解説者のプロフィール

班目健夫(まだらめたけお)
1954年、山形県生まれ。80年、岩手医科大学医学部卒業。医学博士。東京女子医科大学附属東洋医学研究所、同大学附属成人医学センター自然療法外来、同大学附属青山自然医療研究所クリニック講師などを経て、2011年より現職。西洋医学と東洋医学のそれぞれのよいところを取り入れた統合医療を研究・実践している。著書に『「首のスジを押す」と超健康になる』『「湯たんぽを使う」と美人になる』(ともにマキノ出版)、『免疫を高める「副交感神経」健康法』(永岡書店)などがある。
▼青山・まだらめクリニック(公式サイト)
首のコリがさまざまな不調の原因に
人体の急所の一つである「首」。首という名称は「くびれ」、つまり「細いところ」という意味ですが、この細い部分には、
●体重の約1割に当たる重量を持つ、頭を支え続ける頸椎
●脳と全身を結ぶ神経の大本である脊髄
●脳に大量の血液を送り込むための頸動脈・頸静脈
●栄養を取り入れるための食道
●酸素を取り込むための気管
というように、私たちの″生命線"がことごとく通っていて、人体のうちでも、極めて重要な部分です。
そして、この首を取り巻く筋肉のこりが、次のようなさまざまな体の不調や病気を作っています。
●高血圧、頭痛、頭重感
●めまい・耳鳴り
●眼精疲労・ドライアイ
●動悸・のぼせ・イライラなどの更年期障害
●不眠、うつ、倦怠感
●胃腸障害、下痢・便秘、腹部膨満感、過敏性腸症候群
●手のしびれ
一見、脈絡なく見えるこうした症状は、「首の筋肉のこり」と「自律神経のバランスのくずれ」の悪循環から引き起こされているのです。
自律神経が乱れ免疫のバランスもくずれる
首の筋肉がこると、その周囲を通る血管や神経を締め付け、機能を低下させます。
筋肉は弛緩と緊張をくり返すことで、ポンプのように血管をしごいて、血流を促しているため、首がこることで、その働きが弱まれば、血液が運ぶ栄養や酸素が届きにくくなり、老廃物は蓄積します。そして、さらにこりがひどくなっていきます。
また、首の筋肉のこりは、自律神経のバランスにも悪影響を与えます。
自律神経は、私たちの意思とは無関係に、血管や内臓の働きをコントロールしています。昼間に優位になり、活動をつかさどる「交感神経」と、夜に優位になり、リラックスの神経である「副交感神経」の二種類があり、シーソーのように拮抗して働いています。
交感神経が優位になる状況というのは、敵に襲われるなどのピンチのときです。呼吸は速く浅くなり、血管を収縮させて心拍を上げて血圧を高め、筋肉を緊張させます。
敵の前で悠長に寝たり、食事や排泄をしたりするわけにはいきませんから、覚醒して集中し、食欲はなくなり、消化・排泄の機能を落とします。
そうして、いつでもフルパワーで敵から逃げられる態勢を取るのですが、こうしたストレス状態は、あくまで非常時の短時間が基本です。
非常時を脱した後は、副交感神経優位に切り替えて、筋肉の力を抜き、血圧を下げ、睡眠を取り、栄養の消化・吸収・排泄を進めて、エネルギーを充填する必要があります。
しかし、首のこりから、交感神経の興奮がおさまらない状態が続いている人が非常に多いのです。
さらに、自律神経のバランスの乱れは、体をウイルスなどの外敵から守るための「免疫」のバランスもくずします。
免疫を担う白血球には、マクロファージ、顆粒球、リンパ球の3種類があり、特性によって役割分担をしながら、ウイルスなどの病原体や異物、がん細胞などを排除しています。
この免疫細胞のバランスは、自律神経のバランスと連動していて、交感神経が優位なときには顆粒球が、副交感神経が優位なときにはリンパ球が多くなります。
顆粒球は、病原体を攻撃するために、活性酸素を放出します。しかし、活性酸素は病原体だけでなく自らの細胞も傷つけるため、顆粒球が増え過ぎるとがんや動脈硬化、潰瘍(皮膚や粘膜の表面が傷つきただれた状態)などのリスクが高まってしまうのです。
首の筋肉のこりにより交感神経優位の状態が続くと…
❶免疫細胞のバランスがくずれ、顆粒球が増えることで大量の活性酸素が発生
➡がん、動脈硬化、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、潰瘍性大腸炎、白内障などのリスクが上がる。
➡化膿性の病気(口内炎、おでき、ニキビなど)を起こしやすくなる。
❷血管が収縮し、血流の悪い状態が継続
➡高血圧、脳梗塞、心筋梗塞、狭心症・不整脈、静脈瘤など心・血管系疾患をはじめ、腰痛、ひざ痛、手足のしびれ、肩こり、片頭痛などのリスクが上がる。
❸排泄や分泌機能が低下
➡便秘・下痢、夜間頻尿、多汗症、胆嚢結石などを起こしやすい。
❹不眠、イライラ、食欲異常、うつ、倦怠感
など
交感神経優位に偏りがちな自律神経のバランスを整えるために、私が治療の柱に据えているのが、体を温めることと、首の筋肉をほぐすことです。
副交感神経の大部分を占めている迷走神経という神経があります。この迷走神経は、脳の延髄から出て首を通り、胸からおなかにまで達して、心拍や胃腸の蠕動運動など、ほとんどの内臓機能をコントロールしている神経です。
首を適切に刺激してこりを解消し、迷走神経(=副交感神経)を刺激することで、自律神経のバランスを整え、免疫機能を適正に保つ。それこそが、本質的な健康の秘訣なのです。
首のこりを劇的にほぐすポイントが「椎前筋」
首の筋肉のこりをほぐし、迷走神経を刺激して、自律神経のバランスを整えることが重要だと、前項で説明しました。
では、具体的にどのように首を刺激すればよいでしょうか。
実のところ、首のこりをゆるめるのは簡単ではありません。特に、難病などで悩む方の首のこりは異常に硬く、ゆるみにくいのです。
私のクリニックを訪れる患者さんには、正面から左右に15度ずつ程度しか顔を動かせないほど、ガチガチに硬くなっている人がまれではありません。
こうした人の首のこりを劇的にほぐすポイントが、椎前筋(ついぜんきん)です。頸椎の前面をつなぐ深層筋で、頭長筋と頸長筋からなります。

