解説者のプロフィール

金井克行(かない・かつゆき)
かない鍼灸接骨院院長。1965年兵庫県生まれ。柔道整復師、鍼灸師、理学博士。鍼灸治療、テーピング療法、電気治療、背骨骨盤矯正、リハビリ運動の五つの治療方法から、体質や症状に合わせたベストな治療を行う。体のケアのみならず心のケアの重要性を痛感し、メンタルトレーナーとしても活躍。テレビ、ラジオ、雑誌への出演も多い。高級エステティックViLuXの技術指導も行っている。著書に『頭のツボトレ』(BABジャパン)がある。
▼かない鍼灸接骨院(https://kanai-shinkyu.com/)(公式サイト)
首の骨のバランスのくずれが痛みを生む
腰やひざが痛かったり、肩こりがひどかったりすると、それぞれ痛む部分を、直接もんだりほぐしたりしようとする人が多いと思います。
しかし、それよりもずっと簡単で、効果的な方法があります。それが、後ろ首にあるポイントに指を当てて、頭を軽く前後左右に動かして刺激する「後ろ首ほぐし」です。
とても簡単な動きですが、その場で痛みやこりが軽くなり、続けていれば解消や再発予防にも役立ちます。
なぜ、直接の患部ではなく、首の後ろをほぐす方法がこんなに効くのでしょうか。それは、「首の骨のバランスのくずれ」が、体全体の痛みやこりと深く関係しているからです。
首の骨は、背骨の上部で、正しくは「頸椎(けいつい)」といいます。背骨は、椎骨と呼ばれる短い骨が積み重なってできています。
椎骨は、どの部分もほぼ同じ円柱状の形をしていますが、唯一、背骨の一番上の第一頸椎と、その下の第二頸椎だけが特殊な形をしています。
第一頸椎は、輪っか状の構造をしているので、「環椎」と呼ばれます。一方の第二頸椎は、コマを逆さにしたような構造で、軸上の突起が上に出ていることから、「軸椎」と呼ばれています。そして、この軸が、輪っか状の第一頸椎を貫いて上に突き出し、頭蓋骨のくぼみにはまっているのです。

軸椎の突起が環椎の輪を貫いて頭蓋骨のくぼみにはまっている
この部分を「環軸関節」といいますが、こうした特殊な構造だからこそ、私たちは上下左右斜めと、頭を自由に動かせるのです。しかし、自由自在に動かせる分、環軸関節には「バランスをくずしやすい」という弱点があります。
コマの軸がちょっとずれるだけで回り方が不安定になるのと同じことで、環軸関節のわずかなバランスのくずれが、体全体に大きく影響するのです。
なぜなら、背骨は体を支える屋台骨であるのと同時に、脊髄という中枢神経の通り道でもあるからです。脊髄は、脳からの指令を全身に伝え、また全身からの感覚を脳に伝える重要な役目をしています。そして、脊髄と脳の接続部に当たるのが、ちょうど環軸関節なのです。
そのため、環軸関節のバランスがくずれると、全身の骨格がゆがむだけでなく、神経系にも大きな負担がかかります。その影響で、体の各部で痛みや不調が起こりやすくなります。
環軸関節を支えているのが、頭部の最深部にある「後頭下筋群」という筋肉群です。この筋肉群の過度の緊張が、環軸関節を不安定にする主な要因となっています。

実は、多くの現代人は、後頭下筋群を緊張させる生活をしています。目をこらしてスマホやパソコンの画面を見たり、読書やデスクワークで細かい字を読んだりするとき、頭が前傾してあごを突き出すような姿勢になるでしょう。このような姿勢が後頭下筋群に過度の負荷をかけ、筋肉の緊張を引き起こしているのです。
とはいえ、普段の生活はなかなか変えられないので、意識的に後頭下筋群をまめにほぐして緊張を解くことが重要です。
深部筋の緊張は弱い刺激の方がよくほぐれる
そのためにぜひセルフケアとして取り入れていただきたいのが、「後ろ首ほぐし」です。
私は長年の治療経験から、後頭下筋群に「肩・腰・股関節・ひざ」の各部位につながる「反応点」を発見しました。また、目、高血圧などの症状に対応する反応点もあります。
これらの反応点に指を当てたまま、頭をゆっくりと動かして伝わる程度の、ごく弱い刺激を与えます。
痛いほど強く押したりもんだりする方が、より効果が高いと誤解している人が多いのですが、深い部分にある筋肉の緊張は、弱い刺激であるほどよくほぐれます。
後ろ首の筋肉は、大きく3層に分かれていて、一番表面にあるのが僧帽筋、その下に板状筋や半棘筋があり、そして骨の一番近くにあるのが後頭下筋群です。
強い刺激を与えると、表面に近い筋肉が緊張して硬くなるため、深部にある後頭下筋群にまで刺激が伝わらなくなってしまうのです。
後ろ首ほぐしのやり方
【準備】
顔を正面に向け、正面からゆっくりと右、左、上、下にそれぞれ動かしてみて、いちばん動かしにくい方向を見つける。

