神経症者は「皆は何の悩みもなく明るくしている」と単純に思っている。このような不満な心に同調してくれる人ばかり探していても人生が開けない。逆に同調してくれても不満そのものは残る。そうしたことを捨てれば見えない自分が見えてくる。つまり、自分を受け入れれば、幸せが待っているのだ。〈人生を豊かにする心理学 第5回〉【解説】加藤諦三(作家、社会心理学者)

解説者のプロフィール

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加藤諦三(かとう・たいぞう)

作家、社会心理学者。東京大学教養学部教養学科を卒業後、同大学院社会学研究科修士課程修了。ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員として45年在籍、東京都青少年問題協議会副会長を15年歴任。2009年東京都功労者表彰、2016年瑞宝中綬章を受章。現在は早稲田大学名誉教授の他、日本精神衛生学会顧問、早稲田大学エクステンションセンター講師などを務める。近著『心を満たす50歳からの生き方』(大和書房)が好評発売中。

不調の真の原因は?

身体の不調を、精神的な働きかけによって治療する「心理療法」。これにより、長らく原因不明だった不調が治ることがあります。今回は、そんな心理療法に関するお話です。

当たり前のことだが、不調の原因が肉体ではなく心にある場合、西洋医学的には治療ができない。心理療法は、そんなときに有効な治療の一つだ。

しかし、その原因となるものに、患者自身が気づいていないことは多い。

では、この心理療法は、どうやって効果を上げるのか。どのようにして、空しい医師巡りの悪循環を断ち切り、患者がクヨクヨ悩むのを解決できるのか。

『Mind,Body Medicine』(※)から、ある例を紹介しよう。

※ Daniel Goleman, Ph.D., Joel Gurin著“Mind, Body Medicine”(Consumer Union刊,1993), p.227

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ビルという男性は、ある小さな会社の経理部長を20年間務めてきた。会社の社長とは互いに心の底を打ち明けられるほど親しい仲で、家族ぐるみで一緒に休暇を過ごすことも多かった。

そんなビルが50代の終わりに差しかかった頃、社長が引退し、その息子が会社を引き継ぐことになった。

息子は、社長になってすぐに、経理部門のコンピューター化に着手した。これが発端となって、ビルの不安が膨れ上がっていった。

その理由は、新しい技術を取り扱う自信がないために、「自分はクビだ。再就職先だって、見つからないに違いない」と思ったからだ。

自分は引退には若過ぎるし、かと言って新しい仕事を探すには、歳を取り過ぎている。そんな状況で、彼は進退窮まった気分だった。

ビルは、かかりつけ医の元を何度も訪れ、やる気が出ない、仕事に興味が持てない、食欲がないと訴えるようになった。

また、夜も眠れなくなった。たとえ眠れたとしても、1時間もしないうちに目が覚めてしまうので、その後は朝まで一睡もせずに過ごした。

ビルは、何度か症状の再発をくり返し、そのたびにかかりつけ医の元に行ったが、かけられる言葉は変わらなかった。待ち合い室はいつも患者でいっぱいで、医師はビルの話に耳を傾ける時間がなかったからだ。

11回目の診察に訪れたとき、ビルは腰の痛みを訴えた。今度は、ストレスが身体症状に置き換わっていた状態だった。

医師からは「今回は整形外科へ行くように」と勧められたが、そこでも悪いところは見つからない。最終的には、心理療法を受けるように言われた。

ビルは、自分の問題は医学的なものだと信じていたため、怒りと屈辱を感じた。

しかし、これに従わなかったら、もうどの医師も相手にしてくれないかもしれない。そう思った彼は、セラピストによる心理療法を受けることにした。

そうして心理療法を受けた際、セラピストが強く勧めたのは、コンピューターの短期講習を受講することだった。

ビルがその言葉に従ったところ、驚くことが起こった。あんなに苦手意識を持っていたコンピューターが、自分にもちゃんと理解できると気づいたのだ。

その後まもなく、ビルは仕事に復帰。コンピューターの訓練もより徹底的に受け始めた。

そして最終的には、うつ病も腰痛も消えてなくなった。彼は自分で自分を「できない」と決めていたに過ぎなかったのだ。

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自分の元々持っている能力を使えるか使えないかが、生きているか生きていないかの分岐点である。しかし、神経症者は、自分のできることをしないで、できないことをしようとする。

また、神経症者は、普通の人は簡単に悩みを解決していると思っている。他人の努力が見えていないのだ。

そのため、神経症者は「皆は何の悩みもなく、明るくしている」と単純に思っている。

このような不満な心に同調してくれる人ばかり探していても、人生が開けない。逆に、自分に同調してくれても、不満そのものは残る。

そうしたことを捨てれば、見えない自分が見えてくる。つまり、自分を受け入れれば、幸せが待っているのだ。

そのようなストレスを抱えた末、身体症状を示して医師通いをする患者は、どの年齢にもいる。調査結果によると、中でも特に心理療法が効果的なのは、年配の患者だとわかっている。

実際、医師の中には、年配の患者の愚痴をろくに聞いていない人がいる。しかし、研究によって、非常に短期間の心理療法でも、老化に伴う痛みや苦しみを大幅に軽減できることが示されている。

この種の患者は、悪いところがなくとも、苦しんでいるのは間違いない。なんとか治したくて医師から医師へと巡り歩くが、見る目のある医師の手でセラピストのもとへ送り込まれるまで症状が治まることはない。

自分の不満な心に同調してくれる人を探すより、心理療法によって自分の身体症状が心理的葛藤の表れであることを理解できるようになれば、道は拓ける。彼らは、ストレスに立ち向かうことを学び、より健全な対処法を身につける。

それにより、多くの患者の苦しみや痛みを終わらせることができる。医師とセラピストが協力すればするほど、身体症状の発見が容易になり、治療もうまくいくようになるのだ。

自分に問題がなければ、穏やかなわけではない。自分に納得していることこそが、穏やかに生きるということなのだ。

画像: イラスト:中島智子

イラスト:中島智子

画像: この記事は『安心』2021年10月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2021年10月号に掲載されています。

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