解説者のプロフィール

佐藤周三(さとう・しゅうぞう)
佐藤診療所所長。脳神経外科医。慶應義塾大学医学部卒業。カリフォルニア大学サンフランシスコ校教授、国際医療福祉大学教授などを経て、2003年に佐藤診療所を開院。脳卒中の原因となる肥満を予防する必要性を感じ、「肥満大学」を立ち上げる。著書に『Dr. さとうの「肥満大学」プログラム キャラチェンジダイエット』(講談社)がある。
▼佐藤診療所(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
つま先に力を入れると立ち姿がきれいになる
私は、クラシックバレエを始めて7年になります。歳を重ねてからの新たなチャレンジでしたが、すっかり夢中に。今では、踊ることに加え、その健康効果についても研究するようになりました。
「つま先歩き」の健康効果については、私は身をもって実感しています。というのも、基本的に、男性のバレエダンサーはトゥシューズを履かずに、つま先立ちで踊るためです。
そもそも、ただぼんやり立っているのと、つま先で立っているのとでは、筋肉の働き方が大きく異なります。
下の女性の写真を見てください。左側の写真では、つま先立ちこそしていませんが、つま先にグッと力を入れています。ただ立っている右の写真に比べ、背すじがスッと伸びて、胸を張ったきれいな立ち姿になっていることがわかります。

モデル:NBAバレエ団 児玉彩香さん
一般的には、つま先立ちをすると、ふくらはぎの筋肉が強化されるといわれています。しかし実際には、ふくらはぎ以外にも、非常に多くの筋肉が使われており、それにより姿勢が整うのです。
ただ立っている場合には、固有背筋(脊柱起立筋など背骨を支える筋肉群)、大腰筋(上半身と下半身をつなぐインナーマッスル)、大腿四頭筋(太ももの前側の筋肉)などが姿勢の保持に使われている程度です。
しかし、つま先立ちしたときには、これらに加えて、お尻の表層を覆う大殿筋、太もも裏のハムストリングス、体の前側にある複数の腹筋群などが使われます。ほかにインナーマッスルでは、大腰筋に加えて、小腰筋、腸骨筋なども使われます。

これらは、私たちの体のなかでも大きい筋肉ばかり。それらが、つま先立ちによって、一斉に動員され、しっかり使われるわけです。つま先歩きをすれば、姿勢がよくなるだけでなく、これらの筋肉群の強化にもなります。
週に5日バレエの練習をしている私も、先にお伝えしたような主要な筋肉群が確実に強化され、体が引き締まりました。ヒップアップ効果も顕著で、下の写真のとおりのスタイルを維持しています。
体形のくずれが気になる中高年以降のかたに、つま先歩きは、よい姿勢、よい体形の維持という面からも勧められます。

均整の取れた体つきの佐藤先生
筋肉が強化され加齢による心身の虚弱を防ぐ
つま先歩きを行うことによって、筋肉強化を図ることができれば、高齢者にとって大きな問題となっている「フレイル」という状態を予防することもできます。フレイルとは、健康体から介護が必要な状態へ移行する途中の、身心ともに虚弱化した状態をいいます。
筋力の低下を含む身体機能の低下は、フレイルの重要な原因になることがあります。フレイルを防ぐためには、まずフレイルの前段階(プレフレイル)で衰えに気づき、対策を取ることがたいせつです。ではここでプレフレイルのチェック項目を挙げてみましょう。
①1年で5%以上の体重減(体重60kgの人の場合、3kg程度)
②わけもなく疲れを感じることが週4、5回ある
③歩行速度の低下(青信号で横断歩道を渡りきれない)
④握力の低下(ペットボトルのふたが開けにくい)
⑤活動量の低下
このうち、一つでも該当するところがあると、プレフレイルの疑いがあるとされています。皆さんはいかがでしょうか。
フレイルを引き起こす要因は、身体機能の低下だけではありません。メンタル面での変化や、交流の減少など社会的要因に加え、認知機能や、脳機能の低下も有力な要素と見なされています。
つま先歩きは、この脳機能の低下を予防するうえで有効であると私は考えています。
つま先歩きで脳活動の活性が期待できる
私は、バレエでつま先歩きをしている人の脳内の活動量の変化を、MRI(磁気共鳴画像診断)で調べました。

バレエを踊った際の脳の変化
上の右図を見てください。バレエを踊っているときの2秒ごとの脳活動のデータです。20秒ごとに4回バレエを踊ったところ、くり返す度に、脳活動の反応速度が速く、活動電位がより高くなっていました。
また、この実験時の脳の状態をMRI画像で見ると、小脳の活動が高まっていることが確認できました(上の左図)。
小脳は、身体のバランスを取ったり、運動の制御を行ったりする役割があります。つま先歩きを続けることで、小脳の活性化も期待できるというわけです。
さらにいえば、この実験の被験者は、62歳。若いかたではありません。つまり、年を取っても脳の活動を活性化することは可能、ということなのです。
これは、バレエ中のデータですが、つま先歩きを続けることでも、脳の活性化を図る効果が期待できるでしょう。
コロナ禍の影響で、多くのかたが家に引きこもり、その結果、運動不足になったり、高齢のかたはフレイルとなるリスクが高まったりしています。
運動不足解消のために、またフレイル予防や脳の活動量アップのために、今日からでもすぐにできるつま先歩きは、大いに勧められるものといえるでしょう。
ついででOK!すぐできる
つま先歩きのやり方
慣れるまでは、気がついたときに数歩つま先歩きするだけでOK。壁やイスにつかまりながら行ってもよい。慣れてきたら、1分を目安に歩きましょう。
注意点
・はだしで行うと足裏感覚がつかみやすい
・自宅の廊下など、安全なところで行う
・ひざや股関節などに強い痛みがある場合は行わない

❶足を肩幅に開き、背すじをまっすぐにして立つ

❷ゆっくりかかとを上げ、つま先で立つ

❸そのまままっすぐ歩く

この記事は『壮快』2022年1月号に掲載されています。
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