診しましょう。
めまい体操のやり方
朝起きたときと、夕方から夜にかけての時間帯の、1日2セット行う。
基本のポーズ
❶足を肩幅程度に広げて、イスに深く座る。
※背もたれがついたイスがお勧め。
❷親指を立てた利き手の腕を、真正面を見たときの視線の先、かつ肩の高さに、まっすぐ伸ばす。

❸はじめのうちは「はてな」を行う。
実践してもあまりクラッとしなくなったら「振り返る」を行う。
いずれも、「いち、に、さん、し」と声を出しながら行う。
めまい体操
はてな

❶目線を親指に向けたまま、できるところまで頭を右方向に傾ける。

❷目線を親指に向けたまま、できるところまで頭を左方向に傾ける。
❸①、②を計20回(10往復)くり返す。これを1セットとする。
めまい体操
振り返る

❶目線が親指から外れないギリギリのところまで、頭だけ右方向に回す。

❷目線が親指から外れないギリギリのところまで、頭だけ左方向に回す。
❸①、②を計20回(10往復)くり返す。これを1セットとする。

この記事は『壮快』2022年3月号に掲載されています。
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