解説者のプロフィール

神田良介(かんだ・りょうすけ)
北千束整形外科院長。帝京大学医学部卒業後、救急救命室で勤務ののち、一心病院整形外科医長、帝京大学リハビリ科助教を経て、1998年に北千束整形外科を開院。2000年より東邦大学医学部客員講師。患者さん一人ひとりに対する丁寧な問診と手技(ソフトマニピュレーション)で、現代医療では原因不明といわれる腰痛の改善に成果を上げている。著書に『腰痛がたちまち消える3秒ストレッチ』(アチーブメント出版)がある。
ストレッチが難しい人にも無理なくできる
私は8年ほど前に「親指伸ばし」を考案し、患者さんに腰痛の改善や再発防止策として指導しています。これは両腕を前へ伸ばして、片方の手は親指を立てた「いいね!」の形にし、もう一方の手でその親指を軽く引っ張るエクササイズです(やり方は下項参照)。
「どうすれば、患者さんたちに背すじを伸ばしてもらえるだろうか?」と考え、いろいろな方法を試行錯誤したことで、親指伸ばしの考察に至りました。
私たち人間の背骨を横から見ると本来、首から腰にかけて緩やかなS字型のカーブを描いています。しかし、パソコン作業を長時間したり、スマホを見過ぎたりすると、首が前に出て背中が丸まった姿勢がクセになります。
すると、背骨のS字カーブがくずれ、背骨や骨盤周りの筋肉と「筋腱膜(きんけんまく)」(筋肉の骨にくっつく部分)の過緊張が続きます。それが首や肩、腰の痛みやコリを招くのです。
したがって、腰痛を改善するには、まず姿勢を正すことがたいせつです。
背すじを伸ばして、首から腰まで体幹部全体の筋肉や筋腱膜の過緊張を緩めるには、両腕を真上にまっすぐ伸ばして頭上で手を組み、体を引っ張り上げるストレッチが効果的です。
けれども、四十肩や五十肩の人、腕を真上に上げられない高齢者のかたは、このストレッチができません。そうした人も無理なくできる方法をと思い、生まれたのが、親指伸ばしです。
腕を真上に伸ばすのは無理でも、たいていの人は肩くらいの高さまでは上がります。そこで腕を前へ伸ばし、親指を立て、もう一方の手でその指を引っ張ってみましょう。自然と背すじがピンと伸びるのがわかるはずです。
親指を引っ張ることで、顔が後ろに引かれて首や頭も正しい本来の位置に戻ります。これを立って行うことで、首から背中、腰まで効果的にストレッチできるのです。
腰が痛いという患者さんに、「背すじを伸ばしながら親指を引っ張ってみてください」と伝えると、拍子抜けされます。でも実際に行うと「腰が楽になった」と驚かれます。親指伸ばしは簡単な動作ですが、背骨を整え、筋肉や筋腱膜の緊張が緩むことで、腰痛が軽減するのです。
肩こりや五十肩の改善にもおすすめ
親指伸ばしは、筋肉や筋腱膜の過緊張による腰痛に、特に効果があります。具体的な病名としては、筋・筋膜性腰痛症、慢性腰痛、変形性腰痛症などが該当します。
骨粗鬆症による腰痛も、骨が弱いことで筋肉がうまく働かず、筋力が低下しているのが主な原因なので、親指伸ばしが効果的です。高齢者のかたには、腰痛予防やリハビリのためにも習慣にしていただきたいエクササイズです。
なお、急性腰痛症(ギックリ腰)の場合は、痛みの激しい急性期を過ぎてから行うとよいでしょう。再発防止策としても役立ちます。
親指伸ばしは腰痛だけでなく、肩こりから来る頭痛や手のしびれ、四十肩や五十肩といった筋肉由来の関節の痛みにも効果があります。
コロナ禍の影響で外出や運動の機会が減り、気づかないうちに姿勢が悪くなっている人は多いと思います。その姿勢をリセットするためにも、親指伸ばしを取り入れることをお勧めします。
「同じ姿勢のまま固まっているな」と気づいたとき、自分が行いたいと思ったときに、気軽に実践してください。
親指伸ばしのやり方
●1日に3~5セット行う。姿勢が気になるときや、思い立ったときなど、いつ行ってもよい。
※母指CM関節症など、親指付近が痛む人は無理のない範囲で行う。

❶立って行う。利き手の親指を立てて、真正面を見たときの視線の先に、立てた親指があるように腕を伸ばす。

❷もう一方の手の指で、立てた親指を手前に引っ張る。背すじが伸びていることを意識しながら3秒キープし、親指から指を離す。3~5回同様に行い1セットとする。

この記事は『壮快』2022年3月号に掲載されています。
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