解説者のプロフィール

岩堀裕介(いわほり・ゆうすけ)
あさひ病院スポーツ医学・関節センター センター長。愛知医科大学整形外科客員教授。1986年、名古屋大学医学部卒業。安城更生病院、 県西部浜松医療センター、名古屋大学医学部附属病院を経て、97年に米国臨床留学。同年、静岡済生会総合病院、98年に愛知医科大学整形外科講師、2000年に同大准教授、12年に同大特任教授を経て、19年より現職。日本整形外科学会専門医。
▼あさひ病院(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
悪い姿勢が神経や血管を圧迫する
手がしびれる、腕がだるい、握力がなくなり物を落としてしまう、手がマヒして細かい作業ができない……こうした症状がある人は、「胸郭出口症候群(きょうかくでぐちしょうこうぐん)」の可能性があります。頸椎ヘルニアや手根管症候群、肘部管症候群と似た症状で、診断が難しい病気です。
胸郭出口とは、鎖骨と第一肋骨の間にある狭いすきまのことで、神経の束や動脈、静脈が通っています。ここが圧迫されたり、引っ張られたりすることで症状が現れます。悪化すると頭痛、眼精疲労、自律神経失調症なども引き起こします。
胸郭出口症候群は、生まれつきなりやすかったり、腕を上げることが多いスポーツや労働を行っていたり、筋トレで短期間に多量の筋肉を増やしたりするなど、多様な原因が複合的に積み重なり発症します。
そのなかでも、生活習慣が主な原因のケースは多いと考えられます。
例えば、ネコ背や下向きでスマホやパソコン、テレビを長時間見続けると、肩甲骨が下がったり前に傾いたりして、胸郭出口の神経や血管が引っ張られ、症状が現れます。
姿勢の悪さが大きな原因なのです。特に、ソファにどっかりと深く沈み込むような姿勢はよくありません。
悪い姿勢は骨盤が後傾して頭が前方に出るため、肩や首のコリが悪化し、後頭部の痛みが現れたり、腰痛やひざ痛も起こりやすくなったりします。
なで肩の人も要注意です。肩甲骨が下がりやすく、神経や血管が引っ張られて、胸郭出口症候群が起こりやすくなります。
へそ下に腹圧をかけイスに座る時間を減らす
胸郭出口症候群の治療は保存療法が基本であり、リハビリテーションや消炎鎮痛薬、慢性疼痛治療薬、血流改善薬の投与、神経ブロック注射が行われます。手のマヒや血行障害が明らかな場合や、保存療法の効果が乏しい場合には手術が行われます。
しかし、軽症であればセルフケアである程度、予防・改善できます。
まず、よい姿勢を意識してください。
おへその下5cmの奥にある丹田に、腹圧をかけるようにしましょう。骨盤が立って横隔膜が上がり、自然と姿勢がよくなります。また、イスに座る時間を減らし、立ったり動き回ったりする時間を増やしましょう。
そして、姿勢を改善するストレッチを行いましょう。私の病院でも指導している方法をご紹介します。
一つが、「胸開きストレッチ」です。胸郭を広げ姿勢の悪さを改善します。
なで肩の人は、「なで肩解消ストレッチ」を行うといいでしょう。背中の僧帽筋や広背筋を緩め、肩こりの改善にも役立ちます。
二つとも、 ゆっくり呼吸をしながら行うのがポイントです。痛みが出る場合は中断してください。
たいせつなのは継続すること。無理なく行える回数から始めてください。また、ストレッチのあとで再び悪い姿勢に戻ると、意味がありません。
コロナ禍で、運動不足の人が増えています。これは、胸郭出口に負担がかかりやすい状況といえるでしょう。よい姿勢や座る時間の短縮、そしてストレッチをぜひ習慣にしてください。
※両方とも、1日3セットを目安に行う。慣れるまではセット数を減らしてもよいが、継続すること。
※行っている最中に痛みやしびれが出たら中断する。
※ゆっくり呼吸をしながら行う。伸ばしきった姿勢をキープする時間は、無理のない範囲で行う。
胸開きストレッチ

❶右腕を下にして横たわる。股関節とひざを軽く曲げ、わきの角度が90度になるよう両腕を伸ばし両手を合わせる。

❷右腕をなぞるように左手を移動させながら胸を開いていく。このとき、骨盤の向きは変えないようにする。

❸できる限り開いたら、5~10秒キープしてなでるように①に戻る。①~③を10~20回行う。
❹反対側も同様に行う。
なで肩解消ストレッチ

❶肩とひざが体から90度になるように四つばいになる。

❷左の手のひらを右手に対し直角に着く。左足を後ろにずらす。

❸手で床を押しながら、できる限りお尻を後ろに引き、5~10秒キープして②に戻る。頭は腕の中に入れない。②~③を10~20回行う。
❹反対側も同様に行う。

この記事は『壮快』2021年11月号に掲載されています。
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