あなたはこれまで、あなたらしく生きただろうか? もし、自分が自分らしく生きていたら、老いの充足感があるはずだ。充足感がなければ、若い頃の体験の何かが、今の老いた自分を「落ちぶれた」と解釈させている。〈人生を豊かにする心理学 第9回〉【解説】加藤諦三(作家、社会心理学者)

解説者のプロフィール

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加藤諦三(かとう・たいぞう)

作家、社会心理学者。東京大学教養学部教養学科卒業後、同大学院社会学研究科修士課程修了。東京都青少年問題協議会副会長を15年歴任。2009年東京都功労者表彰、2016年瑞宝中綬章を受章。現在は早稲田大学名誉教授の他、ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員、日本精神衛生学会顧問、早稲田大学エクステンションセンター講師などを務める。近著『心の名医シーベリー博士が教える幸せな生き方』(三笠書房)が好評発売中。

老いは不幸か?

「年を取ることは、できないことが増えて不幸になることだ」と考える人は多いでしょう。しかし、最近の長寿研究によると、長く生きるほど、人生の幸福感は高まっていくのだそうです。今回は、そんな「正しい老い」についてのお話です。

老いの一番の過ち。それは、老いることを「落ちぶれ」と解釈することである。

老いは、決して悪いことではない。むしろ、年を重ねることで現れてくる魅力もある。まず、老いてくると、物事の先が見えるようになる。見えなかったものが見えてくるからこそ、老いは楽しい。

さらに、人生において何が大事で、何が大事でないかがわかるようになる。そのため、取捨選択の判断も速くなる。

老いには、このようなよさがあるにも関わらず、それに気づかない人が、自分自身を勝手に「落ちぶれた老人」にしている。こうして、夢や希望を捨てたから、元気をなくした老人になる。

ここで、一つ質問だ。あなたはこれまで、あなたらしく生きただろうか?

もし、自分が自分らしく生きていたら、老いの充足感があるはずだ。充足感がなければ、若い頃の体験の何かが、今の老いた自分を「落ちぶれた」と解釈させている。

アメリカの大学で、心理学の教科書として使われている『The Developing Person Through the Life Span』という本がある(※1)。この本は、ハーバード大学でも使われているものだ。

※1 Kathleen Stassen Berger著、Worth Publishers, Inc.(1988年刊、P541~545)

ここに書かれている、ある三つの地域について紹介しよう。

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その地域とは、エクアドル南部にある「ビルカバンバ」、 ジョージア西部にある「アブハジア」、パキスタン北西部にある「フンザ」だ。これらは、極めて元気な長寿の人が多いことで、世界的に有名である。

さらに、この三つの地域には、次のような共通点がある。

一つ目は、3000フィート(約900m)以上の高地に位置していること。そのため、彼らにとっては、歩くことがエアロビクスになっている。

二つ目は、お年寄りが尊敬されていること。そして、その地域にある伝統が、お年寄りの役割を確かなものにしているということだ。

後者の影響があってか、これらの地域では、自分の年齢をあえて多く数える人がいるといわれている。なぜ、そのような嘘をつくかというと、お年寄りの方が尊敬されるからである。

一方、日本の場合は、自分を若く見せようとする人が多い。

この違いで大切なのは、嘘の原因となっている年齢観だ。前述の本によると、人が元気で晩年を迎えるには、遺伝的、あるいは生理学的なことよりも、その人の態度や活動の方が重要だそうだ。

そして、一般の偏見とは逆に、お年寄りは幸せで、健康で、活動的だと書かれている。つまり、年を取れば取るほど、人生は豊かになっていくはずなのだ。

現代では、世界中で長寿の人が増えている。アメリカでも1955年から1968年までの間に、1000人以上の人々が100歳を超えた。

この人々にインタビューをしたところ、皆元気に過ごしていた。車いすで生活している人はほとんどおらず、多くの人が仕事をしている。がんや心臓病のような、深刻な病気の人はいない。一人だけ、老人性の認知症に苦しんでいたが、肌などはきれいな状態だった。

さらに、この人たちは100歳を超えても、きれいな髪を維持している。そして何より、幸せに、活動的に生きている。 彼らは皆、「私は幸せです」と言っていた。

一方、残念ながら日本人は、長命であるが、長寿ではないとよく言われる。それは、年を取っても幸せに、活動的に生きている人が少ないからであろう。

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こうした長寿の考え方について、自己啓発の祖といわれるオリソン・マーデンは、次のように述べている(※2)

「人類は長い間、さまざまな化学物質に不老長寿の薬効を求めてきたが、実はその薬は、私たちの中にあるのだ」。

※2 オリソン・S・マーデン著、加藤諦三訳 『心の疲れをいやす生きかた』(三笠書房、1997年刊)、P60

老いとはそもそも、人生を前に進める過程の一つだ。だからこそ、老いは楽しい。

しかし、若い頃の華やかさを維持しようとすると、その楽しさを見失う。一つでも何かあると「退化した」と、マイナスに受け止めてしまうからだ。

私たちは知らないうちに、非現実的なほど高い期待を自分の人生にかけていることが多い。これについて、心理学者のデヴィット・シーベリーは「不幸を受け入れるべき」と言っている。避けられないことを受け入れることが、幸せになる秘訣なのだ。

花は、10日間は咲かない。それなのに、花をずっと咲かそうとするから、枯れることを老衰だと考えてしまう。

枯れるのは、悪いことではない。むしろ、運命を成就した証明であり、これにこそ究極の達成感がある。

大事なのは、花が咲かなくなったときのことを考え、用意すること。それが、一歩前に進むということだ。

若い頃の自分に固執することが、後の不満につながる。そして、そのせいで傲慢になる。若い頃と比較しない。元気だった頃を当たり前だと思わず、今の人生を楽しむ。そうすれば、本当の幸せに気がつくだろう。

画像: イラスト:中島智子

イラスト:中島智子

画像: この記事は『安心』2022年2月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2022年2月号に掲載されています。

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