解説者のプロフィール

益崎裕章(ますざき・ひろあき)
京都市生まれ。1989年、京都大学医学部卒業。96年、京都大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士(分子医学専攻)。ハーバード大学医学部招聘博士研究員・客員助教授や京都大学講師を経て、2009年、琉球大学大学院医学研究科教授。14年、琉球大学医学部附属病院 副病院長・栄養管理部長。15年、琉球大学医学部副医学部長。多くの全国紙記事での解説を手掛け、テレビ番組に多数出演。
▼専門分野と研究論文(CiNii)
白米を玄米に換えたら体重が減り血糖値が改善
私は2009年に、それまで勤めた京都大学から、琉球大学医学部の教授に着任しました。ちょうどそのころ、かつて世界屈指の長寿地域だった沖縄県は、肥満や糖尿病、高血圧の患者さんが増加。さらに都道府県別の平均寿命ランキングの順位が下がっていたのです。
私たちはこの状況を「沖縄クライシス」と名付けました。沖縄クライシスの主な原因は、食生活の変化が考えられます。具体的には、近年、ハンバーガーなどのファストフードが広く普及し、イモ類や玄米を使った伝統的な料理を食べなくなったことが挙げられます。
そんななか、肥満の人が主食を玄米に換えてやせた、という例にいくつか遭遇しました。なかには、脂肪肝などが改善した例もありました。
このことから、私たちは「玄米は肥満の改善など、生活習慣病の改善に有効ではないか」と考えました。そして、メタボリックシンドロームの壮年期男性を対象に、8週間、1日3回の白米主食を等カロリーの玄米に置き換える臨床試験を行いました。
すると、顕著な体重減少、食後血糖値の改善といった効果が明らかになったのです。
この結果を受け、さらに玄米の成分に着目した研究を進めました。そして、米ぬかに多く含まれる「γ(ガンマ)-オリザノール」という成分が、肥満や血糖値の改善において非常に重要な働きをしている、ということを世界で初めて明らかにしました。
アトピー性皮膚炎や花粉症、ぜんそくが緩和
肥満をはじめとした生活習慣病に深くかかわりがあるのは、ファストフードなどに多く含まれる「動物性脂肪」です。
これには、お酒やタバコなどと同様の中毒性(依存性)があり、摂取し続けても満足できず、暴飲暴食につながることがわかっています。
マウスに動物性脂肪のみ与え続ける実験では、まず、マウスがしだいに動かなくなるのが観察されました。そして、動物性脂肪を食べ続けるのでどんどん太っていき、血糖値は上昇。動物性脂肪を与えないと、落ち着かずにイライラするという依存状態も見られました。
この原因に、「小胞体ストレス」が挙げられます。これは細胞の中にある小胞体という器官に、異常なたんぱく質が蓄積していく状態です。小胞体ストレスが続くと、細胞はそれを止めようと自殺してしまいます。
そして動物性脂肪の過剰摂取は、食欲中枢(視床下部)で小胞体ストレスを誘起します。血糖値コントロールに携わる膵臓でも、小胞体ストレスを引き起こすのです。
満足感を得るのに携わる神経伝達物質「ドーパミン」も関係しています。ふだんの食事では、ドーパミンが脳の特定の細胞と結合することで、私たちは食が満たされたと感じます。しかし、動物性脂肪を過剰摂取すると、ドーパミンがその細胞に結合しづらくなります(脳内報酬系の異常)。
こうしたことが重なり、食の喜びが得られず、動物性脂肪の依存症は悪循環し、血糖値も上昇していきます。そして肥満や糖尿病、動脈硬化といった生活習慣病を患ってしまうのです。
私たちが研究で明らかにしたのは、γ-オリザノールがこの悪循環を遮断すること。食欲中枢や膵臓で起こる小胞体ストレスや、ドーパミンが結合しづらくなるのを防ぎます。
そして、食に対し「満たされない脳」から「足るを知る脳」に変わり、食行動や血糖値が改善するのです。実際、琉球大学医学部附属病院では、糖尿病や肥満症の患者さん(腎機能低下者を除く)に玄米食を勧めたところ、優れた成績を上げています。

γ-オリザノールの健康効果は、それだけに留まりません。食物繊維とともに、腸内細菌叢(フローラ)を改善することで、発酵代謝産物の産生が高まり、便秘の改善、アトピー性皮膚炎、花粉症、気管支ぜんそくなどのアレルギー症状の緩和、痩身効果などが期待できます。
また、米ぬかに含まれているフェルラ酸は、アルツハイマー型認知症の原因物質の作用を抑え、認知機能を改善させることが報告されています。
実は、このフェルラ酸と脂質が結合した物質がγ-オリザノールです。そして、γ-オリザノールもフェルラ酸と同様に、認知機能を改善させることが私たちの研究でわかりました。短期記憶に密接に関連する海馬という領域に働きかけ、物忘れの予防に役立つことも判明しています。
肥満や糖尿病、認知症などが気になる人は、ぜひ米ぬかをふだんの食事に取り入れてはいかがでしょうか。
[別記事:ほんのり甘くてコク深い! 栄養満点!食べる米ぬかの作り方→]

この記事は『壮快』2022年1月号に掲載されています。
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