解説者のプロフィール

新浪博士(にいなみ・ひろし)
東京女子医科大学病院副院長・心臓血管外科主任教授。1962年、神奈川県出身。1987年、群馬大学医学部卒業後、東京女子医科大学大学院修了。同年、東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所に入所。アメリカ・ウェイン州立大学、オーストラリア・アルフレッド病院などに留学し、心臓血管外科の研究と治療に従事する。帰国後は東京女子医科大学助教授、順天堂大学助教授、埼玉医科大学教授を経て、2017年より現職。年間300症例の手術を手がけるスーパードクターとして知られる。著書に『数こそ質なり 「人の10倍の手術数」の心臓外科医が実践するプロの極意』(KADOKAWA)などがある。
足の動脈硬化による歩きづらさを撃退
加齢とともに、転倒事故のリスクは高まります。しかし、転倒事故を予防するために足腰を鍛えたくても、体力に自信がないという人もいるでしょう。
そんな人は、ぜひ「つま先立ち」をお試しください。
つま先立ちは、文字通り足のつま先を使った立ち方のこと。この立ち方を習慣化することで、次の効果が期待できます。
①下半身の筋力アップ
つま先立ちは、ふくらはぎをはじめとする、足のひざより下の筋肉を鍛えるのに役立ちます。これらの筋肉が強化されると、歩行時につま先がきちんと上がるようになるため、転倒しづらくなります。
また、体力がない人でも室内で簡単に行えるため、高齢者のフレイル(健康な状態と要介護の中間の状態)や、サルコペニア(筋肉量が低下して身体機能が低下した状態)の予防にもうってつけです。
②血流をよくする
つま先立ちは、ふくらはぎの筋肉を刺激するため、ふくらはぎを通る静脈の血流をよくする効果も期待できます。
心臓から勢いよく送り出された血液は、動脈を通って体の末端に達した後、静脈を通って心臓へ戻ります。しかし、その距離はとても長いため、静脈を通る頃には血流の勢いは弱くなっています。
特に下半身の場合、重力に逆らって血液を心臓へ戻さなければならないため、血流を上に押し上げる力が必要になります。
そこで活躍するのが、「第2の心臓」と呼ばれるふくらはぎです。ふくらはぎの筋肉が収縮・弛緩して、ポンプのように静脈内の血液を送り流すことで、無事に血液を心臓に戻せるようになります。
つま先立ちでふくらはぎの筋肉を鍛えれば、下半身の血流がよくなるので、足のむくみや冷えの改善に役立ちます。
また、下半身の血液が心臓へ戻りやすくなれば、当然心臓にかかる負担は軽くなります。つま先立ちを習慣化することで、下半身はもちろん、全身の血流もよくなると考えられます。
③動脈硬化、高血圧の予防
つま先立ちで全身の血流がよくなることで、血液中の一酸化窒素(以下NO)の増加も期待できます。
NOとは、血管の内側にある血管内皮細胞から分泌される物質のことです。血管を広げて弾力性を保ったり、傷ついた血管を修復して血栓(血液の塊)ができるのを防いだりする働きがあります。
このNOは、血管の内壁が刺激を受けることで発生するため、血管内の圧力が弱い静脈では、あまり分泌されません。しかし、つま先立ちを習慣にすれば、動脈の血流がよくなることに伴って、静脈でも増加が期待できると考えられます。
また、血液中のNOを増やすことは、動脈硬化や高血圧の予防にもつながります。
中でも、加齢による動脈硬化は、足の血管に起こりやすいことがわかっています。糖尿病の人は、血管が激しく損傷していることもあり、ひどい場合は壊死(一部の組織や細胞が死ぬこと)につながるなどして歩けなくなることもあります。
つま先立ちは、そんな動脈硬化が原因の歩きづらさを防ぐのにも役立ちます。
コロナ禍の運動不足の解消に最適
つま先立ちの詳しいやり方は、下項を参考にしてください。
ポイントとしては、転倒を防ぐために、壁などに手を添えて行うことです。腰やひざなどに痛みがある人は、いすに浅く腰かけて行うとよいでしょう。
行う回数は、1セットを5回として、1日に3~5セットが目安です。増やしても構いませんが、疲れない範囲で続けてください。
ただし、間欠性跛行(少し歩くと足にしびれや痛みが生じ、少し休むとまた歩けるようになる症状)のある人は、無理をすると、かえって足の血流が悪くなるので注意してください。
また、つま先立ちをしたときに足にしびれなどが出た場合は、何らかの血管の病気の可能性もあります。その際は、かかりつけ医に相談してください。
立ったままつま先立ちを行うときは、足の指先で体重を支えられるよう、はだしで行うのがお勧めです。靴下をはいて行うのであれば、滑りやすい毛糸などの材質は避けてください。万が一、転倒をしたときにケガをしないよう、周囲の障害物も片づけておくとよいでしょう。
一般に、男性は40歳台から、女性は50歳台から、血管の老化が進むといわれています。その年代の人にも、つま先立ちはお勧めです。
コロナ禍の今は、外出の制限もあり、運動不足になっている人が多いでしょう。自宅で簡単にできる運動として、この機会に、つま先立ちを始めてみてはいかがでしょうか。
つま先立ちのやり方
*1日に3~5セットを目安に行う。
*腰やひざなどに痛みがある場合や、転倒の不安がある場合は、いすに浅く腰かけたまま行う。
*転倒やケガの危険がないよう、周りの障害物を片づけるなどして、安全を確保しておく。
*立ってつま先立ちを行う場合は、はだしで行うのがお勧め。靴下をはいて行う際は、滑りやすい毛糸などの材質のものは避ける。
*回数は増やしても構わないが、疲れない範囲で行う。間欠性跛行がある場合は、絶対に無理をしない。
*足にしびれなどが出た場合は、かかりつけ医に相談する。
【立って行うやり方】

❶壁などにしっかり手を添えて、まっすぐ立つ。
❷両足のかかとを上げて10秒間静止し、ゆっくりとかかとを下ろす。
❸②を5回くり返す。
【座って行うやり方】

❶いすに浅く座り、背すじを伸ばす。
❷手でいすの端をつかんだ状態で両足のかかとを上げて10秒間静止し、ゆっくりとかかとを下ろす。
❸②を5回くり返す。
【応用編 つま先上げ】

❶壁などにしっかり手を添えて、まっすぐ立つ。
❷両足のつま先を上げて5秒間キープし、ゆっくりつま先を下ろす。
❸②を5回くり返す。
※余裕があれば、つま先を上げた状態で足指を動かすとよい。

この記事は『安心』2021年12月号に掲載されています。
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