後ろ首ほぐしの反応点の位置

肩………右の乳様突起(前項の図参照)の下1点
股関節…第五頸椎の中央1点
腰………左右の乳様突起の骨の際と生え際との交点2点
ひざ……後頭隆起(前項の図参照)から左に約1.5cmの1点
目………ぼんのくぼと左右の乳様突起の中間にあるくぼみ2点
高血圧…ぼんのくぼの左右にある筋肉の外縁から首すじに沿って6点
【症状別の指の当て方】
肩こり、四十肩・五十肩

右耳のすぐ後ろにある骨の隆起(乳様突起)の下端のくぼみに右手の親指の腹を当て、人さし指から小指を頭に添える。バランスを取るため、左手も同様に添える。
慢性腰痛、ぎっくり腰

耳のすぐ後ろにある骨の隆起(乳様突起)を上にたどり、髪の生え際とぶつかるところに左右の親指の腹を当て、人さし指から小指を頭に添える。
股関節痛

首を後ろに倒したときにできるシワの左右中央に両手中指(ほかの指でもよい)を当てる。
ひざ痛

後頭部の骨の隆起から左に1.5cm行ったところに左手親指を当て、人さし指から小指を頭に添える。バランスを取るため、右手も同様に添える。
老眼、疲れ目

後ろ首から頭蓋骨に向けて指でたどったときに指が止まるくぼみ(ぼんのくぼ)と左右の乳様突起を結んだ線の中間にあるくぼみに左右の親指の腹を当て、人さし指から小指を頭に添える。
高血圧

ぼんのくぼの左右にある筋肉の外縁に薬指を当て、首すじに沿って中指・人さし指を当てる。
【首の動かし方】

ゆっくりと息を吐きながら、ひじ、手の位置を保ったまま、顔だけを①の方向に向け、正面に戻すのを7回くり返す。②の方向も同様に7回行ったら、③の方向に顔を動かす。準備で一番動かしにくかった方向④を最後に行う。動かす順番は上記の通り。
[右が動かしにくい人の例]

❶上を向いて正面に戻す

❷下を向いて正面に戻す

❸左を向いて正面に戻す

❹最後に一番顔を動かしにくかった右を向いて正面に戻す

目をつぶり、「気持ちいい」と声を出しながら行うと効果が高まる。
治療と併用すると効果的なセルフケア
では、後ろ首ほぐしを行って、痛みが改善した患者さんの例をご紹介しましょう。
Mさん(会社員・50代女性)は、先天性の股関節形成不全でしたが、若い頃は違和感を覚えることなく、普通に生活していました。ところが、30代後半頃から、少しずつ股関節に痛みを感じるようになり、生活にも支障が出てきました。
以前は普通にできていた歩く、しゃがむ、走るなどの動作ができなくなっていき、気持ちも落ち込んでいったそうです。整形外科医からは、「最終的には人工関節を入れるしかない」と言われたものの、手術はどうしてもしたくないと、来院されました。
そこで、私は鍼治療などの施術を行い、セルフケアとして後ろ首ほぐしをお教えしました。Mさんはこれを1日4回くらい毎日続けていたところ、少しずつ股関節の痛みや違和感が軽くなり、長く歩けるようになったそうです。
ひどい痛みで眠れないということもなくなり、このまま症状が悪化しなければ、手術も回避できるとのことです。
Kさん(主婦・40代女性)は、3年前に自転車事故で腰椎を骨折。その後、腰椎すべり症を発症し、腰痛に悩まされるようになりました。痛みのせいで歩くのもつらくて、仕事にも行けず、家事で長く立っていることもできなかったそうです。
整形外科で牽引や電気治療を受けても改善しなかったので、私の治療院に来院。施術の結果、腰痛はだいぶ改善したものの、しばらくすると今度はひどい首の痛みを発症し、それと連動するように頭痛も起こるようになりました。
そんなKさんに対し、私は症状がつらいときに、セルフケアとして後ろ首ほぐしを行うことを勧めました。すると、首や腰の痛みが治まってらくになり、最近は頭痛もほとんど起こらなくなったそうです。
Sさん(教員・50代女性)は、腰痛、股関節痛、ひざ痛、肩こりなど、いろいろな症状で来院され、その都度、施術するかたわら、後ろ首ほぐしのセルフケアのやり方を教えました。
後ろ首ほぐしは、部位によって指を当てる反応点が異なりますが、慣れてしまえば簡単ですし、複数の反応点を同時に押さえて刺激しても構いません。やり方を覚えたSさんは、痛みをある程度、自分でコントロールできるようになったと、とても喜んでいます。
ぜひ皆さんもお試しください。

この記事は『安心』2021年12月号に掲載されています。
www.makino-g.jp