執筆者のプロフィール
上谷さくら(かみたに・さくら)
弁護士(第一東京弁護士会所属)。犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務次長。第一東京弁護士会犯罪被害者に関する委員会委員。元・青山学院大学法科大学院実務家教員。福岡県出身。青山学院大学法学部卒。毎日新聞記者を経て、2007年弁護士登録。保護司。
岸本学(きしもと・まなぶ)
弁護士(第一東京弁護士会所属)。第一東京弁護士会犯罪被害者に関する委員会委員。人権擁護委員会第5特別部会(両性の平等)委員。大阪大学法学部卒。民間企業のコンプライアンス統括部門を経て、2008年横浜国立大学法科大学院を卒業。同年司法試験合格。金融庁証券調査官を経て、2010年弁護士登録。
本稿は『おとめ六法』(KADOKAWA)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
イラスト/Caho
示談にはいろいろな方法がある
「示談=お金を払う」とは限らない
示談でお金による賠償がされる場合、その名目には「示談金」「慰謝料」「解決金」「被害弁償」など、さまざまなものがあります。「示談が成立した」というと、加害者はお金を払い、被害者はお金を受け取った、と思われがちですが、必ずしもそうではありません。損害が生じているときには、たしかにお金での補償をすることが多いですが、当事者どうしの意見が一致すれば、お金のやりとりはなく、「今後一切連絡を取らない」などの条件をつけて解決することもあります。ここで重要なのは、お互いが「それでいい」と合意することです。
示談は「相手を許すこと」が条件ではない
刑事事件が起きると、たいていの加害者は被害者に「示談」を持ちかけます。この場合、損害賠償金の支払いと引き換えに「宥恕(ゆうじょ)」を求めてくることが大半です。「宥恕」とは、「許す」ことを意味します。
しかし、被害者が許さなくても、合意があれば示談は成立します。本当は許す気持ちがないのに、宥恕文言の入った示談が成立すると、警察などから事件として見なされなかったり、不起訴になったり裁判になっても刑が軽くなったりします。本当にそれでいいのか、慎重に考えましょう。
示談は慎重に
刑事事件の場合、加害者の弁護人の中には、被害者に対し、「宥恕しないなら、損害賠償金は払わない」という人もいます。「損害賠償してもらうには許すしかない」と思い込んでしまう人がいるのは、このためです。しかし、許す気持ちがないのに「お金のためだから仕方ない」と宥恕文言を残すことは、取り返しのつかない後悔につながります。被害回復が遅れる原因にもなります。
宥恕しなくても、損害賠償金の支払いを求める手段はあります。それを知らずに書面を交わしてしまうと、その後の変更はほぼ不可能です。被害者が弁護士と対等に交渉することは難しいので、被害者もできるだけ弁護士に相談しましょう。
「示談」に抵抗があるときは
「示談」という言葉を使わなくてもいい
一般的に、「示談」には許すという意味が含まれるとみなされることが多いので、許せないのに「示談」という言葉を使うのに抵抗を感じることもあるでしょう。書面を作るときに「示談書」というタイトルを使いたくなければ、「合意書」「確認書」という言葉に置き換えることもできます。
示談に対する偏見
性被害にあって「示談した」というと、「金目当て」「美人局(つつもたせ)」と決めつけて非難する人たちがいます。そうした非難を受けたくないために、一切の示談を拒否する被害者も少なくありません。また、性被害で「お金を受け取る」のは売春と同じことではないか、と心配する人もいます。
しかし、被害にあったなら、金銭賠償を受けるのは当然の権利です。加害者にきちんと謝罪させ、お金を払わせることは、加害者が犯罪を繰り返さないためにも重要です。被害者は悪くありません。堂々とお金を受け取ってよいのです。
示談は悪いことではない
示談で紛争を解決させることに、うしろめたさを感じる人もいます。自分が示談したせいで、犯人は罪を逃がれ、同じことを繰り返すのではないか、裁判で闘うことから逃げたのは卑怯ではないかと悩んでしまうようです。
しかし、示談は、相手に罪を認めさせて謝罪させ、早く紛争を解決して日常生活に戻る手段です。被害回復の方法は人それぞれで、どのようにするのかは、慎重に検討すべきですが、示談を選ぶことは悪いことではありません。被害回復のプラスになるはずです。
弁護士に相談するにはどうしたらいい?