首は、さまざまな筋肉で構成されています。
首の前側には、薄く広い広頸筋、耳の後ろから首の前にかけて斜めに向かう胸鎖乳突筋があります。その奥にあるのが、椎前筋と斜角筋群です。
首の後ろ側で、最大の面積を占めるのが、一番表面の僧帽筋。その奥に頭板状筋や頭半棘筋、さらにその奥に頭蓋骨と頸骨をつなぐ後頭下筋群と呼ばれる細かな筋肉があります。

親指の先を差し込むようにして刺激する
筋肉は関節を動かすときに、片側から押し、反対側から引くように、必ず対になって働くことで、動作をスムーズに行えるようになっています。
このとき、中心となって働く筋肉を主導筋、反対側から主導筋と逆の働きをする筋肉を拮抗筋(きっこうきん)と呼びます。
そして、主導筋のこりをほぐすためには、主導筋自体をもむより、拮抗筋を刺激したほうが、はるかに効率的に緊張を解くことができるのです。
姿勢を維持するために主に使われているのは、首の後ろ側の筋肉です。これらの拮抗筋に当たるのが椎前筋なのです。
詳しいやり方は、下項で紹介します。椎前筋を刺激する際のポイントは、
「できるだけ首を回して胸鎖乳突筋のスジをはっきりと浮き上がらせて、そのスジの裏側に、親指の先を差し込むようにして刺激する」
ことです。
筋肉のこりが強い状態で椎前筋を押すと、かなり痛みが強く感じることが多いのですが、できるだけこらえて、刺激してみてください。筋肉がゆるむにつれて、痛みは軽くなり、体調も改善してきます。
この刺激は、行う時間帯を決めて、少なくとも1日1回行いましょう。入浴後など、体が温まっているときがお勧めです。
首のスジ押しのやり方
※毎日1回以上、左右合わせて1~2分間行う。
※やや痛みを感じる程度の力で押すとよい。
※こりがひどいときには強い痛みを感じることがあるが、くり返し行ううちに痛みは弱まり、体調も改善していく。

❶肩は正面を向けたまま、顔を水平に、できるだけ右に向けて、首の左側の胸鎖乳突筋を浮き出たせる。
※ほぐしたい椎前筋は、胸鎖乳突筋の下(深部)にある。

❷右手の親指の先を胸鎖乳突筋の下に後ろ側(肩に近い方)からもぐりこませ、親指の腹で円を描くようにもみほぐす。鎖骨に近いところから耳の後ろまで、胸鎖乳突筋に沿って親指の位置をずらしながら行う。

❸同様に、顔を左に向け、左手の親指で鎖骨に近いところから耳の後ろまで、胸鎖乳突筋の下の椎前筋をもみほぐす。
❹顔を左右に向けてみて、向けにくい側の胸鎖乳突筋の下の椎前筋をもう一度もみほぐす。

この記事は『安心』2021年12月号に掲載されています。
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