解説者のプロフィール

宇佐美欽通(うさみ・よしゆき)
岐阜県立多治見病院眼科医。東京医科大学卒。複数の病院勤務を経て、現在に至る。2020年に開設したYouTubeチャンネル『目の悩みスッキリTV』では、"眼科に行かなくても済むための目のセルフケア"をコンセプトに、目に関する生活上のアドバイスや、目をよくするためのトレーニングなどをわかりやすく解説。著書に『1日1回2つの画像を見るだけで目がグッとよくなる本』(KADOKAWA)などがある。
近くを見続けると遠くがぼやけてしまう
眼科医の私からお勧めしたいセルフケアがあります。それは「遠近トレーニング」(やり方は下項参照)です。
これを視力回復トレーニングとして紹介したYouTube動画は、現在520万回以上再生され、私が配信している動画のなかでも屈指の視聴回数を誇っています。コメントには「ぼやけている物がハッキリ見えるようになった!」「視力がアップした!」といった喜びの声を多数いただいています。
遠近トレーニングは、視力回復のほかにも、目の疲れや渇きの解消や、老眼の発症や進行を遅らせる効果が期待できます。まずはその理由を、物を見るときの基本的なしくみを踏まえて説明しましょう。
私たちが物を見るとき、カメラのレンズのような働きをする水晶体と、その周りにある毛様体筋という筋肉がピント調節に携わっています。

目の構造
近くで物を見るときは、毛様体筋が縮んで水晶体を分厚くします。一方、遠くの物を見るときは、毛様体筋は緩んで水晶体を平べったくします。こうして、私たちは距離の異なる物でも、焦点を合わせて見ることができるわけです。
ところが長時間、近くで物を見続けると、毛様体筋がこり固まり、ピントが近くに合ったままになってしまいます。遠くの物に焦点が合わなくなり、ぼやけて見えるのです。この状態を「屈折性近視」といいます。
「スマホ老眼」という言葉をご存じでしょうか。スマホ(スマートフォン)は長時間、近くで画面を見続けがちになります。屈折性近視による視力低下を招きやすく、このように呼ばれることがあります。
これは、なにもスマホに限った話ではありません。本や新聞紙、テレビなども、長時間近くで見続ければ、毛様体筋はこり固まります。
毛様体筋を伸び縮みさせてコリをほぐす
さて、屈折性近視、つまり毛様体筋のこり固まりを解消するには、どうすればいいか。答えはシンプルで、ほかの体の筋肉と同様にほぐせばいいのです。
しかし毛様体筋に直接力は加えられません。そこで活用するのがピント調節の働きです。前述のとおり、見る物の距離によって、毛様体筋は伸びたり縮んだりします。遠くと近くを交互に見るのをくり返すことで、毛様体筋をほぐすのです。
遠近トレーニングはこの機序を利用します。毛様体筋をほぐしてコリが取れれば、本来のピント調節機能が戻り、遠くの物を見たときでも自然と焦点が合うようになります。また遠くを見ると、眼球を動かす筋肉である外眼筋の負担も減ります。
これらが、視力が回復し、目の疲れが取れる主な理由です。
先の解説で屈折性「近視」という言葉を使いましたが、治せない近視もあります。眼球自体が変形し、目の奥行が長くなった「軸性近視」です。
しかし、たとえ軸性近視があっても、屈折性近視を併発して視力が低下しているケースが多いので、屈折性近視を改善するだけでも、視力アップは十分見込めます。
毛様体筋は、リラックスするときに働く副交感神経という自律神経(意志とは無関係に働き、内臓や血管をコントロールする神経)の支配を受けています。遠くを見るときに、空なり山なり自然を見てリラックスすると、毛様体筋の働きがよくなり、効果がアップするでしょう。
涙を出す涙腺も副交感神経の支配下にあり、ドライアイの解消も期待できます。
また老眼の原因の一つに、加齢によって水晶体がかたくなることが挙げられますが、これも治せません。一方で、毛様体筋の衰えも老眼の原因の一つです。コリがないほうが毛様体筋は衰えにくいので、遠近トレーニングで老眼の発症や進行を遅らせる効果も期待できるでしょう。
遠近トレーニングの詳しいやり方は、下項をご参照ください。特に注意するのは、目を細めないこと。眼球を圧迫する恐れがあります。多少ぼんやり見えてもかまいません。
また集中するとつい疎かになりがちですが、まばたきは忘れないようにしましょう。これは遠近トレーニングに限った話ではなく、日常生活でも常日ごろ、意識してほしいことです。
遠近トレーニングは何回行ってもかまいませんが、無理のない範囲で行ってください。目が疲れるほど行うのは本末転倒です。一日に数をこなすよりも、毎日継続することが重要です。
ぜひ遠近トレーニングを、視力回復に役立ててください。
遠近トレーニングのやり方
ポイント
・1日に何回行ってもよいが、朝昼晩の3回がお勧め。
・目に異常を感じたら控える。
・メガネやコンタクトレンズを利用している人は、装着したまま行う。
・両目で行い、目を細めない。多少ぼやけて見えてもOK。
・まばたきを忘れないように注意する。
・目を温めてから行うのがお勧め。ホットタオルや10秒こすった手のひらを、まぶたの上から当てて温めるとよい。

❶利き手の親指を立てて、まっすぐ前を見たときの視線の先に、立てた親指の爪があるように腕を伸ばす。
❷立てた親指の爪を5秒見る。

❸顔を動かさずに、外の景色など6m先の物に視点を移して5秒見る。難しい場合は、家の中の3m先の物でもよい。

❹②と③を交互に5分くり返す。途中で指や腕が疲れたら、左右の手を入れ替えてもよい。

この記事は『壮快』2022年3月号に掲載されています。
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