解説者のプロフィール

堀江重郎(ほりえ・しげお)
順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学教授。1985年、東京大学医学部卒。日米の医師免許を所持。ロボット手術ダビンチを駆使した泌尿器手術を行うほか、学際的なアプローチを抗加齢医学、男性の健康医学に導入。男性更年期障害やED等、男性に特化した医療「メンズヘルス外来」を日本で初めて立ち上げるなど、日本の泌尿器医療をリードする第一人者。著書に『うつかな?と思ったら男性更年期を疑いなさい』(東洋経済新報社)など多数。
▼順天堂大学医学部附属順天堂医院泌尿器科(https://juntendo-urology.jp/)(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(https://ci.nii.ac.jp/nrid/1000040190243)(CiNii)
テストステロンの減少は女性の健康にも悪影響
皆さんはテストステロンというホルモンをご存じでしょうか。
別名、男性ホルモンとも呼ばれますが、男性だけにあるものではありません。女性の体内にも男性の5〜10%のテストステロンがあります。その量は、むしろ女性ホルモンであるエストロゲンよりも多いのです。
テストステロンは、男性では主に精巣(睾丸)、女性では卵巣や副腎などで作られます。筋肉や骨の発達を促進する働きをはじめ、動脈硬化や心臓血管障害、脳梗塞の予防など、健康長寿にかかわるさまざまな働きがあります。もちろん、男性の勃起力の維持、精子の増量などにも影響を与えます。
最近の研究では、記憶力や認知力、判断力、行動力の向上など、認知症予防の働きがあることもわかってきました。
テストステロンの分泌量が低下すると、うつ、骨粗鬆症、内臓脂肪の増加、性機能の低下などに影響し、メタボリック症候群、心血管疾患、糖尿病、呼吸器疾患のリスクを高めます。
その分泌量が低下する主な理由は加齢ですが、環境やストレスが原因となることもあります。テストステロンは社会性ホルモンともいわれ、退職や仕事の不調、自分の居場所がないといった理由も原因になります。
また現役世代でなくても、力を入れていた活動で自信をなくしたり、地域社会で信用を失ったりすることがきっかけで、急に減少することもあります。
近年よく耳にする「男性更年期」は、テストステロンが著しく減ってしまった状態です。医学的にはLOH症候群(加齢男性性腺機能低下症候群)と呼ばれます。主な症状は、筋力低下や肥満、頭痛、めまい、耳鳴り、日中の頻尿、勃起力や性欲の低下、うつ症状、不眠、集中力や記憶力の低下など、多岐に渡ります。
このように、テストステロンの低下は男性に大きな影響を及ぼしますが、女性も無関係ではありません。
更年期で女性ホルモン量がガクッと減ったあとでも元気でいられるのは、テストステロンのおかげです。さらに年を重ね、テストステロンさえも減少して、虚弱症候群に襲われる女性も少なくないのです。
胸を開くポーズをとるだけでホルモンが変化
テストステロンを増やすには、運動で筋肉に刺激を与える、仲間と楽しんだり競ったりする、良質な睡眠をとるなどの方法がありますが、最も簡単なのは胸を開くことでしょう。
胸を開いて肩甲骨を寄せると、テストステロンの分泌量が上がるといわれています。例えば、ストレッチで胸を開いて体を伸ばすと気持ちがいいですよね。これは、テストステロンも関与しているのではないかといわれています。
ここで興味深い研究をご紹介しましょう。2010年に、コロンビア大学で行われたテストステロンと姿勢に関する研究結果です。
実験は42人の男女(男性16人、女性26人)を対象に行われました。本人たちには心臓のテストだと伝え、ほんとうの目的を知らせていません。
被験者たちを二つのグループに分けて、それぞれ個室で2分、指示したポーズを取ってもらいました。片方のグループは、胸を開くポーズ二種を各1分ずつ、他方のグループは、胸を閉じるポーズ二種を各1分ずつです。
この前後で、唾液中のテストステロン量を測定しました。すると、胸を開くポーズを取ったグループは、テストステロン量が増加。一方、胸を閉じるポーズを取ったグループは、テストステロン量が減少したのです。
![画像: 姿勢によるホルモン分泌量の変化[Dana Carney, Amy Cuddy and Andy J Yap, "Power Posing: Brief Nonverbal Displays Affect Neuroendocrine Levels and Risk Tolerance" Psychol Sci. 2010;21(10):1363-8 より作図]](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783536/rc/2021/11/12/b6f3d6a6d9211e56afd2deaeea085a547b4f124d.jpg)
姿勢によるホルモン分泌量の変化[Dana Carney, Amy Cuddy and Andy J Yap, "Power Posing: Brief Nonverbal Displays Affect Neuroendocrine Levels and Risk Tolerance" Psychol Sci. 2010;21(10):1363-8 より作図]
また、コルチゾール(闘争・逃避反応など、ストレスから身を守る働きを持つホルモン)量を同様に測定したところ、胸を開くポーズを取ったグループでは減少が確認されました。姿勢を変えるだけで、テストステロンを含めホルモンの分泌量が変化することがわかったのです。
このほかにも、気分の向上やストレス耐性など、胸を開くと体に好影響を与えるという研究報告はさまざまあります。
何歳になっても、心身とも健康的に過ごすためにも、胸を開くことを意識して、テストステロンとうまくつき合いながらお過ごしください。

この記事は『壮快』2021年11月号に掲載されています。
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