早く相談するほど早く解決する可能性が高い
示談の話が出たら、弁護士に相談するのがベストです。弁護士は、「基本的人権を守り、社会正義を実現すること」を使命としている法律の専門家です。法律というその国のルールに基づいて、人々の自由、財産、健康などの権利を守るとともに、不正が行われることのないように、社会を見守り、みんなが安心して暮らせる社会になるよう仕事をしています。ただ普通に生活していると、弁護士に相談する機会はあまりないので、ハードルが高く感じられる人も少なくないでしょう。そのせいか、かなり事態が悪化してから相談する方が多い印象です。
しかし病気と同じで、早く相談するほど、早く解決する可能性が高いです。「弁護士に相談するほどのことではない」と思い込まずに、気軽に相談することをおすすめします。相談した結果、「たいしたことではない」とわかれば、無用な不安を抱き続けずにすみます。逆に「重大なことと判明」した場合は、すぐに弁護士が対処できます。
相談のコツ
①関係のある書類・資料はすべて持参しよう
事実の経過や契約の内容などを正確に把握するためには、いろいろな書類を確認する必要があります。また、言葉では説明しにくくても、書類を見ればすぐにわかるということもあります。関係のありそうな書類や資料は、すべて、相談の際に持って行くのがよいでしょう。
書類は重要な証拠になることもあります。直接書き込みをしたり、破ったりしないようにしましょう。
②出来事を時間順に並べたメモ
弁護士に事実の経過を正しく理解してもらい、有益なアドバイスを受けるためには、出来事を時間順に並べたメモを作成し、このメモに基づいて相談をするとよいでしょう。ただし、時間がなかったり、つらくてメモを作れないときは無理する必要はありません。相談時に口頭で説明しましょう。
③事実をありのままに
弁護士は、事実を正確に把握しないと、的確なアドバイスをすることができません。弁護士はあなたの秘密を守りますので、自分にとって不利だと思われることや、恥ずかしくて言いにくいことも、ありのままに伝えましょう。また、自分ではささいなことと思っていても、弁護士の目から見れば重要であることもありますので、自分で判断せずに、なんでも話しましょう。
弁護士の選び方
「どのように弁護士を選んだらいいのですか?」「いい弁護士ってどう判断したらいいのですか?」ということをよく聞かれます。弁護士は、法律問題についてなんでもわかるわけではありません。医師と同じで、それぞれに専門分野や得意分野があります。まずは、専門分野を確認しましょう。
専門分野の知識があっても、弁護士も相談者も人間ですから、合う・合わない、は常に問題になります。「話しやすい人か」「どんなことでも話してみようと思えるか」「きちんと自分の話を聞いてくれるか」「人として相性が合いそうか」というのが、ひとつの判断基準です。どれほど素晴らしい専門知識があっても、「話したくない」人とは良好な関係を築くことができず、結果的に不利益を被るおそれもあります。
相談事項について専門分野が合致し、実際に会ってみて「話しやすい」「良好な関係を築けそう」と思ったら、思い切って依頼してもいいでしょう。弁護士との契約は「委任契約」ですから、嫌になったらいつでも理由なしに解除できます。
セカンドオピニオンを求めても大丈夫?
病院と同じで、ほかの弁護士にセカンドオピニオンを求めても、まったく問題ありません。一度相談したからといって、その弁護士に断りを入れる必要もありません。いろんな弁護士の意見を聞きたいとか、相談した弁護士の考え方や態度に疑問がある場合など、遠慮なくセカンドオピニオンを求めましょう。長きにわたって一緒に闘っていく可能性があるのですから、「この人なら」と思える人を選んでください。
※本稿に掲載されている法律は、以下の内容に基づきます。
民法:2020年4月施行の改正民法の内容
そのほかの法令:2020年3月現在の内容
各条文は、女性に関係の深いものを選定し、読みやすく掲載しています。一部、完全な正確さより、わかりやすさを優先した表現に置き換えています。
条文の正確な内容が知りたい場合、電子政府の総合窓口「e-Gov(イーガブ)」の参照をおすすめします。
なお、本稿は『おとめ六法』(KADOKAWA)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。詳しくは下記のリンクからご覧ください。